第3話 川口編
ここは埼玉県川口市。
まれに東京都だと、うそぶく者も居るらしいが、そのような事実はない。
ここは言わずと知れた、剣と魔法の世界に偏重した街である。
物語はここから幕を開ける。
川口駅から徒歩10分の場所にあるワンルームのアパート。
その一室に小盛(こもり)ヤヨイは住んでいた。
通っている大学も今は夏休みであり、三ヶ月にも及ぶ空白期間をもて余している。
そんな中、あれこれ悩んだ末に手にしたのは求人情報紙だった。
倉庫内作業、フロアレディ、居酒屋のページを読み飛ばし、目ぼしいアルバイトを探す。
「時給900円の臨時職員か。これがいいかなー」
彼女の目に留まったのは保育園の求人だった。
保育士の補助と雑用が仕事内容となっている。
キツい仕事は苦手だが、子供たちに囲まれての作業は楽しそうに感じられた。
ーー翌朝。
あれから電話をしたところ、すぐに面接を受けることになった。
会場は職場でもある保育園だ。
「ここかぁ。随分とキレイだなぁ」
ヤヨイは可愛らしい門を開け、園内へと足を踏み入れた。
まだ開園して日が浅いようで、建物も遊具も真新しい。
「あなたはひょっとして、面接の方かしら?」
40台とおぼしき女性が声をかけてきた。
ここの園長先生である。
ヤヨイもホームページで顔を確認していたので、それはすぐに認識できた。
「子盛ヤヨイです。本日はよろしくおねがいします!」
「そんなに畏まらなくてもいいわよ。さぁこちらへどうぞ」
見た目通りの穏和な態度に、ヤヨイは安堵の息を漏らした。
それから会議室らしき部屋に通され、互いに向かい合うようにして席についた。
「経歴は……大丈夫ね。勤務期間も問題無し、と」
園長が満足そうに履歴書を眺めている。
面接の手応えとしては上々だろう。
「では子盛さん。簡単なテストをさせてもらえるかしら?」
「テスト……ですか?」
「そんな難しく考えないで。仕事のシミュレートみたいなものだから」
「そうですか。こちらはいつでも大丈夫です」
「では私は子供役をやるので、先生として接してみてください」
「わかりました!」
そう言って園長は部屋を出た。
まるで仕切り直しを暗示するかのようだ。
そして再び園長は部屋に戻ってきた。
先程までの大人の笑みではなく、幼い笑顔を浮かべながら。
「せんせー、おはよー!」
「はぃ、おはよう! 今日も元気だねー」
「げんきー! だからせんせー?」
「うんうん、何かなぁ?」
「死ねやオラァァアアーー!」
「あっぶなッ!」
炎をまとった拳がヤヨイの頬を掠めた。
直撃したなら怪我では済まないであろう攻撃だった。
「ちょっと何をするんですか?! 危ないでしょうがッ!」
「フフ、子供というのは想定外の行動に出る。あらゆる状況に対処できてこそ、初めて仕事を任せられると言うもの」
「いくら何でも殺しにかかってくるなんてあり得ない……」
「問答無用! ここで無様に死体をさらしやがれぇぇええー!」
「調子に乗んな死に損ないがぁぁああーッ
」
互いの拳が交差する。
命を奪うに足りる熱量を秘めた攻撃だ。
その拳がぶつかり、燃え上がり、盛大に爆ぜる。
部屋の中を駆け巡る炎は、あらゆるものを燃やし尽くした。
発信源である2人も例に漏れず焼かれ、余すところ無く骨となってしまった。
「フフフ、それだけ出来れば合格よ!」
「合格って。こんなザマでどうしろってんですか!」
「久々に骨のある子に出会えたわ。これは期待できるわね」
「骨のあるっていうか、もう骨しかないんですけど」
「お喋りはここまでよ。もうすぐ子供たちが来るから準備して!」
「ええ?! このままで、ですか?」
ヤヨイは抵抗虚しく、右の尺骨を掴まれて連れ去られた。
こうしてアルバイトの初日がスタートするのである。
朝の保育園には多くの親子が押し寄せてきた。
それらを2体の骸骨がにこやかに迎える。
「エンチョーせんせぇ、おはよー!」
「はいおはよう!」
