【1話完結型】よくあるファンタジー

おもちさん

第1話  水戸編

ーー茨城県水戸市。

ここは特に珍しい所のない、剣と魔法が光輝く地方都市だ。

そんな何の変哲もないこの街の、とある洞窟より物語は始まる。


「クックック、平和ボケした連中どもめ。さぞや驚くだろうな」


灯りのほとんど無い洞窟に男の声が響く。

漆黒のローブを羽織っているため、歪んだ口許しか見ることが出来ない。


「茨城県民め、ざまぁみろ! 今日からオレがここの王だ!」


足元には魔方陣が描かれており、徐々に深紅の光が点りだす。

それはまるで血の色だった。


「ハッハッハ! オレが王になった暁には初等教育の無償化! 医療費の全額免除! ゆりかごから墓場まで、オレに見守られるがいいわ!」


高らかな声に応えるように、魔方陣の光は強くなる。

より鮮明に、より紅く染まる洞窟内部。

やがてそれは臨界点を迎える。


「目覚めよ、グリフォンロード! 我が手足となりゲフゥ」

「グォォオオオオーーッ!!」


男は召喚された巨獣に踏み潰されてしまった。

こうしてひとつの野望が潰えた。



ーー同市内。

とある個人宅より、物語は始まる。


「これから初デートだ。でも腹が減ったな」


この男は霜田(しもだ)レイジ。

どこにでもいる16歳の高校生だ。

待ち合わせまで少し余裕があるためか、時間をもて余している。


「冷蔵庫には納豆があるな。よし、ありったけ食おう!」


納豆は水戸市民のソウルフード。

ここ一番の大勝負には持ってこいの食品だ。

さらにレイジはすりおろした生ニンニクをトッピングし、醤油をかけて良くかき混ぜた。


「しまった……オレはこれからデートなんだ。こんなもの食べたら、臭くってかなわん!!」


レイジは気づいてしまった。

口にする前から漂う強烈な臭いに。

家族がそばにいたなら代わりに食べて貰えるが、あいにく全員が出払っていた。


「どうしようこれ。うかうかしてるとデートに間に合わない」

「グォォオオオオーッ!!」

「うわっ! グリフォンロードだ! なんでこんな所に?!」



台所から突然それは現れた。

人間を遥かに上回る巨体。

身じろぎするだけでレイジの家が壊れていく。

住宅ローンがまだ30年残っているにも関わらず、建物は無惨にも倒壊した。


「クソッ 時間がないから一気に行くぞ! ギャラクティカ・パトリオット・クレイジースター!」


レイジの必殺魔法が炸裂する。

三ヶ月間にも及ぶ通信教育によって会得した大魔法だ。

住宅街に一筋の閃光がきらめき、強大な爆発が巻き起こる。


ーードォオオオンッ!


