第37話 伝説は蘇り大きく変る(五)
早速、準備を始めた。事前に送っておいた荷物は社務所の中に置かれてあったので、出してきた。
郷田は土の地面にライン引きで、祠の前に四角い空間を描いていく。
ケリーがエレキ・ギターのアンプを設置し、音合わせをして、マイクの調整をする。周りには民家がないので、エレキ・ギターを弾いても問題なさい。
ラインを引きながら、京極の顔を、それとなく窺った。
京極が龍禅になにやら小声で話しかけていた。龍禅がしきりに首を傾げていると、京極が、まじまじと郷田の挙動を注目した。
明らかに興味を引いている。見もしないで「面白くない」と発言した京極に見せつけてやらねば。
ラインを引き終わり、四隅に四神(玄武、青龍、白虎、朱雀)が彫られた、ガラス製で円柱状の、高さ三センチ、直径二十センチの物体を置いた
郷田自身も、膝と肘を覆うプロテクターを装着した。
龍禅が郷田の描いた白線の後方に、高さ六十センチほどのスタンドを立て、三メートル四方に注連縄を張った空間を作っていた。龍禅の作った空間の内側に椅子が二つ用意され、鴨川と京極の席が造られていた。
準備が終ったので、鴨川に報告しに行く。
「準備ができましたが、始めてもよろしいでしょうか」
鴨川ではなく、京極が不満げな顔をして、懐疑的な口調で口を挟んだ。
「準備が終った、と言われましたが、また、えらく簡単な造りですな。本当に、これで大丈夫なんですか」
気に障る話し方をする男だが、お客様なので無視はできない。
「最初から全てを準備して、決まった作法に従う。京都のやり方は、俺から言わせれば、日本舞踊ですね。美しいかもしれませんが、踊りの域を出ていない。俺のやろうとしているのは、プロレスです。それぐらい違います」
京極が、また馬鹿にしたように「ははは」と笑ってから口を開いた。
「おかしな言葉を仰る。霊を沈めるのに、プロレスはないでしょう。どこからともなく、無数に集まってくる霊の集団を、プロレスでは祓えない」
京極はそこまでいうと、ケリーを見て悠然と発言した。
「エレキ・ギターを弾く準備をしていますが、あれは、なにかの余興ですかな」
郷田は「ははは」と笑うと、京極の顔が不快感も露に歪んだ。
郷田は京極に教えた。
「彼女はヨウツイの使い手ですから、ギターを使うのは当然でしょう。まさか、ヨウツイの使い手が、和太鼓や笛を吹いたりしたら、おかしいでしょう」
京極が「訳がわからない」といった顔をしたので、少し見下した態度で教えた。
「いっておきますが、ヨウツイは、腰の骨ではないですよ。英国発祥の陰陽道の、ヨウツイですよ」
京極が顔を背けて「何を馬鹿な、そんなものが――」と口にすると、龍禅がそっと耳打ちした。
耳打ちされると、京極の顔が「エッ」というように、驚きに歪んだ。どうやら、京極はヨウツイについては全く無知のようだった。
とはいえ、ヨウツイの全貌は不明。イギリス人のケリーがヨウツイについて日本語で説明できるとも限らないので、深くは掘り下げない。
「ちなみに、俺は京都発祥の古式陰陽道ではなく、新式陰陽道の陰陽師です」
京極が「新式って?」と鴨川の顔を見ると、鴨川は答に窮した。
鴨川が助けを求めるように龍禅を見ると、龍禅は「私に聞かないでください」といわんばかりに胸の前で手を振った。
理屈を説明しても、おそらく京極は理解できないし、逆に古式の陰陽道との違いを聞かれると、古式陰陽道を完全に理解していないので、説明できない。
郷田は背を向け「百聞は一見に如かず、ですよ」格好を付けて発言した。祠の前に進み出て、ノートを持ってきて祭文を読み始めた。今回は単純な朗読にならないように、祝詞のように独特の節を付けた。
関連する祭文を読み上げていくが、どこにも変化がない。幽霊が出てくる気配もない。式神を呼ぶ祭文を読み上げたが、何も起きない。
これは困った。幽霊が出てこないと除霊できない。はて、祭文に幽霊を呼び出す祭文ってあったかなと探していると、京極の遠慮のない「お話になりませんな」の声が聞こえてきた。
腹が立つが、何もしないと京極が帰る気がするので、時間稼ぎのために、意味のわからない一番長い祭文を読んだ。
祭文を読んでいて気が付いたが、霧が出始めていた。さっきまで感じなかった寒気もしてきた。秋の京都ではよくある放射冷却現象だと思った。
危機感が篭った龍禅の声が聞こえた。
「何か、おかしいわ。郷田君。儀式を中止して」
おかしいと注意されても、異変がわからない。放射冷却現象が危険だとは、お天気ニュースで聞いた覚えもない。
むしろ、雰囲気が出てきたので、幽霊が出現しそうな気配だった。祭文も、あと少しで終るので、最後まで読んだ。
祠に変な形に靄が纏わり付いていた。さて、どう対処したものか。
朝になれば、また気温が上がって靄が消えるが、それでは、京極に「朝になって幽霊が去った」と言い逃れされる。
とりあえず、祠についた靄を手で払おうとして、祠に近づいた。すると、後ろで龍禅の「郷田君、下がりなさい」と大きな声が聞こえた。だが、「問題ないですよ」と、お気楽に返した。
祠の靄は、手で払っても、すぐに祠に纏わり付いた、なんど手で払っても、意志でもあるかのように、祠に纏わり付く。
扇風機でも持参してくれば良かった。でも、もう遅い。家電量販店も、やっている時間ではない。
困っていると、祠の後方に動く影が現れた。影は四本足だった。ゆっくりと近づいてくる。
暗闇に、じっと目を凝らした。後方の照明の灯りに照らされて、シルエットが浮かび上がった。
相手は獣だった。体重が二百キロはありそうだった。しかも、獣の足を見ると、黄色と黒の縞々模様が見えた。獣は虎だ。
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