第2話 くず鉄冒険者

「よし、それじゃあさっそく出発だ!」


 声を上げるレオンに、ルファ、メアリス、そしてリョウマが続く。

 ダンジョンに巣くうスライム退治。

 けして強い魔物ではないが亜種も多く、無策で挑むには些か不安な相手とリョウマには思えた。


「しかし、打ち合わせとかはしなくていいのか? 俺はあんたらの戦い方に合わせられないぞ」

「なーに、そこまで神経質になる事じゃないさ。相手はただのスライムだ。適当にやってればそのうち合ってくる」

「そうそう、あんたは前に出て時間を稼いでくれればいいから。私たちが後ろからどかんと倒してあげる。安心なさいな」

「初めての冒険ですからね、不安なのでしょう。せいぜい邪魔をしないでくださいね」


 だがレオンらはリョウマの意見を気にする様子なく、鼻で笑い飛ばした。

 途端に押し寄せてくる不安。

 幾度か足を踏み入れたことはあるが、魔物の巣というのは危険な場所だ。

 暗闇、罠、待ち伏せ、挟み撃ち……スライムやゴブリンなどの低級な魔物でも、苦戦を強いられることが多い場所である。

 そこへまともな打ち合わせもせずに入るなど……不安になるなという方が無理というものだ。


「なぁに、俺たちに任せてくれれば大丈夫さっ!」


 レオンの悩み一つなさそうな顔に、リョウマはさらに不安を募らせるのだった。

 ……そしてその不安はすぐに現実のものとなる。

 街道で三匹のゴブリンに遭遇したのだ。


「俺とリョウマで相手をするから、ルファとメアリスは後ろから攻撃してくれ!」

「わかったわ!」

「了解です」

「リョウマ、一匹任せていいか? 俺は二体を相手する」

「承知」


 レオンにゴブリン二体を任せ、リョウマは残った一体と対峙する。

 ゴブリンなら旅の道中に何度も戦ってきた相手だ。

 数体ならそう苦戦はせずに倒せる……が、彼らの実力も見ておきたい。

 ここはあえて時間をかけて戦い、その最中彼らの戦いの様子を観察してみるか。リョウマは腰の刀を抜くと、刃を逆さに向けた。

 逆刃にて、加減して打ち合おうという算段である。


「ギッシャァァァァァァ!!」

「っと」


 ゴブリンのこん棒での一撃を、リョウマは易々と躱す。

 大きく避けるまでもない稚拙な攻撃、ゴブリンというのは数で襲いかかってくれば脅威だが、少数であればどうということはない。

 適当にゴブリンをいなしつつ、レオンの方へと視線を向ける――――


「ッ!?」


 その瞬間、リョウマの眼前を炎が掠めた。

 着弾地点はゴブリンの足元。

 慌てて飛びのいたゴブリンが、ギャーギャーと喚いている。


「ちっ! しっかり押さえてなさいよこのマヌケ!」

「な……ッ!?」


 好き勝手なことを言うルファに思わず絶句するリョウマ。

 ――――こっちは今、てめぇが撃った火の球に当たるところだったんだぞ。

 しかも炎はゴブリンに当たってすらいない。


「っとと、おいリョウマ。気を付けてくれよ!」


 文句を言おうとしたリョウマにぶつかってきたのは、レオンだ。

 戦闘中、ゴブリンに釣られたのだろう。

 というかてめぇが気を付けてくれ頼むから、とリョウマは思った。

 前衛は出来るだけ動かないのが鉄則。他の前衛とぶつかるなど愚の骨頂である。


「――――流石ですわ、レオン」


 だが釣られてきたゴブリンの頭に、メアリスの放った矢が命中する。


「ふふん、それだけじゃないわよ!」


 続いてルファの放った炎も。

 降り注ぐ炎と矢の雨あられを浴び、ゴブリン三体は消滅してしまった。

 ここに来てやっとリョウマは彼らがやりたいことを理解した。


(なるほど、そういう戦い方か)