そして、ここより半径100メートル内は草木も残らぬ焼け野原と化した。


「はぁ……はぁ。やったみたいだな」


たまたま見かけた雑誌の広告に、彼は心から感謝した。

なにせ月々500円でこの成果なのだから。


「やっべぇ、そろそろ行かないと!」


身体中の砂ぼこりを払いもせず、デートに向かった。

憩いの地と名高い千波湖へと。


高台から橋を下っていくと、待ち合わせ場所にたどり着いた。

湖の近くにただずむ銅像の前。

そこにはレイジを睨み付ける少女が立っていた。



「もう! 10分も遅刻して! いったい何してたのよ?!」

「ごめんこめん、ちょっとグリフォンロードの相手してて……」

「あのさ、どうせならもうちょっとマシな言い訳してよね?」



同い年の女子高生、天城(あまぎ)シヅクはご機嫌ナナメだった。

どうやら遅刻の理由に不満があるようだ。



「グリフォンロードごときに手こずるわけないじゃん! そんなのが遅れる理由になんかならないでしょ?」

「いやいや、結構手強いんだって。おかげで町内が無人の荒野になったんだぞ?」

「そんなことより足が疲れちゃった。どこか入ろうよ」

「じゃあお昼も兼ねて喫茶店に入ろうか」



序盤こそ躓(つまず)いたものの、レイジの頭にはデートプランが叩き込まれていた。

高校受験の時よりも真剣に学び、化学式や歴史年号なんかよりも付近の軽食屋に詳しくなっていた。


店に入るなり、レイジはメニューも見ずに注文をした。



「オレは和牛ハンバーグ400グラムにライスセット。彼女にはトコロテンをお願いします」

「少々お待ちください」



シヅクがダイエット中なのも計算の上だ。

彼女の表情もかなり和らいでいる。

失点を取り戻せたかと、レイジはこっそり胸を撫で下ろした。


「お先にトコロテンから失礼しまーす」


ハンバーグが来る前にシヅクの前に皿がおかれた。

食欲をそそる薫りが食卓に漂いだす。

しかしシヅクは箸に手を伸ばすことなく、スマホで写真を撮り始めた。



「今日は、すっごく美味しい、トコロテンだよ(はぁと)……と」

「なにやってんの?」

「ウェブ用の写真撮ってんの。あとでアップするんだぁ」



料理そっちのけでスマホをいじり倒している。

トコロテン職人からしたら大激怒となるシチュエーションだろう。



「それ、食べないの?」

「食べないよ。ダイエット中だもん」

「そんなのダメだって。もったいないじゃん」

「お金払うんだからいいでしょ。私お客様だよ?」



その時だ。

店内が地響きと共に大きく揺れた。



「キャアアアーッ!」

「なんだこれ、地震か?!」

「グォォオオオオーッ!!!」

「違う、グリフォンロードだ! また出やがったのか!」



逃げる客に混じり、レイジたちは外へ避難した。

騒ぎを聞きつけた警官隊が、すぐさまパトカーに乗ってやってきた。

辺りは途端に騒然となる。

その様子を見てシヅクが呆れた声を出した。



「グリフォンロードごときに大げさねえ。こんなの相手に何人がかりでやるつもり?」

「クックック。ワシはグリフォンロードなどではない」

「え?! 喋った!!」



獣と変わらない化け物のはずが、流暢に人間の言葉を話した。

それは付近の人間に大きな衝撃を与えた。



「ワシは、名もなきグリフォン! 傲慢な人間どもに鉄槌を下すべき生まれた、唯一無二のグリフォン!!!」

「うろたえるな! 日本の警察が世界一である事を見せてやれ!」

「小賢しいニンゲンどもよ、塵となれい!」

「うわああああああーーーー!!」



グリフォンの咆哮とともに吐き出された火弾。

それは天まで届く火柱を生み、辺りを焼きつくした。

グリフォンを中心とした半径125メートルは焼け野原となってしまった。

頼もしい警官隊も、美麗なビル群も、今は何も見当たらない。



「ううう、痛ぇ。シヅク、無事か?!」

「なんとか……ね。とんでもない破壊力だわ」



奇跡的にレイジたちは生き残ったが、絶望的な状況は変わらない。

助けてくれる人間も、身を隠す建物もないのだ。



「傲慢でありつつ、弱い。お前たちは何とも滑稽な生き物だな」

「こいつ……言わせておけば! シヅク、やるぞ!」

「仕方ないわね。一撃で仕留めるわよ」



二人の両手に魔力が集中する。

呼吸と波長をそろえ、これより大魔法が炸裂する。



「喰らえ! ギャラクティカ・パトリオット・クレイジースター・モア・リベレイショ……」

「前振りが長い!!」

「うわあああああーーー!!」



魔法の発動直前に遮られてしまう。

2人はすっかり魔力を使い果たし、打つ手が皆無となった。

こうなっては最早死を待つのみであった。

グリフォンの勝ち誇った声が高らかに響く。



「傲慢なる者どもよ、特に食べ物を無駄にする者たちよ! 地獄で後悔するがいい!」

「待ってくれ、もう2度と食べ物を粗末にしたりしない!」

「私も約束する! ダイエットを理由に食べ残したりしないわ!」

「……本当か?」

「もちろんだ、必ず守る!」

「じゃあ、許す」

「ありがとう!」



こうして茨城の危機は去った。

食べ物を粗末にしてはいけない。

その教訓を得るための代償は、決して小さいものではなかった。



「食べ物は大事なんだ。生きていく上で絶対に必要なものだから」

「物が溢れかえってる現代だから、ありがたみを忘れてしまいがちよね」

「お金を払ったらご飯を無駄にしてもいい。そう言う人が居るけど、それは誤りだ」

「あくまでもお金はお店の人への対価。お金を支払うだけじゃ、地球への感謝が抜けているものね」

「そうなんだ。僕たちの命は、食料は他の命を奪う事で生み出されている。その事を忘れちゃいけないんだ」



夕日が辺りを染めていく。

遮る物のない大地にただずむ、レイジとシヅク。

そしてグリフォン。

2人と1頭の日々は、始まったばかりだ。



ー第1話 完ー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る