第2話  赤羽編

東京都北区赤羽。

ここはご存じの通り、剣と魔法が織り成すファンタジーの世界。

今回の物語はここから始まる。



「あっぶねぇ……なんとか間に合った」



朝の通勤ラッシュの時間帯。

混雑した車内の中でそんな呟きが漏れた。

リクルートスーツに身を固めた、初々しさの感じられる青年。

彼の名は霧島(きりしま)テツジ。

就職活動中の大学生だ。



「重役面接の日に限って寝坊なんて。危うく遅刻しちまう所だった」



本来であれば余裕を持って、一本前の快速電車に乗るつもりだった。

それがウカウカしているうちに遅れてしまい、今は鈍行列車で移動している。

遅刻はしないまでもギリギリの到着となりそうだ。


これから第1志望の企業面接を控えている。

迂闊な減点は何があっても避けたい所である。

だが……そんな逸る気持ちを嘲笑うかのように、車掌のアナウンスが車内に響き渡った。



「板橋にて非常停止ボタンが押されました。安全確認のために少々停車致します」



あぁ、という溜め息があちこちから漏れた。

朝の急いでいる時間の列車遅延は大変なストレスになる。

時間に余裕の無いテツジにとっては尚更だ。

瞬く間に車両の中はピリピリとしたムードになる。


5分後に運転は再開し、次の駅へとゆっくり動き始めた。

テツジは苛立ちを必死で押さえつつ、面接のシチュエーションをイメージし続けた。

そして電車がスピードに乗り始めた、その時だ。



「急停車します。ご注意ください」



機械音声と共に再度電車は停車した。

舌打ち、ため息、唸り声。

乗客のフラストレーションはかなりの域に達している。

暴動の一歩手前という段階だろう。


電車は15分の遅れをもって再開した。

何に手間取っているのかわからず、不満は炸裂寸前となる。


テツジは電車を降りた後の最短ルートを脳内で割り出していた。

普通に歩いたのでは間に合わないだろう。

駅に着いたら面接会場まで全力で走るしかなかった。

そして……。

三度、電車は止まった。



「踏み切りにて直前横断がありましたため、少々停車致します」

「ふざけんなぁぁぁあああ!!」



溜まりに溜まった怒りから、テツジは叫び声をあげた。

他の乗客も怒り心頭になり、同じように咆哮を撒き散らす。



「車掌に直談判しよう! 時速400キロで走ってくれれば遅れを取り戻せるはずだ!」

「そうだそうだ、このままじゃ隣駅まで行くのに何時間かかるかわかったもんじゃない!」

「いいや、ともかく降ろせ! 別の路線に乗り換えた方がずっと早い!!」



半狂乱と言ってよいほどに荒れ狂う車内。

電車のドアに拳が、剣技が、魔法が撃ち込まれる。

『急げ』と『降ろせ』の声が入り乱れている。

もはや手が付けられる状態では無かった。

そんな中で乗客の頭上より声が降り注いだ。



『クックック。そんな求めに応じるわけがないだろう?』



まるで受け答えでもするかのような車内アナウンスだ。

テンプレートから外れきった言葉に、みな唖然としている。



『乗客どもよ、残念ながらお前たちはもうそこから出られない!』

「な……なんだとぉぉおおお!!」

『車掌は毎日大変なんだ! 酔客やマナーの悪い客の相手でな! 今もオレに落ち度はないのに責め立てられている! だから労働環境改善のために都庁まで直談判に行く! お前たちは全員観客として強制連行だぁぁああ!』

「ふざけるなぁぁああーー! オレたちを電車から降ろせぇぇええー!!」


乗客をはじめ、テツジは叫んだ。

こんな事件に巻き込まれたら、面接に遅れてしまうからだ。


『乗客どもよ。お前たちが乗っているのは電車などではない』

「なにぃッ! だったらこれは何だって言うんだ?!」

『お前らが乗っているもの……それは変形型ロボットだぁぁああ!』



そう、車掌の言う通りである。

通勤電車とは世を忍ぶ仮の姿。

その真の姿は巨大ロボット『サイキョー・トレイナーα』である!

ちなみにテツジたちの車両は右腕部分に当たる。



『ハッハッハ、このまま都庁へ一直線だ!』

「おい、新木場まで連れてけよ!」

「今日は商談が控えてるのにぃぃいい!」

「どこでも良いから降ろしてくれ、さっきから腹の調子が……」

『しばらく大人しくしてるんだな! 防御モードオン!』



ガシャン、ガシャガシャン!


