第5話  渋谷編

東京都渋谷区。

若者文化の発信地として知られているが、剣と魔法の世界であることでも有名だ。

そして、今回の標的はこの地である。



渋谷駅から徒歩15分のワンルームタイプのアパート。

その一室に星井(ほしい)ミチは住んでいた。

彼女は延々PCと向き合っているが、今は虫の居所が悪いようだ。

タイピングの音はどこかヒステリックであり、マウスホイールを回す音も忙しない。

エンターキィの悲鳴が聞こえてきそうなほど、操作は乱雑だった。



「どいつもこいつも……若い女ばっか求めよって」



『いい歳』となったミチはパートナーを探していた。

若かりし頃は『結婚なんていつでも出来る』と考えていたのだが、少し見通しが甘かったようだ。

周りはいつの間にか結婚していき、気がつくと独身は自分だけになってしまった。

焦った末にネット上で婚カツをしているのだが、思うように捗らない。



「この男は20代希望、こいつは30歳まで、こいつは20代前半限定。……ハァ」



ミチの深いため息が吐き出される。

何百ものアカウントを確認したが、大抵の男は20代を希望し、それより上はせいぜい32・3止まり。

序盤の壁とも言える年齢がボトルネックとなっていた。


「まだ諦める訳にはいかない。結婚相談所に行けばあるいは!」



収入に不安のあるミチにとって、まとまったお金が必要となる相談所は敷居が高い。

それでも背に腹は変えられず、お店に予約を入れたのだった。



そしてやってきたのは、古びた雑居ビルの三階の一室。

できれば大手に行きたかったが、彼女にはそこまでの金がない。

それでも担当者の温和そうな顔を見ていたら、そんな気持ちも和らいでいった。

見た目通りの柔らかい口調で『手始めに登録を済ませましょう』と、担当の男は言う。



「ええと、星井ミチさんですね。まずは生年月日をよろしいですか?」

「ええと、1872年の……」

「ちょっと待ってください!」

「えっと、何か?」

「それ冗談じゃなくて本気ですか? 今何歳なんですか」

「145歳だけど」

「1.5世紀生きてる?!」



驚愕の余り声を荒げた。

彼は『ずいぶんなお婆ちゃんが来たなぁ』と思いはしたものの、さすがに100歳を優に超えるとまでは考えていなかった。

ちなみに1872年は明治2年。



「ええと、失礼。次に写真撮影しましょうか。ご持参された写真が無いようですので、ここで撮ってしまいましょう」

「写真?」

「プロフィール用の顔写真です。男性会員が一番見ている重要な部分ですよ」

「ふむ。じゃあこれこれくらいがいいかな?」

「えっ?!」



男は驚愕の余りデジカメを落としそうになった。

なぜなら目の前に突然20歳くらいの女性が現れたからだ。

まだ少女の面影すら残る、若々しい姿だった。



「あなた誰ですか!?」

「誰って、ミチだけど」

「さっきまでシワッシワのお婆ちゃんがだったでしょうが!」

「地味に失礼な事を……。あのね、亀の甲より年の功って言うでしょ?」

「まぁ、言いますけど」

「つまりはそういうこと……」

「いや、わかんないですよ!」



気を取り直してバストアップの写真が撮影された。

星井ミチ145歳、見た目年齢20歳のプロフィールが滞りなく登録される。

流石に実年齢そのままで載せるわけにもいかず、公表年齢45歳と多少の小細工をして。

それから身長や趣味など、細かな情報が追加されていく。



「では、あなたの理想の男性像を登録しましょう。マッチングさせる為にも多少緩めに設定した方が……」

「年収2000万、他不問。以上!」

「思いきりが良すぎますよ!」

「収入以外はどうでも良い。人格破綻者でも病的なロリコンでも何でも」

「そもそもそんな雲上人、ほとんど登録されてませんよ……」



一通り登録が済むと、今度は現会員の男性のリストが机に置かれた。

気になる人が居たら、間を取り持ってくれるのである。



「この方なんか比較的歳も近いし、穏和そうですよ」

「いやいや、あり得ないでしょ。85歳ってお爺ちゃんじゃん」

「あなたはそのお爺ちゃんより60歳年上ですからね?!」



紹介は難航を極めた。



「この方は年収2200万ですよ」

「あ、無理。鼻が弟に似てる」

「あなた冷やかしじゃないですよね?」



