第7話 こうして僕は狙われた
東京都あきる野市。
東京の名を冠しているが、異世界化しかねないほど長閑な町である。
そんな剣と魔法が強く根付いたこの場所より、物語は始まる。
「うーん。今日も良い天気だなぁ」
良く澄んだ空気に、豊かな水がもたらす川の流れ。
鼻も耳も幸福感で満たされる。
都会の濁りとは無縁な世界を、紋城(もんしろ)チョージは満喫していた。
叔父の力により難を脱した彼は、この町に隠れ住んでいた。
あの大破壊により平穏を手に入れたのだが、今度は住むべき場所を失ってしまった。
なので、比較的被害の少なかったあきる野へと移り住んだのだ。
「へぇ、都心はもう復興に目処がついたのか。早えなぁ」
部屋のテレビを付けると、番組では復興状況を中継していた。
確かに街は整備され、人も多くて活気があるようだ。
1年足らずでこの成果なのだから、日本人は本当に勤勉なのだと思い知らされる。
そんな風に他人事として眺めていると、テレビが短い不協和音を発した。
どうやら速報が入ったようである。
「えー、臨時ニュースです。先日国会を通過した法案について、政府より公式発表があるようです。これより永田町に繋ぎます」
ここ最近ニュースを見ていなかったチョージにはピンと来ていない。
わざわざ放送内容を切り替えるくらいだから、よほど重要なものであるらしい。
画面に大きく映り込んだのは、時の官房長官の顔。
もちろんチョージはその名を知るはずもない。
「えー。予(かね)てより推し進めて参りました、ゴミ分別法の執行日となりました。違反者には本日より厳しい沙汰がありますので、くれぐれも軽んじることの無いよう、お願い申し上げます」
ーーなんだよ、ゴミの話かよ。
テレビの電源を切ろうとしたとき、彼の指が止まった。
画面はというと、すでにスタジオに戻されている。
「テレビの前の皆さん。ここでおさらいをしましょう。本日よりゴミは3種類に分別されます」
よくあるフリップ形式の説明だ。
だがチョージは、画面を見つめて愕然としてしまう。
自分の目を疑うように、まばたきも忘れて凝視していた。
「その3種類とは『可燃』『不燃』『紋城チョージ』です」
「な……なんでだぁぁああー!」
「テレビの前の皆さん、紋城チョージを見つけたら即ゴミとして捨ててください。なお、生死は問わないとの事です」
「そこは生け捕りとかにしとけよぉぉおおーッ!」
彼には理解できない。
なにせ何の脈絡もなく、政府公認のゴミ扱いにされてしまったのだから。
前回のネットトラブルなんかより遥かにやっかいだと感じられた。
「これ、シャレにならないんじゃあ……?」
徐々に自分の立場について理解が追い付きだす。
それは胃を締め付けるような緊張感とともに。
はっきりと恐怖を認識できた頃に、インターホンが鳴る。
「紋城さーん。お届け物でーす」
心臓の鼓動が聞こえてきそうなほど、鼓動は大きく脈打った。
ここで迂闊に出るのは危険かもしれない。
だが、やってきたのは恐らく郵便局の職員だ。
さすがに無法なことはするまい。
そう考えて、恐る恐るドアを開けた。
そこには制服に身を包み、穏和そうな笑顔をした男が居た。
「紋城さん、お届け物ですよー」
「はぁ。一体なんですか?」
「それは……地獄への特急券だよ!」
「うわぁッ!?」
配達員の男は、流れるような動きでクックリを抜き放った。
急所を的確に貫こうとする攻撃を、チョージは転がりながら避ける。
手元には愛用の銃どころかナイフ一本もない。
絶体絶命である。
「なにか、なにか武器は?!」
転がり続けながらポケットをまさぐる。
胸ポケットはレシートの束。
脇ポケットには冷めた手羽先。
ここまで見事に空振りだ。
時間を空費している間に、部屋の端に追い詰められてしまう。
そして尻ポケットにグレネードらしきものが入っていることにようやく気づく。
再び命を救ってくれたネット通販に、彼は小さく感謝した。
そして口でピンを引き抜き、真っ直ぐ敵に投げつけた。
「食らえやオラァッ!」
「グォォオオーッ!?」
それはフラッシュグレネード(閃光弾)である。
薄暗い室内を暴力的な光が占拠する。
それから視界を奪われた配達員の男は、チョージの回し蹴りによって意識まで奪われる事となる。
「叔父さん……。叔父さんに助けて貰わなくちゃ」