窓が鉄の板らしきもので覆われていく。

こうして乗客一同は外の様子すら知ることが出来なくなった。



ーー東京都庁舎。

知事の執務室に急報がもたらされた。



「大変です! 街に巨大ロボットが現れました! こちらとの対話を求めています!」

「なんだと、すぐに管制室に向かうぞ!」

「ハッ!」



管制室の巨大なモニターには、たしかに一体のロボットが映し出されていた。

周りの高層ビルに劣らぬほどの、巨大な二足歩行のロボットが。



『都庁にいる諸君。聞こえるか。こちらサイキョー・トレイナーαの乗組員だ』

「その乗組員が我々に何の用がある!」

『全国の鉄道職員の待遇改善を要求する! 週休7日、年収1億円を約束しろ!』

「なっ?! 子供か貴様は! そんな話が通るわけ無いだろう!」

「交渉決裂だな。では……お前らを都庁ごと吹き飛ばしてやるぅぅううー!」

「やってみろ若造がぁぁああ!」



知事は職員に発砲命令を下した。

都庁の屋上には一門の主砲と十門の副砲が備え付けられている。

中でも威圧感を放つ主砲は、科学と魔力と血税が結集された一撃必殺の武器であった。



「エネルギー充填率90……95……100!」

「撃てぃ!」

「シンジュクラスターレーザー、発射!!」


都庁に備え付けられた巨大な主砲から、莫大な熱量を持ったレーザーが放たれた。

瞬く間に巨大ロボットがその光に飲み込まれていく。

ちなみにこの砲撃は一発60億円かかり、敵だけでなく財政をも直撃する。



「やったぜ、直撃だ!」

「これに懲りたら2度とレールから外れるんじゃねぇ!」



早くも室内は勝利ムードに染まった。

だが、それも長くは続かない。



『クックック。都庁も老いたものよ。こんな使い古しの攻撃、とうに対策済みよ!』

「き……効いてないだとぉぉおお!」

『あらゆる環境下で乗客を運ぶのが仕事だ。レーザーごときでオレを倒せるかぁぁああ!』

「化け物め……ッ!」

『今度はこっちの番だ。酔客に殴られ続けた鉄道員の怒りを思いしれェーッ!!』

「高圧エネルギーが敵より射出ッ! 直撃します!!」

「総員、衝撃に備えろぉッ!!」



ドォォオオオオン!!


あくまで建築物でしかない都庁は攻撃を避けることができない。

管制室は大いに揺さぶられる。

室内を照らす白色光も、警告を意味する赤色に転じていた。



「防御シールド破損! 第ニ波に耐えられません!」

「おのれッ! 主砲エネルギーの再装填を急げ!」

「動力部および連結部オーバーヒート、主砲の発射に20%の遅延発生!」

「副砲で時間を稼げ! なんとしても敵を釘付けにしろ!」



必死の抵抗が試される。

だが、副門程度でどうにかなる相手では無かった。



『お前たちの時代は終わった。これからは鉄道の時代だぁぁああーーッ!!』



新宿のオフィス街にそんな声が響き渡った。



ーー車両右腕部。



テツジたちは精根尽き果てていた。

どんな攻撃を放っても、乗客で合体魔法を繰り出しても無駄だった。

たまたまポケットに入っていたプラスチックボムを使ってもダメであった。

ドアは固く閉じ、窓は鉄の板で覆われていた。



「このままじゃ……面接に間に合わない!」



テツジは半ば諦めていた。

第1希望の会社から内定をもらうことを。

そしてもう一人何かを諦めようとしている男がいる。

顔を真っ青に染め、体を痙攣させている。



「ちょっと退いてくれ。もう、漏れる……」



突然の排泄宣言に周りはパニックになった。

こんな密室で用を足されたら一大事だ。



「ふざけんな、我慢しろよッ!」

「こっちはもう限界なんだよぉぉおお! 長いことがんばったんだよぉぉおおーー!」

「やめろ、座り込むな! 立ってろよ!!」



ふとテツジが小さなハッチに気づいた。

非常開閉用のレバーだった。

ダメもとでそれを操作した。



「ドア開きます。線路に降りる際は十分にお気をつけください」



機械音声と共にドアが開いた。

当然車内は歓声があがり、みんな我先にと外へ飛び出していった。



「敵、沈黙しました! 変形が解けて車両に戻りました!」

「よくわからんが……主砲撃てぃ!」

「シンジュクラスターレーザー発射!」



ズドォォオオオン!


こうしてサイキョートレイナーαを中心とした半径20キロは焼け野原となった。

悪のロボット諸とも、あらゆるものが塵と消えた。



電車は我々市民の足だ。

そんな重要なものに対して、ぞんざいに扱う者が後を絶たない。

車掌や駅員への暴行も年々増加の一途を辿っている。

暴力行為は、やめよう!!



ー第二話 完ー

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