 前衛が敵をあえて固定せず相手することで距離が開き、未熟な後衛でも攻撃を当てやすくする戦い方だ。

 通称釣り受け。

 ただ、あまりメジャーではないやり方で、慣れたもの同士でなければ後衛に敵が流れ滅茶苦茶になってしまう諸刃の剣である。

 始めてのパーティメンバーであるリョウマに、しかも打ち合わせもせずにいきなりやるなど、愚の骨頂。

 何が適当にやればなんとかなる、だ。

 適当言うのもいい加減にしろとリョウマは思った。

 呆れるリョウマを気にもせず、レオンらは勝利に酔いしれていた。


「ふう、お疲れ。みんな」

「どっかの誰かさんのせいで、苦戦したけどねー」

「こらルファ、そんなことを言うもんじゃないぞ」

「だってぇ~」

「レオンに抱きつくのはやめなさいルファ! 見苦しいですよ!」


 猫なで声でレオンにしなだれかかるルファに、メアリスが声を荒げる。


「へへ~ん、うらやましいならやればいいでしょ~」

「く……ふしだらな……!」

「お前ら、ケンカするなよな」


 見事なまでに三人の世界が出来上がっている。

 のけものになったリョウマには、もはや何も言う気力がなかった。


「ちょっとリョウマ、今日のゴハン係はアンタだからね。何もやってないんだから」

「……はぁ」


 大きなため息を吐きながら、リョウマは夕食の準備を始める。

 先刻の戦いで自分が役に立ってなかったのは事実だし、新入りの自分が食事を作るのが筋か、とも思ったのもある。

 最大の理由はこれ以上言い争う気力がなかったからであるが。


「ふわぁー私、疲れちゃったから休んでるねー」

「魔法は精神力を削るからな。ルファは休んでいるといい」

「私は弓を手入れを」

「じゃあ僕は見張りをしてようかな」


 好き勝手な事を言いながら、レオンらは休み始めた。

 ……まぁ構わない。料理なんてのは一人の方がやりやすい。

 それにこれ以上グダグダと言われたら、大立ち回りの一つでもかましてしまうところである。

 リョウマが手をかざしアイテムボックスと念じると、食材が何もない空間から生れ出た。


 ――――アイテムボックス。

 これは冒険者になれば得られるスキルで、アイテムを空間内に出し入れ出来るというものだ。

 鉄等級なので容量は大きくないが、それでも便利なものである。


 取り出したのは人参と大根。

 この大陸ではリョウマの田舎ではよく食べられているこれらの野菜がいくらでも自生しているのだ。

 おかげで食材に困った事はない。


「そういえば卵もあったな」


 今朝、偶然見つけた小鳥の巣から卵を拝借していたのである。そちらも別の鍋で茹でておく。

 取り出した小刀でつるつると人参、大根の皮を剥き、茹で上がった卵と共にざく切りにして鍋の中に放り込んでいく。

 いつもなら分厚いのが好みだが、今回はやや薄く切っておく。

 こうしておくと早く味が染みるのだ。

 醤油とみりん、砂糖で味をつけ、コトコト煮る事しばし、いい匂いが辺りに漂い始めた。


「ちょっとあなた! それ、すごく臭いのですけど」


 弓の手入れをしていたメアリスが鼻をつまみ、リョウマを睨みつける。


「一体何を食べさせようと言うのですか?」

「おでんという俺のいた地方の料理だ」

「我々エルフは菜食主義です。肉や魚などのナマグサは食べられませんよ」

「入ってるのはほぼ野菜だ。卵は避けてくれりゃいい。それでも嫌なら無理に食べてくれなくて構わないよ」

「……ふん、言われずともです」


 エルフという種族は大層な偏食と聞いてるが、その通りだなとリョウマは思った。

 騒ぎを聞きつけたのか、レオンとルファも寄ってくる。


「うわっ、メアリスの言う通りだ、なんかくさーい! ちょっと、変なもの食べさせないでよね!」

「リョウマは異国の出身だからなぁ。特有の味付けなんだろう」

「無理に食べろとは言ってねぇよ」


 作れと言ったくせに、なんて言い草だ。

 文句があるなら自分らで作ればいいだろうが。

 声に苛立ちを隠せなくなっていたリョウマの肩をレオンは抱く。


「おいおい、そうカッカするなって。お前らも、もしかしたら美味しいかもしれないだろ? なっリョウマ」


 ぱちんとウインクをしてくるレオンに、リョウマは鳥肌が立った。

 彼としては親愛の証を示したつもりなのだろうが、先刻の物言いとの真逆さにリョウマは気色悪さしか感じなかった。


「んーレオンがそう言うなら……」

「仕方ありません、ね」