「せんせーやせたー?」
「あら嬉しい。ありがとうねー」
子供というのは他所の子でも可愛いものである。
特に幼児となると母性を直撃するようである。
まだ未熟であるヤヨイもその点は同じであった。
その天使たちを眺め、胸骨を大いに震わせたのだった。
アルバイト初日と言うこともあって、ヤヨイは常に園長に付きっきりであった。
見習いどころか、右も左もわからない状況である。
仕事そのものよりも、子供たちの方に目がいってしまう。
本来瞳があるべき部分は空洞であるのだが。
賑やかな時間はあっという間に過ぎていき、時計は午後の2時を指している。
今は昼寝の時間なので、子供たちはグッスリ眠りに就いていた。
「最初は戸惑いましたけど、やっぱりかぁあいですねー!」
ため息がフッと脇から漏れた。
早くも彼女はこの職場が気に入ったようだ。
「そうね。ここまでは楽しい気分でいられるわ。でももうすぐ、あの時間が来る……!」
「あの時間って、何の事です?」
「デーモンアワー、よ」
「でぇもん、あわぁ?」
直訳して悪魔の時間。
園長の言葉の意図が読めず、ヤヨイは首を捻るばかりであった。
そして時間は午後4時。
保護者たちが迎えにやって来た。
父母のもとへ天使たちが巣立っていく。
ほんのりとした寂しさがヤヨイの胸を打つ。
「ここまで何事もなくやれましたねー。デーモンなんて言うから心配しちゃいましたよー」
「油断しないで! ヤツが来るわよ!」
「ヤツって、誰の事を……」
「ギャォォオオオンッ!」
突然咆哮が響き渡った。
骨にまで響く轟音に目眩を覚えるほどである。
門の近くには四足歩行の巨大な獣が現れた。
それはまるで、伝説の武具でも守護していそうな怪物であった。
「来たわね、モンスターペアレンツ!」
「ええ?! モンスターってそういう意味?」
「良いこと? 絶対に機嫌を損ねないで! あと目も合わせちゃダメだからね!」
「それって本格的に獣じゃないですか!」
1人の少年が巨獣に駆け寄った。
その雰囲気からして、親子のようである。
どうやって人間の子を産んだのかは、傍目からは想像すら出来ない。
「ママー!」
「息子ヨ。変ワリハ、無イカ」
「たのしかったー!」
「ソウカ、ナラ、良イ」
バケモノが踵(きびす)を返そうとしたその時だ。
怒りを含んだ絶叫が辺りを震わせた。
「裾二、泥ガ、付イテルゾ! 虐待! 虐待ィィイイーー!」
突如、巨獣の回りに竜巻が生じた。
それは意思を持ったかのように、的確な破壊をもたらした。
そして瞬く間に、周囲を荒れ地へと変貌させてしまった。
「謝レ、償エ、貴様ラノ死ヲ以ッテェェエエ!」
「園長先生、このままじゃヤバイですよ!」
「仕方ないわね。こればかりは使いたくなかったけど」
園長はポケットから板状のものを取り出した。
その動きに反応するかのように、園長の手のひらがボンヤリと光る。
「昨今は重宝がられている、この限られた学舎(まなびや)を荒らしたこと。後悔するがいい!」
ーーファンファンファン。
園長の通報により、パトカーがやってきた。
巨獣は抵抗こそしたものの、それも叶わずパトカーへと押し込められた。
通報して数分でこの状況、日本の警察は凄いと思う。
「これで良かったのでしょうか……」
「気持ちはわかるけど、これも必要な選択なの。みんなが気持ちよく暮らしていくにはね」
「あの人も、ちょっと愛情が行きすぎただけ。そんな気もするのです」
「でも、制御できない愛は危険なだけよ。しばらくは頭を冷やす必要があるわ」
草花も水を与えすぎれば根が腐る。
子供に期待をかけすぎると心が折れる。
過剰であれば良いものなど、この世には無い。
適切な時に適度な対応をすることこそ、大人には求められるのだ。
その姿を子供たちは、つぶさに見ているものである。
ー第三話 完ー
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