第7話 第二章 陰陽師ってどうするの(二)

 郷田は正直に告白した。

「活字より漫画のほうがわかりやすいですよね。陰陽師漫画の作者は、どうも画が好きになれなかったんですよね。漫画は画が好きになれないと、読む気がしないんです」


 鴨川が眉間に皴を寄せて、口端を吊り上げて説教した。

「好きとか、嫌いとか、流行じゃなく、内容のある活字の本を読みなさいよ」


 鴨川の意見には同意できないので、やんわりと異を唱えた。

「漫画だって、役に立ちますよ。俺、陰陽師の技を使えるようになりましたし」


 鴨川が目に力を込めて、言い放った。

「嘘を吐(つ)くんじゃないよ。忍者漫画を読んでね、忍術を使えるようになった苦労しないよ。ましてや、関係ない陰陽術を使えたら、笑ってしまうよ」


 郷田が嘘吐き呼ばわりされるのは苦々しく思ったので言い返した。

「わかりましたよ。目の前で見せたら信用してもらえますか。少し費用は掛かりますが」


 自信のある態度で答えると、鴨川の態度が少し変った。

 期待が一割、疑念が九割といった顔で、挑戦的に応じた。

「それは、まあ、実際に、見せてくれたら、信用するよ。費用が掛かる? いいよ、やれるものなら、やってみろよ」


「本当ですね」と念を押すと鴨川は「ああ、いいよ」と短く約束した。

 部屋にあった甲冑から兜を外して、鴨川の前にある机に置いた。


「では、失礼して」と断ってから、部屋にあった袱紗を取ってきて兜の上に置く。

 兜を前に一度、合掌してから「えい」と気勢を上げ、兜の上に置いた袱紗の上に体重を乗せて拳を振り降ろした。


 角度、スピード共に最良の一撃だ。拳が兜にあたると、兜が割れた。

 鴨川が呆気に取られた顔をしたところで、得意気に発言した。

「これぞ、鴨川新影流、忍法、兜割!」


 鴨川が一瞬、目をパチクリした後、立ち上がって大声で怒鳴った。

「この、大馬鹿者が。人の家の兜を壊しやがって、何が陰陽道だ。ただ単に拳を振り下ろして、兜を潰しただけだろう。それにお前、忍法って口にしたよな。忍法って。陰陽師と忍者は違うって、さっき教えたばかりでしょう」


 細かい結果を一々騒ぐと思ったが、丁寧に応対した。

「兜割って、よく聞く術の名前ですよね。きっと、忍術だけでもなく、陰陽道にも同じ名前の術がありますよ」


 鴨川が口をパクパクとさせてから、馬鹿に物を教える口調で諭してきた。

「あのね、郷田君。兜割と呼ばれる物は、道具の名前。剣術でも、兜割と呼ぶ技はあるけど、あくまで剣術。刀を振り下ろして、兜ごと、相手を切る技。術ではないよ。忍術どころか、陰陽道とも全く関係ないの」


 兜割は陰陽道どころか、似ている忍術とも違う行為だと理解した。でも、成果を出したら褒めて欲しいと思うのが人間だ。

「待ってください。刀を使わなければ割れない兜を素手で割ったら、凄いですよね」


 鴨川は兜を手に、呆れた口調で言い返してきた。

「この兜はね。鉄製ではないよ。薄い和紙に漆を塗った飾り用の兜だよ。装飾用の・に・せ・も・の」


 薄い和紙にしては、かなりの手応えがあった気がする。偽物でもここまでの強度があるなら、本物は割れないかも知れない。されど、一度は口にした手前、引き下がれない。


 郷田は決意して申し出た。

「わかりました。では、次に本物の兜を素手で叩き割ったら、お認めください」


 鴨川が情けないといわんばかりの顔をして、兜を机の上に置いた。鴨川が椅子に崩れるように座り、頭を抱えて、苛立って意見した。


「どうして、そうなるかな。兜割が陰陽道とは全く関係ないのに、材質が鉄だったら合格って、理論的におかしいでしょ」


 言われてみれば、確かにそうだ。

「一理ありますね」


 鴨川が顔を上げて怒りの声をぶつけた。

「一理じゃないよ。真理だよ」


 鴨川はまだ怒鳴りたかったようだが、無駄と思ったのか、弱った顔で投やりな口調で愚痴った。


「ほんと、どうしてこんな人間を選んだかな。いいよ、もう。陰陽師の資料をこっちで送るから、きちんと読んで陰陽師の勉強をしてよ。給与分は働いてよね」


 礼節のある武士のように答えた。

「社長の命令とあれば、是非もなし」


 鴨川が苛立った顔をして、右手を水平にして首に当て、大声で念を押しした。

「最後の口調だけ、時代劇風にしても、私は騙されんよ。ちゃんとやんないと、馘首(くび)にするからね、馘首だよ。馘首!」


 郷田は頭を下げて社長室から退出すようとした。

 鴨川が割れた兜を叩いて「あれ、これ、本物かな?」の声が聞こえたような気がした。だが、別に、どうでもよかった。


 鉄でも和紙でも、評価の対象にならないのなら、割れようが、割れなかろうが、結果は同じだ。

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