第12話  歪んだ承認欲求

みなさんはSNSは嗜まれますか?

投稿内容によってはリアクションが早く、返事なども貰えたりして、寂しがりな私には調度良いツールであります。

懐かしい顔ぶれに再会する事もございますな。


ですが、良い面ばかりとは限りません。

万事につけ同様ですが、使用法を誤ると手痛い失敗を犯してしまいます。



ーーーーーーーー

ーーーー




ピピピッ、ピピピッ!

朝7時にベルが鳴る。

布団から腕だけが伸び、それを手探りで止めた。


「もう朝かよ、ねみぃ」


ハルヒトは不満を口にしつつ、スマホを手に取った。

それから見慣れたSNSの画面を表示させ、昨晩の投稿について確認し始める。

反響がどれほどかを知るためだ。


「おーおー、燃えてんね」


夜中の間にリアクションがあったために、一晩で数千にも及ぶコメントが寄せられていた。

大抵は罵倒や批判であり、好意的な言葉はほぼ見られない。

それもそのはず、彼はわざと煽りたてる内容の投稿をしていたからである。



「このサイトは、いまいち。こっちは相当伸びたな」



匿名、特定されない立場を悪用し、彼は世に悪意のある言葉を撒き散らしていた。

その行動は日に日にエスカレートし、いまでは空いた時間を全て費やすほどである。

その『甲斐』あってか、人気どころのSNSや掲示板を悉(ことごと)く更新できていた。



「返信する時間は、ないか。電車の中でやるか」



彼は地方から都心の大学に通っている。

だから電車の移動時間が長いのだ。

寝て過ごしていた無駄時間も、最近はWeb更新の為に充実した時間となっていた。



「ええと、これはDV男のヤツか。すげぇ釣れた。コメントも賑わってるし」



彼の言葉の通り、炎上状態であった。

数えきれないほどの叱責や罵声がズラリと並ぶ。


ーーお前何様だよ。

ーーこれ通報した方が良くないか?

ーー釣りにしても不愉快、良識を疑う。


ひとしきり画面を眺めたあと『女ばっか湧きやがって、話にならねぇ』と、手早く書き込んだ。

それから別のサイトに移る。



「これは……、あれか。婚活女のやつか」



サイトの仕様や投稿内容は先ほどと違うものの、炎上具合は同じであった。

それらの『収穫』は満足のいく品質であり、ハルヒトの顔はぐにゃりと歪む。


ーー年収2000万の独身男性なんて、なかなか居ないと思います。

ーーランクなんて言葉使うの止めたら? 

ーーこういう書き込み本当に勘弁して欲しい。婚活女性全体が悪く言われる。



それらを斜め読みし、彼はやはり慣れた手つきで書き込んでいく。

『私はあんたらブサイクどもとは違って、超絶美人なんです、豚のくせに同調圧力かけんのやめてもらえます?wwww』と。


それからはというと勢いづいたのか、彼の指先は滑らかさを増していく。

サイトへの移動。

画面のスクロール。

煽り文言の入力、更新。

それらが圧倒的なスピードと正確さによって、時おり端末の能力すら追い越して実行された。



『従業員は動くサンドバッグ。経営者は神よりも偉い。これ社会の常識だから』

『モテるんだからしょうがないじゃん。3股なんて大人しい方だよ。つうか、引きニートは妬んでないで社会復帰してねw』

『ファミレスってwww 良い大人がファミレスってwww お前の言う普通って何?? ブヒブヒ喚きながら千円以下の飯を貪ること???wwwwww』



彼はいくつものシチュエーションを用意し、それに見合ったキャラクターを演じ分けていた。

長考することもなく、まるで流れ作業のように打ち出される。

その姿はプロフェッショナルと言っても過言ではない。

名バイオリニストが巧みに指を操り、数々の世界を写し出すかのように。

まぁ、音楽は人々に安らぎを、ハルヒトは心の荒廃を与える違いはあるのだが。


片道一時間の移動はあっという間に過ぎ去り、目的地を逃すことなく下車。

駅からは大学まで徒歩である。

疲れ顔のサラリーマンやOLとすれ違いながら、のんびりと歩いていく。



「それにしても、暇人が多すぎるよな。あんなラクガキみてえなコメントにマジになってさ」



移動中もやはり『収穫物』を眺めていた。

道の真ん中で歩きスマホするハルヒトは、苛立ちをもって通行人に避けられるが、当の本人は気づきもしない。

朝も夜も無く更新されていく画面を見ては、ため息を漏らすばかりである。



「どいつもこいつも、冗談だってわかんねえのかよ。それすらも理解できないド低脳がネットしてんなよ」



多くのユーザーを翻弄し、注目を浴びる自分は大器である。

そんな歪んだ自尊心が彼の原動力だ。

冗談にしては悪趣味であり、そして悪質だが、彼は本気でそう考えていた。

実際対応に窮すると、決まってこう答えるのである。


ーー冗談だよ、これまでの全部。それくらいの事も読み解けないの?


それで相手の気が治まることは無かったが、彼にとってどうでも良い事だ。

そのコメントを返した時点で既に飽きており、遊び場からの帰還の合図でもある。



「今夜も盛り上がるな。次はなんて書いてやろうか」



炎上を続ける画面を見ては、薄笑いを浮かべている。

それを誰かに邪魔されることはなく、彼は教室に辿り着いた。


授業開始の10分前。

1限目の授業にも関わらず、そこそこの生徒がすでに着席していた。

ハルヒトは指定席とも言える後方端の席に座る。

それからテキストすら出さずに突っ伏して、寝る体勢に入った。



「おはよ、ケイコ。髪染めた?」

「おはよー。そうなんだ、駅前の美容院あるじゃん?」

「知ってる知ってる。あのオシャレな店だよね。もしかして……」

「うん。やってもらった! 店員さんも優しいし、良いお店だったよー!」

「えーー。いいないいな! 私も行こうかなぁ!」



斜め前の生徒がはしゃぎ始めた。

その騒ぎは、すぐ後ろに座るハルヒトの安眠を妨害するのに十分な程。

すぐに内心で舌打ちをするが、知り合いでもない女子に苦言を呈するほど、彼は世渡りが上手くない。



「店員さんから『お友達もぜひ、お安くしますからー』って言われてるよ」

「じゃあさ、今度の金曜日とかどう? バイトもサークルも無いから暇なんだ」

「金曜ね。いいよ、案内するから」



ハルヒトは姿勢を変え、小さく咳払いをし、何とかして眠ろうとしたが叶わなかった。

仕方なしに予定を変更。

今晩の掲示板用の『下ごしらえ』の時間へと切り替えた。

テーマは調度目の前に転がっているので、瞬時にひとつを仕上げることが出来た。


ーーブサイクが美容院とか笑える。家のバリカンでも使って切ってりゃいいのに。


こんな文面にしよう。

そうハルヒトが考えていると、辺りが水を打ったように静かになる。

不審に思って顔を上げると、咎めるような視線に気づいた。

特に目の前の女子二人の態度が顕著だった。

自体が飲み込めずに、顔を見返す事に終始したハルヒト。

彼の言葉を待たずに、二人は立ち上がった。



「あっち行こう」

「そうだね。関わんない方がいいよ」



そして周りから人が居なくなり、環境はだいぶ静かになった。

ハルヒトの心の平穏と引き換えに。



「なんだアイツら。突然キレだしたぞ?」



不気味な疑問が心を覆い尽くしていく。

それは授業中も晴れることなく、思考を延々と占拠した。

そうして過ごしているうちに時刻は昼時。

彼は気分を変えるべく部室へと向かった。



「ハルヒトくん、おはよー。昼だけどね」

「ああ、スミレちゃん。おはよう、12時だけど」



サークル仲間のスミレである。

彼女は部室のテーブルに座り、お手製の弁当を展開していた。

いつもは2・3人で行動しているのに珍しく1人のようだ。

お近づきになるチャンスだと思い、彼女と向かい合うようにしてハルヒトも座る。


そのとき、彼女の持ち物が変わっていることに気づいた。

『それどうしたの?』という話題はきっかけには調度良い。

なるべく興味有り気な声を創りだし、殊更明るく言った。



「あれ。そんなバッグ持ってたっけ?」

「これ? 実はね、がんばって買っちゃいました! 初バイト代ふっとんじゃったよー」

「マジか。つうことは5千、1万って額じゃないよな」

「いやほんと、買う時声が震えたよね。背伸びしまくりだもん。でも昔から憧れてたブランドでさぁ……」

「女は稼ぐの楽だからいいよな。股開くだけで5万貰えんだからよ」



ビタリとスミレの時間が止まった。

それから顔が曇り、徐々に怒りに染まり、目じりに涙が溜まり始める。

今回はハルヒトも聞いた。

自分の口で、自分の声で吐き出された、心無い暴言を。



「今の言葉は酷すぎるよね。私はさ、倉庫作業を頑張ったんだけど? どうしてそんな事言われなきゃいけないの?」

「ああ、いや、今のは違くて……」

「違うって何が? ハッキリ言ったじゃん。人の努力と達成感を全力で馬鹿にしたよね」

「待ってくれ。ちょっと落ち着いて」

