第4話  川崎編

神奈川県川崎市。

横浜に押されがちではあるが、ここも立派な剣と魔法の世界だ。

そして、この話の舞台でもある。



年季の入ったワンルームタイプのアパートに紋城(もんしろ)チョージは住んでいた。

今日は日曜日ということもあって、会社は丸一日休みだ。

そのためか、彼は朝からネット通販に夢中になっている。


今日も一件の品物が配達される予定である。

それにもかかわらず、カートには無造作に商品が加えられていく。

機嫌は随分と良いらしく、鼻唄混じりに。

相当なほどのハマり様であった。


「お届け物でーす」

「はーい。すぐ出まーす」


呼び声に答えて玄関を開けた。

やってきたのは小包を抱えた配達員。

お目当てのものが手に入るとあって、チョージは有頂天になる。


「紋城チョージ様で、お間違い無いですね?」

「はい、そうですよー」

「では……」



段ボールが配達員から手渡された。

……そして、次の瞬間!


「死ねェェエエーー!」

「うわっ! あぶな!」


配達員がブロードソードをチョージ目掛けて降り下ろした。

咄嗟に段ボールを盾にして受け止めた。

中身が『季節の自動小銃セット(サービス弾付)』で無ければ即死だったろう。



剣によって包装が解かれ、弾みで宙を舞う銃身、弾層、そして9ミリ弾。

チョージはそれらを全て掴みとり、銃に弾を込めて迎撃の体勢を整えた。



「この通り魔野郎が! 身体中に風穴開けてやるぜぇぇええーッ!」



ーードガガガガッ!


辺りを必殺とも言える鉛玉が駆け抜ける。

その威力は申し分が無く、瞬く間に玄関口を穴だらけにしてしまった。



ーーカチン、カチン。



弾丸を撃ち尽くした頃、付近に静寂が訪れた。

突然襲ってきた暴漢の姿も今は無い。



「全く。何だってんだ……」



すっかり熱くなった小銃を部屋に放り、冷蔵庫を開けた。

良く冷えた麦茶を、喉を鳴らして一気に飲み干す。

その普段通りの行動がチョージに冷静さを取り戻させた。



「なんか腹が減ったな。多摩川でも行くか」



間もなく正午になろうとしていた。

空腹を覚えるのも無理はない。

土手に生えている草を採りに出掛けたのだった。


「アンケートにご協力くださーい!」


道を歩いていると、何かのPR活動をしている集団がいた。

興味の無いチョージは脇をすり抜けようとするが……。



「アンケートにお答えいただくと、その場で食パンを差し上げまーす」

「すいません、アンケートってどれですか?」

「ありがとうございまーす。この紙の空欄を埋めてくださいねー」



食い物が貰えるとなると話は別だった。

キレイな90度ターンを決めて、小集団の中に紛れ込んだ。

そして最低限の情報だけ記述し、係りのものに手渡した。



「すいません、これでいいですか?」

「はいどうも! ええと、紋城……チョージ……さん」

「書いたんでパンをください」

「わかりました、ではお楽しみください。貴様の最後の晩餐をなぁぁああー!」

「な、なんだとぉぉおおーッ!」



受付スタッフの両手に高密度の炎が集約され始める。

この至近距離で食らえば命は無いだろう。

チョージは自動小銃を部屋に忘れてきたことを後悔した。


慌ててポケットをまさぐる。

中にはシャープペン、のど飴、マドレーヌ。

役に立ちそうなものは果たして……。



「ッ! これでも喰らえッ!!」

「な、それはッ?! グワァァアアー!!」



偶然ポケットに入っていた手榴弾を投げつけた。

それは炎魔法を唱えようとしたスタッフに炸裂。

危なげなく撃退に成功する。


こんな幸運に恵まれるのもネット通販のおかげだろう。

胸の中で小さく感謝し、その場を後にした。


急場を凌いだチョージは、安全確保のために路地裏に身を潜めた。



「まったく。今日は何なんだよ!」



独り言を呟きながらスマホでネットに接続した。

追加で手榴弾を手配するためだ。

そこでふと、ネット掲示板のあちこちが祭り状態であることに気づく。



「……ちょっと待て、なんでオレの名前が載ってんだ?!」



そこには自分の名前と共に、身に覚えの無い犯罪が数えきれないほどに書き込まれていた。


ーーデパートの試食品を食いつくしたのはコイツだ。

ーー公衆トイレの水洗レバーを足で操作した外道。

ーー可燃ゴミの日に空き缶を捨てやがった。

ーーこんな凶悪犯を許すな!