 渋々と言った顔のルファとメアリスに、リョウマの苛立ちは募る。

 こいつらは一体何様のつもりだろうか。

 人に食事を作ってもらっておいて、感謝の言葉一つないとは。


 不満なのは当然、それだけではない。

 適当な作戦、あからさまな身内びいき、リョウマに対する風当たりの強さ。

 これがパーティ……やはり多人数での旅は自分には向いていないかもしれないとリョウマは思った。

 そんなリョウマの思いなどつゆ知らず、レオンは爽やかな笑みを浮かべる。


「とりあえず一口、頂いていいかな?」

「……どうぞ」

「では」


 レオンはそう言うと器におでんを注ぐと、ほかほかに茹で上がった大根をフォークで刺し、口元に運ぶ。


「はふはふ……あっつつ……」

「ど、どう?」

「んぐんぐ……これは中々、うん。変わった味だが美味い気がするな」


 偉そうな言い草だが、レオンは気に入ったようで他のものにも手をつけ始めた。

 それを見たルファの口元が緩む。


「へー、食べられるものなのね。じゃあ私も食べよーっと」


 レオンの隣に座り、鍋の中から大量の具を持っていくルファ。

 遠慮というモノを知らないのだろうか。

 二人がばくばくと食べるのを、リョウマはあきれ顔で見ていた。

 先刻までの言い草が嘘のようである。


「あらほんと、まぁまぁ食べれるじゃない」

「だよな。野営でこれだけのものが食べられるなら上出来だ」

「ったく、なんでお前らはそんな偉そうなのかね」


 ぼやきながらもリョウマは少し良い気分だった。

 自分の料理を美味いと言ってくれるのはやはりうれしいものだ。

 それが気に入らない輩であれ、である。

 彼らと共にいて初めて流れる和やかな雰囲気。


「……」


 メアリスはしかし、鍋の中を覗き込むだけで皿によそおうとしない。

 まぁどうでもいいが、とリョウマは気にせずおでんを食べ始める。

 しばらくそのままのメアリスだったが、不意に口を開いた。


「……ところでこれ、なんですか?」

「大根と人参に卵だが」

「ダイコン、ニンジン、とは?」

「そこらに生えてるだろ。その草の根っこだよ」


 リョウマの言葉を聞いたレオンとルファの動きが、ぴたりと止まる。

 一体どうしたのだろうか。きょとんとするリョウマの目の前で、二人の持つ器が手から滑り落ちた。

 大量の具が地面に跳ね、汁が飛び散る。


「おい何を――――」

「なんてものを食わせてくれたんだ!」


 レオンの怒声が辺りに響く。

 何を怒っているのか、リョウマには皆目見当がつかなかった。

 起こっているのはルファも同じである。


「信じられない! 木の根っこなんて食べるものじゃないわよっ! サイテーっ!」

「ふぅ、やはり野蛮人ですね。仕方ない、食事は私が用意しましょう」

「あんたはソレ、食べてなさいよね! ほとんど落ちちゃったけど元々地面に埋まってたものなんだから、別に平気でしょ! 行こ、レオン」


 さっさと去っていくルファとメアリス。

 展開についていけず呆けるリョウマの肩をレオンが叩く。


「……頼むよリョウマ、僕たちも贅沢言ってるわけじゃない。まともなものなら何でも食べるんだけどね」


 レオンらはそう言って、向こうで持ってきた携帯食を食べ始める。

 微かに彼らの話し声が聞こえてきた。


「ぺっぺっ、もー最悪! 草の根っこなんて食べさせられるなんて、常識ってのがないのかしら!」

「仕方ないさ。彼は異国の民だ。あちらは貧しい国が多いと聞く。木の根でも何でも食べねばならないのだろう」

「あちらでは豆や魚を腐らせたものまで食べると聞きますからね」

「ひゃー! 信じられない! 近づかないでおーこうっと」

「戦闘だけでなく料理すら出来ないとは、あなたは銅等級から上がれそうにはなさそうですね」

「そーね、グズな鉄……さしずめクズ鉄ってところかしら」

「ぷっ、おいこら。仲間にそんなこと言うもんじゃないぞ。……ぷぷっ」

「仲間だなどと、レオンもそんな事を思っていないようですが?」

「そんなことは……ぷくっ、ないぞ……ぶははははっ」


 小声はすぐに大きくなり、大笑いとなってリョウマの耳に入ってくる。

 地面に落ちた大根や人参から湯気が出なくなっていく。

 楽しげなレオンらと反対に、リョウマの目は深く、暗く沈んでいった。

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