第3話 第一章 陰陽師って美味しいの(三)
いきなり、面接試験が始まった。抗議したかったが、面接中に抗議すれば、内定は貰えない。
郷田は不採用通知の山を思い出して、出かかった言葉を飲み込んだ。
何度も何度も、人間性を否定された気になる不採用通知を貰うくらいなら、真剣白刃取りできたら合格という入社試験を受けたほうが気は楽だ、といった心境になっていた。
思わず、「知っています」と即答した。
鴨川が世間話をするような軽い雰囲気で頼んできた。
「そうか、なら、話が早い。陰陽師やらんか?」
なんで豚カツ屋が『恩妙寺』なる寺の運営をやるのか、郷田には理解できなかった。
「仕事の内容は、寺の経営ですか?」
二人の間に「あれ、こいつ何をいってんだ」の空気が流れ、数秒の妙な間ができた。
先に鴨川が口を開いて、確認するような口調で聞いてきた。
「陰陽師って、寺ではないよ。あの、有名な陰陽師だよ」
ハッキリ言って『陰陽師』がなにか、まるで知らなかった。豚カツ屋の職種に陰陽師という仕事があるなんて、聞いた覚えがない。会社のホームページにもなかった気がする。
ひょっとしたら、豚カツ屋業界では、キャベツを千切りにする係か、揚げ物をする係を陰陽師と呼ぶのかもしれない。だとしたら、知らない態度は業界に対する不勉強で落とされる。
もう、不採用通知は受け取りたくなかった。
とりあえず笑顔を浮かべ、郷田はハッタリをかました。
「豚カツ屋のほうの陰陽師でしたか。すいません、実家の近くに恩妙寺って寺があったものですから、てっきりお寺のほうだと勘違いしました」
鴨川がすぐに胡散臭い者を見る顔をして尋ねてきた。
「君は、
まるでわからない。だが、一度、知ったかぶりをした以上、後には引けなかった。
「知っていますよ。まだ、食べた経験ないですけど」
鴨側が普通の顔に戻って、とても優しい口調で聞いてきた。
「そうか、死ぬまでに一度、食べてみるといいよ。有名だからね。ところで、蘆屋道満について周りの評判は良いかね」
どうやら、『あしやどうまん』なる物が食べ物なのは正解らしい。
豚カツ屋が絡むのなら、お菓子だろうか。
カツの新影は、豚カツ屋では珍しく、デザートにも力を入れていると、経済誌の記事は見た。
郷田は推理した。
おそらく、蘆屋は店名か屋号。蘆屋と名が付くのだから、和菓子の店だろう。
『どうまん』と名が付くらいだから、肉饅や餡饅の仲間だ。具の『どう』が何を意味するかは、わからない。詳細は帰ってからネットで検索すればいい。
郷田は堂々と嘘を上塗りした。
「評判いいみたいですね。大学でも女子大生にも人気ですよ」
鴨川は深く突っ込まず次の質問をしてきた。
「では、
安倍晴明も知らなかった。されど、わかってきた事態もある。いよいよ、就職試験らしくなってきた流れだ。いい展開だ。
『アベノ生命』なる生命保険会社は知らない。つまり、安倍といえば、日本の総理大臣の安倍普三を指すと見て間違いない。
『安倍のミクス』は安倍総理が行った一連の経済政策。なら、『安倍の声明』はおそらく、『なんとか談話』の類で、安倍総理が出した外交に関する声明文の一種だろう。
郷田は真顔で答えた。
「中国や韓国との経済関係も大事ですが、やはり日本は歴史をもっと大切にするべきだと思います。今の日本があるは、先人たちのおかげですから」
鴨川が笑った。郷田も笑った。
鴨川の顔が鬼の形相に変貌して、仁王立ちした。
途端に、さっきまでの態度が嘘のようにドスの利いた声で怒鳴った。
「てめえ、この大嘘吐き野郎が。なにもわかっちゃいないだろう。正直に言え、正直に。でないと、千切りにするぞ!」
千切りは、物のたとえだと思うが、鴨川の隣には本物の日本刀がある。かなり、激怒しているので、話の流れでは、必殺の一撃を放ってくる可能性がある。
郷田は平伏(ひれふ)して「すいません、本当はなにも知りませんでした」と力の限り、正直に詫びた。
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