第7話 面倒がりな冒険者
オーガを倒して数日、リョウマはダンジョンの出口を探していた。
探索は順調、相変わらず魔物たちが料理を欲して並んではくるのだが、片づけや手伝いを率先してやってくれるので時間はかなり短縮されていた。
「む、この感じ……」
わずかな風の流れを頼りに洞窟を進んでいたリョウマだったが、ふと、それに変化を感じた。
出口が近い、そう確信したリョウマは風の強まる方へと駆ける。
道はどんどん明るくなっていき、久方ぶりの日の光が目に入った。
――――外だ。
眩む視界を手で遮りながら、リョウマは新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「はぁー……ちくしょう、春風が目に沁みらぁ」
リョウマは編み笠を被り直し、目を細める。
数日ぶりの外の空気だ。深呼吸をすると草むらに寝転び転がる。
虫や花、土の匂いが全身を包むようだ。
その心地よさに思わず息を吐く。
色々あったが、ダンジョンに来た甲斐はあった。
リョウマは胸のプレートを見て、にんまりと笑みを浮かべる。
リョウマ
レベル12
力55
素早さ75
器用さ69
魔力41
あれから何度か魔物たちへ料理を振る舞い、リョウマの能力値はさらに向上していた。
持ってくる「代金」の量も増えていたこともある。
魔物とはいえ話の分かる奴らもいるものだ。あいつらに会えなくなるのは少し寂しいなとリョウマは感慨に浸る。
とはいえそこまでの情もない、人は人、魔物は魔物、基本的には交わる事のない存在だ。
「さて、とりあえず街へ戻るかな」
十分に草むらの感触を堪能したリョウマは立ち上がり、地図と方位磁石を取り出す。
どうやら街まではニ、三日かかりそうである。
何せダンジョンの中を数日歩き回ったのだ。
「まぁのんびり帰るか……む」
ふいにリョウマの腹の音が鳴る。
そういえばそろそろ昼飯時だったか。
木陰に入るとリョウマは調理にかかる。
流石に洞窟の外までは魔物たちも追ってこれないようで、久しぶりの一人飯だ。
「食材はたんまりあるしな。汁物でも作るか」
魔物たちから受け取った食材はアイテムボックスに保管していた。
煮干しで出汁を取った水に刻んだ玉ねぎと大根を入れ、ぐつぐつと煮込む。
最後に味噌を入れて溶かせば味噌汁の完成だ。
ついでに先日残ったゴハンで作り置きしておいた、おにぎりを2つほど取り出す。
塩を振ったゴハンを丸めてノリで巻いただけのシンプルなものだが、手間の割に破格の美味さだ。
特にある程度時間を置いたものは、味が染みいい味になるのである。
いただきます、と手を合わせリョウマはおもむろにかぶりついた。
「ん、美味い!」
ほんのりとした塩味が
おにぎりと味噌汁、互いが互いを引き立て合う抜群の相性。
交互に口に入れながら、リョウマは存分に舌鼓を打つ。
大きなおにぎりであったが、あっという間に一つ平らげてしまった。
簡単手軽、そしておいしい。忙しい朝食にぴったりの献立である。
もう一つに手を伸ばそうとしたリョウマの手が、すかすかと空を掴んだ。
「む?」
見ればおにぎりが一つ、消えていた。
おかしい、見渡すリョウマの視界に、光る粘液が蠢いているのが映る。
スライム、咄嗟に身構えるリョウマだったが、ふとそれに見覚えがあるのに気づいた。
「お前……もしかしてジュエルスライム、か?」
「ぴーぎー!」
見間違えようのない光沢。鳴き声、動き方……間違いなくジュエルスライムである。
そういえばスライム種は分裂繁殖すると聞いたことがある。
分裂した子供が俺にくっついてきたのか……おにぎりをむしゃむしゃと食べるスライムを見て、リョウマは頭を抱えた。
「さてどうしたもんか……」
小さくても魔物は魔物、ここで倒した方がいいのはリョウマも重々わかっていた。
だがどうにもそういう気分になれない。
ダンジョン内で魔物に料理を振る舞ううち、情が湧いてしまったのである。
なによりジュエルスライムは、毎度真っ先に並び列を作るよう促してくれたのだ。
リョウマが悩むのをよそに、ジュエルスライムは能天気におにぎりを貪る。
「ぴーぎー!」
おにぎりを食べ終わったジュエルスライムは、今度は味噌汁の匂いに釣られるようにして鍋へとまとわりついていく。
自身の体内で、鍋に付いた食べ残しを消化しているようだ。
続いて包丁にも。
切りくずしかついてないのだがいいのだろうかと素朴な疑問を覚えるリョウマ。
「ぴー♪」
しばらくすると満足したのか、ジュエルスライムは気怠そうに身体を伸ばし横たわる。
食べてすぐ横になると牛になる――――と言ったのは祖母だったか母だったか、スライムの場合はどうなのだろうとぼんやり考えていたリョウマがふと鍋を見やると、それは異常なまでにきれいになっていた。
「おおう、なんだこりゃあ?」
思わず手に取った鍋は、まるで新品のように光り輝いている。
確かジュエルスライムの身体には金属を美しく丈夫に保つ成分がある、と聞いたことがある。
上等な研石や金床などにはジュエルスライムの粉末が使われており、その粘液で包まれた金属はさびや汚れを落とし、刃の欠けさえも修復してしまうのだ。
包丁を手に取りじっくりと眺めるが、それも同様に美しく輝いていた。
「包丁も……綺麗になったな」
以前は刃が欠けボロボロだったが、今は肉でも魚でも骨ごと絶てそうである。
そろそろ刃物を研がなくてはと思っていたが、手間が省けた。
これは拾いものかもしれない、とリョウマは思った。
洗い物に刃物研ぎ、共に時間はかかるしリョウマの嫌いな作業である。
それを代わってやってくれるのだ。少々のリスクを背負っても連れて行く価値はある。
「ぴー♪」
「ついてきたい……ってか」
すり寄るジュエルスライムを見て、リョウマは考える。
どうやらこいつは自分に懐いているようだ。
ダンジョン内での様子を見ても、魔物の中には話の分かる奴もいる。
妙なことはしないだろう。きっと。
「わかったよ。ついてこい」
少々願望が入ってはいたが、面倒な作業を一任できるという誘惑に負けたリョウマはジュエルスライムを連れていく事にしたのだった。
編み笠を被り直し歩き出すリョウマに、ぴょこぴょこ跳ねながらジュエルスライムが続く。
「そうだ、名前をつけてやるよ。ジュエルスライムだと長いしな。ジュエ郎で」
「ぴーっ!?」
「おっ、うれしいのか?」
「ぎー! ぴー! ぎー! ぴー!」
「はは、そんなに喜ぶなって。これからよろしくなジュエ郎」
「ぎー……」
ジュエ郎の抗議の声は、リョウマには届かない。
彼にはおよそ名付けセンスというものが欠落していた。加えて鈍感。
そんなリョウマがジュエ郎の訴えに気付くであろうか。いや、ない。
肩を落とすジュエ郎を連れ、リョウマは街を目指すのだった。
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