ーー地の果てまで追い詰めろ! 見つけ次第消してしまえ!



事態を理解できずに戸惑うチョージ。

彼はこれまで平凡に、そこそこ真面目に生きてきたつもりだ。

なぜここまでの怒りを買っているのかが理解できない。

ましてや自分とは無関係な出来事の犯人とされてしまっては、輪をかけて混乱してしまう。


その時、一本の電話が鳴った。

それは見覚えの無い番号であり、警戒心を植え付けるのに十分な着信だった。



「はい、紋城だけど」

「クックック。掲示板は見てもらえたかな?」

「だ……誰だお前は?!」



まとわりつくような不快な声が耳元に伝わる。

人を見下すような、嘲るようなニュアンスも込められていた。



「私は、仕掛人だ。ネット上の正義を満たすために存在している、仕掛人だ!」

「正義って……じゃあこの騒ぎももしかして!」

「ご名答。君は凶悪犯として間もなくこの世を去るだろう。『正しき鉄槌』によってね」

「あのさぁ。よく聞け、オレは無関係なんだ! 今すぐやめさせろッ!」



それに対して、相手からは肯定も否定も返って来ない。

ただくぐもった笑い声をあげるだけだ。



「そんなことは初めからわかっている。君が事件とは何ら関係のない事は」

「だったら……どうしてこんな事を!?」

「我々は求めているのだよ、断罪すべき相手をね。それが真犯人でなくとも関係ない。我々の自尊心を満たせれば、後はどうでも良いのだ」

「何だよそれ! ただの憂さ晴らしじゃねぇか!」

「何とでも言いたまえ。我々は揺るぐことはない……決してな」

「おいテメェ! ふざけんな!」

「では良き余生を」



ーーブツッ。



貴重な情報源が断たれてしまう。

リダイヤルしても繋がることはない。

着信拒否の状態であった。



「見つけた! ここに隠れてるぞ!」



大通りから路地裏に目掛けて人々が押し寄せてきた。

表情には憎しみしか見当たらない。

話し合いの段階はとうに過ぎていた。



「クソッ こうなったらあそこへ逃げるしかない!」



路地裏を縫うようにして追っ手を撒いたチョージは、生田緑地へと向かった。

付近はやたら坂道のために、チョージを追いかける者たちは1人も居ない。

彼らはみんな平地に陣取っている。

坂道を降りてくるのを待っているのだろう。



「おじさん……おじさんに頼ろう!」



こうなっては自分の力だけでは乗りきれそうにない。

生田緑地をメインに、付近の公園を渡り歩いている叔父を頼ることに決めた。



「よく来たチョージ。久しいな」

「良かった、ここに居てくれたんだ! おじさん、助けてくれよ!」

「ふむ。その切羽詰まった様子。緊急事態……か」



胸まで伸びた髭を撫で付けながら、チョージの叔父は呟いた。

ただ事ではないことは共有できたようである。



「ワシは力の加減が苦手でな。付近一帯が影響を受けるが、構わんか?」

「うん。いいよ」

「では任せておけ」



こうして関東全域が一瞬のうちに消し飛んだ。

叔父は見事に甥を守りきったのである。



「罪を憎む気持ちは大切である。その気持ちがあってこそ法も守られる」

「でも、一般人が人を勝手に裁くのは良いことじゃないよね」

「そうだ。捜査や裁判のプロフィッショナルでさえ、判断ミスに神経を尖らせているのだ。素人が真似をすれば危険なのだ」

「正義の心は人にぶつけるものじゃない。自分の心の奥に閉まっておくものなんだね」



ネットの情報は膨大であり、必要なものが手軽に引き出せるライブラリである。

だが、時おり誤報やデマが含まれていて、全てを信じるのは危険だ。

その誤った情報によって、善良な人々が傷つけられることもしばしば起きている。


そのような悲劇を起こさないよう、冷静な判断を心がけよう。


ー第4話 完ー

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