第5話 第一章 陰陽師って美味しいの(五)

 話は理解できた。共感もできた。

 鴨川は事業と関係なく、陰陽師をやってくれる人間を探していた。けれども、理解し、共感したとしても、そんな霊感商法まがいの職業に就く行為は、お断りしたい。

 かといって、本音を申告すれば鴨川を怒らせる。


 郷田は断るために尋ねた。

「なんで、俺なんですかね。鴨川新影流陰陽道は絶えたといっても、現代に残る陰陽師はいるでしょう。そこから人を雇ったほうが、早く復興できますよ」


 鴨川が即座に、強い口調で異を唱えた。

「それは、ダメだ。両親と弟が亡くなった時に、妹が陰陽師関連の物を処分したようなんじゃ。つまり、鴨川新影流陰陽道には、ほとんど資料がない。そんなところに、他の流派に染まった人間を入れれば、鴨川新影流は、元いた流派の分派になってしまう。それは惨めだ」


 一度は絶えた流派の復興は、その道のプロでも困難を極める。ましてや、素人なら不可能に近い。

 復興させたい鴨川は、それなりに拘りを持っているらしい。拘りがあるのなら、安請け合いする返事は失礼だ。


 郷田は、はっきりと断った。

「俺にはできません。俺以外の人間を探してください」


 渋い顔をしながら、鴨川がぶっきらぼうに発言した。

「郷田君。君の曾祖母の名前はなんて言うか、知っているか」

 祖母の名前は知っているが、曾祖母となると、顔も名前もわからなかった。


 郷田が答えられないと、鴨川が呆れた表情をしてから、不機嫌な口調で説明した。

「君の曾祖母の名はね、鴨川雪。私の祖父である鴨川勝信の妹に当る人物なんだよ。つまり、郷田君にも鴨川家の血が流れているわけだ。鴨川新影流陰陽道はね、開祖である鴨川左衛門勝綱の血を引く人間しか継いではいけない決まりがあるんだよ」


 まさか、先祖が陰陽師をやっていたなんて、知らなかった。

 鴨川は戸籍が残っている限り調べて、候補者を探したと見ていい。そんな中で、成人で定職に就いていない人間は郷田くらいだったのだろう。だから、怒っても呆れても、話をしたと見ていい。


 鴨川が家業を継ぐのが嫌だった気持ちは理解できる。平安の昔ならまだしも、郷田だって、陰陽師なんて職業は嫌だ。


 同窓会で友人に会って「郷田は今なにをやってんの?」って聞かれて「俺、陰陽師だよ」と答えたら、きっと馬鹿にされる。


 一万円は惜しいが、一万円で社会人生活の出鼻を躓(つまづ)きたくない。


 郷田は頭を下げて丁寧に断った。

「せっかくの申し出ですが、お断りさせていただきます」


 鴨川は別に怒らなかった。鴨川が郷田を見据えて発言した。

「素直に言いたまえ。陰陽師が嫌なのかね」


 素直にといわれたので、思わず本音で応えた。

「はい、そんな霊感商法臭い商売は嫌です」


 鴨川が怒りの表情で怒鳴った。

「てめえ、ひとの親の家業を、霊感商法呼ばわりする気か」


 すぐに平身低頭で謝った。日当は諦めるとしても、鴨川を怒らせたくはなかった。

 まだ、就職先は決まっていないが、飲食業界に就職する将来もある。《カツの新影》の社長に悪評を立てられたら、唯でさえ狭い就職先が、もっと狭くなる。


 鴨川はまだ怒り足りない雰囲気だった。だが、怒りの言葉を飲み込むようにしてから、口を開いた。

「いいよ。頭を上げて。私も、陰陽師が嫌で家を飛び出したからね。君の気持ちも多少はわかる」


 郷田が顔を上げると、鴨川は聞いてきた。

「怒らないから、本当の気持ちを教えてくれ。陰陽師が嫌な理由は、世間体を気にしているから、かな?」


 本心を偽らずに答えた。

「世間体もそうですが、陰陽師だと、給与とか待遇が悪そうでしょ。年金も健康保険も付かないみたいですし。やっぱり、給与と福利厚生は大事ですから。仕事は内容より、金、外聞、待遇ですよ」


 郷田の言葉に、鴨川が面白くなさそうな顔をして、憮然として表情で聞いてきた。

「仕事は内容より金や待遇が大事だと言うのかね。では、聞くがね。カツの新影の社員証と給与を貰って、うちの福利厚生が適用されるなら、君は陰陽師を喜んでやるのかね」


 郷田は笑顔で答えた。

「それは、もちろん。やります」


 鴨川が口を開けて、何か小言を言いたそうだった。だが、鴨川は一度、横を向いて口を閉じた。次に、何か我慢するように、目を瞑った。


 最後に何かを耐えるように、膝を三度ばしっと叩いてから、口を開いた。

 どうにでもなれと言わんばかりに鴨川が、大声を出した。


「よし、なら、お前をうちの社員として採用するよ。配属先は文化事業部だ。仕事の内容は《カツの新影》の文化事業の一環として、鴨川新影流陰陽道を復興する。これなら、文句ないんだろう」


 郷田は自然体で聞き返した。

「契約社員ですか? それとも、正社員ですか?」


 鴨川が忌々しい奴めといった顔で、怒鳴るような口調で言い切った。

「新卒の正社員だよ!」


 正社員の響きに、郷田は「よろしくお願いします」と笑顔で答えた。

 鴨川は憎らしいといわんばかりの顔で「ほんと、君って、悪い意味で正直な人間だね」と発言した。

 こうして、無職の道は回避され、郷田は豚カツ屋所属の陰陽師として社会に出た。

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