チョージは一息ついてから、叔父の姿を思い浮かべた。
前回の難事を見事解決したその人を。
だが、今回は少しばかり距離が離れていた。
叔父は相変わらず、川崎市の生田緑地を徘徊しているのだから。
「電車で行くしかないよなぁ。でも、きっと目立っちゃうよな……」
比較的情報の浸透が遅いエリアでもこのザマだ。
より都心に向かえば危険は増すばかりだろう。
安全な手段について思案してあると、ふと制服姿の配達員が目についた。
「変装っていう案は、どうだろ?」
チョージは身なりを整えてからあきる野を発った。
結論から言うと、変装は即バレた。
その為何度も着替えることを余儀なくされ、最終的にはメガネにマスク姿という形に落ち着いたのである。
周りの人々に擬態できたチョージは、電車で叔父のもとへと向かうのだった。
「つぎはー、登戸。登戸です」
電車に乗ってからは思いの外順調だった。
おかげで移動しながら、現況の確認をする事ができた。
チョージは昨年の『大破壊事件』の張本人として扱われており、ネット掲示板は専用スレッドが乱立していた。
それらはいずれも悪意に満ちており、やれ税金が跳ね上げた事件の犯人だの、破壊の権化だの書き込まれていた。
「クソッ また根も葉もないデマが!」
かつての経験をフラッシュバックさせつつ、掲示板を斜め読みした。
2年連続で晒し者になった人間も珍しいだろう。
「最新情報……あれこれ変装しつつ逃走中、か。そこまで知られてんのかよ」
どこで知り得たのか、まるで見ていたかのような情報が書き連ねられていた。
「郵便配達員の格好をしたかと思いきや、ジョギング姿で軽やかに走り出し、良い汗をひとしきりかいたらテニスウェアの出で立ちで素振りをした後に、おもむろにメガネ・マスクを装着し電車で移動中。マジで傍で見てたんじゃないか?」
あまりの正確さに驚かされる。
ここまで事細かに情報が出回ってしまっては……。
「見つけたぞ! あのマスクの男だ!」
「やっぱりこうなるか!」
電車は運良く駅に停車した所だった。
車両から飛び出して、間一髪追っ手を避ける事ができた。
ここまで来てしまえば生田緑地もそう遠くはない。
残りの道のりは駆け足で行くことにした。
「やっぱり、坂の上までは追ってこないんだな」
チョージは緑地へと続く坂を登っていた。
いつぞやのように、追っ手は平地の辺りを固めている。
問題が解決しないうちは下ることは出来そうにない。
だがそれもすぐに片がつく。
きっと叔父さんなら簡単に解決してくれる。
そう思っていたのだが……。
「叔父さん! どこに居るの?!」
チョージの声に対して返事はない。
大抵はトイレ近くのベンチに居るのだが、今はどこにも姿が見当たらない。
ようやくここまで来たのだが、肝心の人物は不在であった。
「……書き置き?」
いつもの場所に、小さな紙切れが小石の下におかれていた。
そしてその隣には、オモチャのボタンのようなものも添えられている。
「チョージへ。少し留守にする。頼りに来たのであれば、この手紙をよく読むように」
「叔父さん……」
字こそ下手ではあるが、それは思いやりに満ちていた。
少なくとも窮地に陥っているチョージにとっては有り難い書き置きだった。
「もし緊急の事であれば、そこにあるボタンを押すように。押したならば地球は砕け散り、悪漢どもを駆逐できるだろう。だが押したら最後、元通りにはならん。よく熟考してから……」
「ポチッとな」
ーーズゴゴゴゴッ!
かつて経験したことの無い地響き。
体が浮遊してしまうほどの圧倒的な振動。
そんな異常事態に見舞われながらも、チョージは確信した。
自分は助かったのだ、と。
この日、地球は2つに分かれた。
川崎と、それ以外に。
その後チョージたちがどうなったかについて、知る術はない。
大量生産の時代に突入してより久しく、地球は物で溢れ返った。
その結果もたらしたのは利便、利益、そして扱いきれないほどのゴミの山。
海は埋め立てられ、その量たるや想像を絶する程だ。
地球を切り離して処理をするような時代が来ぬよう、未来を見据えた生産コントロールを考えるべきである。
ー第7話 完ー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます