第10話  ラーメン稼業も楽じゃない

外食はお好きですか?

メディアでは、数々の料理や名店が毎日のようにレポートされています。

祝い事向けの高級店から、普段使いのB級グルメまで幅広く。


今日はその、庶民派店からお届けします。




ラーメン激戦区。

オレはつい最近、そのど真ん中に店を構えた。

経緯は脱サラ後、なんとなく厳しい修行をして、フワッとした観点で精査して拠点を選んだ。

オレの料理の腕前はというと、そこそこ。

ネットの評価は悪くないので、細々とやっていけるかなぁと考えている。



「うーん、どうすっかなぁ」



オレは今、机に座って格闘中だった。

デスクワークってのは本当に苦手だ。

小一時間ほど紙と向き合ってるのに、気の利いたフレーズひとつ浮かばないんだから。


ーーガチャリ。


ウンウン唸っていると、裏手のドアが空いた。

バイトさんが出勤してきたのだろう。



「おはようござーす」



いくらかのアンニュイさを漂わせながら、小柄な女の子が入ってきた。

彼女はアルバイトの望月さん。

体格やキャラがラーメン屋向きじゃない気がするが、物覚えの良い頼れる子だ。



「店長。何してんです?」

「あぁ、これか。ちょっと頑固親父アピールしたくってさ」

「……どうしてですか?」

「いやさ、あるじゃん。店のルールっつうかさ、私語厳禁的なヤツ。うちにもそんなのが欲しいんだ」

「だったら、それを書けばいいじゃないですか」

「ダメダメ、もっと目に突き刺さるフレーズじゃないと」

「じゃあ、酔客お断りとか」

「なんでだよ。酒の後はラーメン食いたいじゃん」

「はぁ、そうですか。表掃除してきます」



着替え終わった彼女が開店業務に入った。

ちなみに更衣室を使った試しはない。

もちろん露出狂なんて類いではなく、神業のような着替え術を持っているからである。

何度も目撃してるけど、素肌はおろか下着の端っこすら見かけたことはない。

「何者だよ」なんてツッコミを、雇った当初はいれたものである。



「さて、何か埋めなきゃな。つうか別に、オレルールに拘らなくても良いか。詩とかでもいいんじゃね?」



男は黙ってストレート麺、とか。

スープの色は魂の輝き、とかとか。

これ……いいかも。



「おぉー、降りてきたぞ。もうちょいで閃きそうだ!」



大事に大事に感性を撫でてやる。

断片的な名案がひとつに繋がるよう、優しく丁寧に。

そんなデリケートタイムなオレを、世間は省みてくれなかった。


ーーガシャンッ!


突然外が騒がしくなった。

ガラの悪そうな声と、何かが転がるような音が響き渡る。



「テメェ、いつもいつも邪魔くせえんだよ! 看板もっと下げろっつの!」

「ここまでがウチの土地。あんたたちこそ邪魔」

「ふざけんな! こっちはもう10年ここでやってんだ。新参者がでかい口聞くんじゃねぇ!」



たぶん望月さんと隣の店のヤツが揉めてるんだ。

相手はライバル店とはいえお隣さん。

ケンカして得られるものなんか、デメリットに比べたら些細なものだ。

大事にでもなったら面倒でしかない。



「しゃあねぇ、店主として解決してきますか」



お客さんの居ない時間とはいえ、遊んでる暇はない。

開店時間に影響が出る前に引き上げさせないとな。

入り口の引き戸を開けた、その時。



ーーヒュァンッ!



何かが超高速で、オレの顔スレスレに飛んでいった。

頬を液状のものが伝い、唇に触れた。

この鉄臭さは……血?!


慌てて頬を撫でると、手が赤く染まった。

なんで急に出血したんだ?!



「ダッセェ! そんな旧式の銃でオレに楯突こうってのかよ。蜂の巣になってから後悔しやがれ!」

「無駄弾多すぎ。軸ぶれすぎ。やる気あるの?」

「このッ。口の減らねえクソ女がッ!」



撃ち合いだ。

日本の住宅街で銃撃戦だ。

望月さんはライフルらしきもの、向こうは自動小銃ぽいものを手にしている。

それがオモチャでない事は、頬の痛みが知っている。


つうか、どういう状況だよ!?

悪ふざけにも限度があるだろうよ。

匍匐前進なんか知らないけど、地面を這いずりながら彼女の元へ向かった。



「おい、これは何の真似だ!」

「店長、頭が高い。もっと低くして」



オレたちはメニュー看板に隠れるようにして、身を潜めていた。

隣店のヤツも同じ格好だ。

これが弾丸を防げる代物だなんて初めて知ったぞ。



「目障りな店主まで来やがったか、2人まとめて……」

「スキあり」

「グヘェッ!」



望月さんの精密な射撃。

それは目標の肩を射抜き、相手の意識を刈り取ることに成功した。



「なんか良くわかんねぇけど、助かったぁー」

「店長。まだ気を抜いちゃダメ」

「まだ終わんないの?」



すぐに隣店の戸が開かれた。

中から出てきたのは、手拭いを頭に巻いた男だ。

そこの店主だ。

彼とは大人の会話をする必要があるだろう。

立ち上がって話しかけようとした……けれど。



「とうとう引き金を引きやがったな? 死ぬ覚悟は出来てんだろうな!」



話し合いの余地なんか無かった!

怒声とともに持ち出されたのは、バズーカ砲だ。

いや、あれは対戦車砲? グレネードランチャー?

知らん、なんかデカイやつ!



「殺してやる、殺してやるぞォ!」



あの店長はこんなおっかないヤツだったのか!

薄笑いを浮かべたまま、無作為に発砲している。

もう目につくもの手当たり次第に攻撃してる感じだ。



「あぁ、やべえよ。オレの店が壊れちまう」

「ほんとですね。大変だ」

「つうか、これは何の冗談だよ! この唐突な殺し合いは!」

「店長。本気でわからないんですか?」

「サッパリに決まってんだろ!」



オレの言葉に、彼女は悲しい目をした。

何か琴線に触れたのか、会話が少し滞った。

そして、ふた呼吸ほど置いてから、返事が返ってきた。



「ラーメン戦争って言うでしょう?」

「取り合うのは命じゃなくて、顧客なんだよ!」



散々気を持たせてそれか!

この状況で笑える訳ねぇだろ、バーカバーカ。

現在進行形で爆風が起きまくってんだぞ。



「そんな事より、なんとかしてくれ! 本当に店が潰れちまうよ!」

「そう。確かにこれ以上好きにさせられない」



そう言って取り出されたのはスマホだ。

画面をタップしたのち、通話の姿勢になる。

警察でも呼ぶのか?

これ、警察に相談する案件なのか?



「こちらデイウォーカー。応答願う」

「こちら航空隊。どうぞ」

「爆撃支援を要請する。座標は……」



電話相手は警察じゃ無さそうだ。

たぶん、自衛隊でもない。

気になるけど、誰と話してるのか気軽に聞ける雰囲気ではなさそうだ。



通話を終えてからほんの数秒。

これまで以上の爆発音、爆風が辺りを包み込んだ。

砂塵と熱で目を開くことができない。

終始慌てるだけのオレとは違い、望月さんは晴れやかな声で言った。



「悪は滅びた。店長、これで領地が増えましたよ」



瓦礫の山を指差しつつの勝利宣言だ。

晴れやかで、どこか誇らしげな声を無視して、オレは自分の店へと戻った。

足取りは覚束なく、まるで怪我人のようになっている。



「うわぁ、ひでぇな……」



店内は予想した通り、物が散乱していた。

食器や調理器具、壁材にガラスの破片が床に散らばっている。

あまりの酷さに気を失ってしまいそうだ。



「これ、どうすんだよ……」



途方に暮れていると、一枚の紙が目に留まった。

ほんの少し前まで向き合ってた、例の紙だ。

オレはそれをひっ掴むと、一切の迷い無く文字を書き連ねていった。


本日は臨時休業です、と。




いかかでしたか?

ラーメンというのは、作り手側も命がけのようですね。

消費者の我々としては、礼儀を持って向き合うべきでしょうな。


ー完ー

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