「前から口悪いなって思ってたけど、今日確信したよ。性格めちゃくちゃ悪いよね。こんな人目のないタイミングに本性を現す所とかさ」

「誤解だって! オレはそんな嫌なヤツじゃないってば!」

「もう話しかけてこないでね。さよなら」



ーーバタン。


拒絶するようにドアが閉まる。

室内に1人残されたハルヒトは、呆然とするしかなかった。

自分の身に、そしてさっきの場面で何が起きたのか、理解が及ばなかった為だ。


ーープルルッ。


その時スマホが振動した。

サイト更新のアラートである。

反射的にその画面を見て、それから顔が固まった。


『女ごとき労働とかwww 金持ちオッサンとヤっただけだろうがwwww』


朝の電車内で嬉々として書いた悪言である。

それがさっきの状況とリンクし、戦慄が走る。



「もしかして……口に出てるのか?!」



匿名な場所でならまだしも、現実社会で口にしてしまっては拙い。

それくらいの分別は彼にもつくし、だからネットに執着していたとも言える。



「じゃあ1限目のときも、同じことが起きたのか?」



口も聞いた事の無い、それどころか苗字も知ってるか怪しい相手に、いきなり憎悪の目を向けられたのだ。

それは異質であり、やはり異常な何かが起きたのであろう。



「疲れてるんだ。とにかく、今日は帰ろう」



彼は昼も食べずに部室を飛び出し、大学から逃げるようにして帰路についた。

誰の顔も見ないようにして、早歩きで。


そんな時に限って邪魔は入るものだ。

目一杯に横へ広がって歩く集団が、道を塞いでいた。



「先輩、マジすげえっす! 素手で車を叩き壊すとか!!」

「先輩こそ最強じゃないっすか。プロデビューとかやらないんすか?」

「うっせえ、騒ぎすぎだよ。別にあれくらい普通だろ……」

「黙ってろクソ雑魚が。ごちゃごちゃ言ってねえで、かかってこいよ。ビビッて何もできねえ腰抜けが」



明瞭な罵倒がハルヒトの口から飛び出した。

あわてて両手で塞ぐが、時すでに遅し。

血気盛んな顔がいくつも振り向いた。



「お前誰だよ! うちのパイセンなめてんのかオオウ?」

「マジで強ええんだぞ! リアルゴリラだからなオラァン!」

「いや、ちょっと待って。今のは事故みたいなもんで……」

「ごちゃごちゃ言ってんのはテメエじゃねえか、オオン?」



それからハルヒトは絡まれ続けた。

時には小突かれ、顔を延々たたかれ、そんな不快極まる時間が。

解放されたころには日暮れ近くになっていた。



「終わった……もう嫌だ。帰りたい……」



ほうほうの体(てい)で電車に乗り込むが、そこでも気は抜けない。

誰か人を見かけるたびに言葉が飛び出しそうになるからだ。

だから極力外は見ずに、スマホの画面だけを見ようとした。


ーーブルル、ブルル。


その時でさえ引っ切り無しに通知が来る。

朝方までは歓迎した数々のコメントも、今となっては嗤う気すら起きてこない。

半目の状態で眺めるばかりである。



「人がピンチに陥ってる時に罵倒とか。これだから暇人は……」



ーー削除しろ!

ーー逃げんな屑。

ーー本気で軽蔑します。


各方面から寄せられる非難を前にしても、彼の心は動かなかった。

他人事のように眺めつつ、自分に降りかかった災難について長考するばかり。

そんな彼の目にひとつのメッセージが目にとまる。

そこにはこう書かれていた。


ーーきっと冗談かストレス発散で書いたんだろうけど、控えた方がいいよ。書き言葉って心に残りやすいから、精神に悪影響を与えることもあるよ。一度そうなると、改善は難しいんだよね。



ハルヒトは胸を抑えた。

まるで見られていたかのような的確な言葉に、大きく動揺した。

そのコメントとほぼ同じことが、ついさっきまで現実に起きていたのだ。

溜まらず指がスマホの画面をなぞり出す。



『助けてくれ。今まさにそんな状態なんだ! 釣りや煽りコメントを実際につぶやいちまう! オレはどうしたらいいんだ!』


その直後に怒涛のコメントが並びだす。


ーーうわ、きもすぎ。

ーークソざっこ。いきりクソ雑魚ゴミ虫。

ーーマジで言ってんの? 医者にかかれば?


無関係な返答ばかりに苛立ちが募る。

彼は解答を待ち続けた。

この非常事態を解決するために。



ーーああ、やっぱりね。そういう人何度か見たことあるから、もしやと思ったよ。そうなると簡単に復調は出来ないよ。


待ちに待った返答に彼はこっそり喜んだ。

それと同時に不安がよぎる。

簡単には治らない、と。

だが、裏を返せば治す事も可能であるのだ。

ハルヒトはそのまま質問を投げかけた。



『頼む。本気で困ってるんだ。どうすれば良いか教えてくれ!!』


ーーまぁいいけど。結構大変だよ?



質問と解答の間にも多数の罵詈雑言を挟みつつ、対処法を聞いた。

書き込まれたフローを頭の中で繰り返しシミュレートし、そして電車を降りた。

後は自宅で実行するだけである。

すっかり暗くなった時間の中、家路に着いた。



「ハルヒト、お帰り。今日は遅かったのね?」



母の出迎えを無視して2回の自室へ向かった。

うっかりすると暴言を吐いてしまい、ここでも修羅場を迎えかねないからだ。


そして部屋の中で大きく息をつき、しばらくの間己を労った。

大きな怪我をせずに帰れた事に感謝も忘れなかった。

目じりに浮かぶ涙を拭いつつ、バッグを開いた。



「早いとこ作業に入らなきゃな。時間を逃したら明日に延期になっちまう」



取り出したのは銀色の皿、そしてトマトジュース。

ジュースを並々と皿に注ぎ、それからベランダの外に置いた。

時計を見ると19:42だ。

次の作業まであと5分も無い。

ギリギリ今日中に実行できそうであり、再び安堵の息が漏れた。



「つぎは、儀式中に邪魔されないこと。念のため部屋の前を塞ぐか」



これから『厄払い』の儀式を執り行うが、そのとき誰かと接触してはいけないらしい。

よって部屋のドアの前を、机やらタンスを即席のバリケードとした。



「よし、準備オッケー。あとは外の皿を持って……」



ハルヒトは窓から2階のベランダに足を運んだ。

それから両手で銀の皿を捧げ持ち、南西の方角を向いた。

皿を高々と掲げ、全力でこう叫んだ。



「処女の活き血を用意しました! 我れを呪いから解き放ちたまえ!!」



ここは一般的な住宅街だ。

だから周りはアパートやら戸建てがひしめいている。

さらに時間帯のせいか、道を行く人の姿も多い。

白い目が飛んできても、彼は叫ぶのを止めなかった。


全ては自分を苦境から救うため。

近所で噂になったとしても、中断するわけにはいかないのである。



「ハルヒト、どうしたの? 何かあったの?!」



部屋のドアを叩く音がする。

彼の母親が心配したのだろう、ノック音が忙しない。

だが、儀式はまだ途中であったので、返事もせずに続けるのだった。



「処女の活き血を用意しました! 我れを呪いから解き放ちたまえ!!」



皿を掲げた姿勢のまま、1分置きに30回叫ぶ。

それが提示された解決法だったのだ。

その間に中断する事は許されないし、場合によってはより酷い状態になるという。

だから付近の通りが野次馬だらけになっても、母の悲痛な叫びが聞こえても、彼は止めなかったのである。


ーークソ、そんなに面白いかよ。人の真剣な姿が!


内心腹が立つし、焦りに塗れるが、それでも続けた。

いつの間にか野次馬たちが、パトランプの警告灯に染まっている。

警察車輌までやってきたらしい。



「よし、やっと終わったか……。今までで一番長い30分だったな」



悲鳴をあげる肩をほぐしつつ、ハルヒトは部屋へと戻った。

休むまもなく母親への対処をしなくてはならない。

バリケードも解体する必要がある。

とにかく手を動かしつつ、ドア越しの質問に答えた。



「なんだよ母さん。用でもあんの?」

「用でもって……。あんな大声で叫んでたのはアンタでしょ! いいから開けなさい!」



その声はとてもヒステリックであり、壁を挟んでも響くようであった。

何か言い訳を考える必要がありそうである。

とりあえず怒りを和らげるため、ハルヒトは柔らかい声で言った。



「専業主婦とかいう寄生虫が! 無職のババアが母親面すんなし!!」

「な、なな、何てこと言うの!」



彼は凍りついた。

改善どころか、悪化したようですらある。

寄りによって実の母に暴言を吐いてしまった。

これで大学だけでなく、家の中でも辛い対応をされかねない。


向こう側で喚く母親をひとまず置き、スマホで苦情を書き込んだ。

例のアドバイスをくれた男に対してである。

『嘘つきやがったな! 全然効き目がなかったぞ!』


そして待つこと数分。

相手から返事が来た。


ーー冗談に決まってるじゃん。ちょっと考えれば解るでしょ?

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【1話完結型】よくあるファンタジー おもちさん @Omotty

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