注文の多さゆえに紹介すら出来ない。

それでも膨大な登録者の中から、運命の1人が見いだされた。



「年収2800万、36歳、どうですか?!」

「うーん、鼻がなぁ。親戚の叔父さんに似てるんだよなぁ」

「その拘りを一回忘れませんか?」

「ううーん。もうここらで妥協するか」

「そうですか、そうした方が良いと思いますよ!」



担当の男も半分投げやりになっていた。

不問とか言う割に、結局アレコレ注文がついたからだ。

ようやく進展が見られ、いくらか場の空気が緩んだ。

……それも束の間。



「男性の名前は『幼女 大好き丸』さん。相手のご要望はというと……あー」

「どったの?」

「実年齢は問わないが、見た目年齢8歳厳守だそうです。これは流石にハードルが……」

「8歳ね、あいよ」

「あなたは何でもアリですか?」



老婆からうら若き女性に変化しただけでも驚きなのに、今度はあどけない顔の少女になってしまった。

やたら目が濁っているのが気になるが、ランドセルが似合いそうではある。

相手側の条件を満たしていると言えた。



「では、マッチング登録をしますよ?」

「いいよ。よろしくー」

「……もう返事返ってきた。はぇぇな」

「即答だね。なんて言ってんの?」

「是非ともお会いしたいそうですよ。場所は……」



それからミチと幼女大好き丸は出会い、無事結ばれた。

年収以外気にしない老婆と、見た目以外気にしない手遅れのロリコン。

一見条件が合致しているようであったが、2人の暮らしは長続きはしなかった。



「ふざけんじゃねぇ、クソババァ!」



ミチの住むアパートに怒号が響き渡る。

ここ最近は珍しくなくなった、日常の光景であった。



「幼女のままで居ろって言ったろ! ババァに戻るんじゃねぇ!」

「うるっせぇ! あの姿は疲れんだから、たまには本体に戻らせろ!」

「それになんだ、実年齢145歳って! 100もサバ読む奴がいるかッ!」

「見た目以外不問だったヤツがガタガタ言うんじゃねぇよ!」

「その見た目がババァに戻るんだから言ってんだろうがぁ!」



幼女大好き丸は不満であった。

一日のうちの数時間は老婆に戻るミチに対して。

最初その姿を見たときは『みっちゃんのお祖母さんですか?』などと聞いてしまったが、本人だと知って腰を抜かしたものだった。



「つうかよ、テメェはどうなんだよ? 手遅れのロリコン野郎」

「オレはロリコンじゃない、8歳の美少女がたまらなく好きなだけだ!」

「年収28万ってどういうだッ! 聞いてた話の100分の1じゃねぇかーっ!」

「うるせぇ、金の亡者め! 100年かけて働きゃ2800万になるだろうがぁッ!」

「それじゃあ意味ねぇんだよぉぉ!」



ミチは不満であった。

びっくりするくらい働かない男に対して。

週に1度アルバイトに出る程度なのだ。

2人の収入は年金頼りなので、暮らしぶりは前より悪くなっている。



「週5で働けクソロリコンがぁぁああーッ!」

「ロリコンって言うなアバズレがぁぁああーッ!」



2人の最終破壊魔法が唱えられた。

不満が溜まりきってる分、互いの攻撃に容赦は無い。

あらゆるものを焼き払う炎魔法と、例外無く凍てつかせる氷魔法。

古いアパートの一室で激しくぶつかりあった。



「街ごと燃えちまえぇぇええーー!」

「渋谷ごと氷付けにしてやらぁぁああーー!」



炎と氷。

男と女

ロリコンと老婆。



相反する2つの属性が強く反発し合う。

その力が極限まで高まったその時……。

訪れたのは0の世界。

それは質量のあるもの一切合切飲み込み、世界から消失させた。



こうして渋谷区は、この世から消滅したのである。



婚カツブームという言葉が聞かれて久しい。

当時は数々の条件やキーワードが飛び交い、たびたび物議を醸したものである。

年収や肩書き、容姿や年齢、拘りたい項目は人それぞれだろう。

だが、人間とは多面的な生き物である。

テキスト化された情報だけでは計りきれない存在なのだ。


結婚はゴールではなく、次の暮らしのスタートラインである。

細やかな条件を追いかけるよりも、信頼を築き合える相手を探しだす方が建設的だと言えよう。



ー第5話 完ー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る