第6話 続、成長する冒険者
「……今日も大繁盛だな」
やや自嘲気味に呟きながら、リョウマは魔物の行列を見やる。
どこから聞きつけたのか、それとも口伝てで広まっているのか、魔物の数はさらに増え、行列はもはや最後尾が見えぬほどだった。
魔物たちは夕飯時になるとダンジョン内をうろついているリョウマを見つけて群がってくるのだ。
「とはいえ、こりゃ流石に捌き切れないぞ」
リョウマ一人で作れる量などたかが知れている。
魔物たちに振る舞う量は人一人と変わらないとはいえ何せ人数が半端ではない。
勝手に持ってきてくれる材料はともかく、鍋のサイズ的に限界があるのだ。
「まぁ作れるだけ作ってみるかい」
ため息を吐きながらも調理を開始する。
具材を刻んで煮込んで味をつけ、完成だ。
今日も豚汁、具材を煮込んで味付けするだけというお手軽さがたまらない。
最近ずっとこれを作っている気がするが、気のせいだという事にしよう。
ふわりといい匂いが辺りに漂い始める。
「さて、一人ずつだぞー。並んだ並んだー」
魔物たちを並ばせ、順に注ぎ分けていく。
鍋はどんどん減り続け、列半ばでなくなってしまった。
まぁこんなもんだろう。予想通りだ。
リョウマは空になった鍋をお玉でカンカンと叩き、魔物たちに声を上げる。
「ほいじゃあ今日はもう終わりって事で、後ろの奴らは帰ってくれないかー」
リョウマの言葉に魔物たちがざわめく。
何故だ、食べさせろ、そんな声が聞こえるようだ。
「悪いがもうねーんだよ。な、諦めな」
鍋をひっくり返してアピールするリョウマ。
鍋からは一筋の雫すら垂れてない。
これを見ては魔物たちもあきらめるしかなかった。
「ギャウウゥ……」
魔物たちは恨めしそうな顔をしながらも散っていく。
話の分かる奴らで助かる。そんなことを考えるリョウマの前に大きな影がずいと立ち塞がる。
「おい」
リョウマの見上げた先は小山の如き巨人の姿。
灰色のゴツゴツした肌、頭に生えた角、浮き出た血管が目立つ巨腕には、似合わぬ小さな器が握られていた。
「人語を話せるのか? 珍しいなアンタ」
「オレ様はオーガ、一階層の守護者をやっているものだ」
――――守護者とは、文字通りダンジョンを守護する者。
各階層に一体存在し、本来は次の階層へと移動するためのゲートの前にて陣取っている、いわばボス的存在である。
「んでそのオーガさんが何の御用で」
「貴様のメシが美味いと評判を聞いてな。食べに来たというわけだ。実際大したものだ。称賛に値する」
「そりゃどーも」
見ればオーガの空器は既に豚汁の食べた跡が残っていた。
食べた後、ということは前列に並んでいたのだろう。
ダンジョンの階層ゲートはかなり奥深くにあるはず……わざわざそんなところからのんびりメシなど食べに来るとは。
このダンジョン大丈夫か? とリョウマは素朴な疑問を覚えた。
「もう一杯寄越せ」
「いやいやいや、だからもうねーんだってばよ」
「知らん、もう一度作るのだ!」
オーガの傍若無人な物言いに、リョウマはカチンときた。
「断る」
「何だと? このオレ様の頼みを断るのか?」
「頼むにしても言い方というもんがあるだろう。まぁ今更作らないけどよ。帰りな、明日また来いよ」
「……オレ様に逆らうってのか」
オーガの目が赤く燃え上がり、開いた口から炎が漏れる。
「殺されたくなかったらとっとと作りな」
「……脅し、か」
オーガの言葉に魔物たちがざわめく。
だがリョウマにそれを恐れる様子はない。
むしろ一歩も引かず、編み笠の隙間からオーガを睨み上げる。
「決めた、てめえには二度と食わせねぇ」
リョウマは実家の煎餅屋で、この手の無頼漢をよく相手をしていた。
脅し、すかし、ゆすり、たかり、様々な輩の相手をだ。
この手の輩は下手に出ればいくらでも要求を突き付けてくる。
一歩も引いてはいけないのだ。
「よかろう、では力ずくで言う事を聞かせるとしよう」
拳を鳴らしながら、オーガが一歩近づく。
応じるようにリョウマは腰元の刀に手を当てた。
魔物たちが見守る中、互いの距離が縮まっていく。
しゃりん、と鍔の鈴音が鳴った時である。
オーガの拳がうなりを上げリョウマの脳天に迫る。
けして避けられぬ距離、タイミングにオーガは勝利を確信する。
あの美味い料理が食べられないのは少々残念ではあるが、自分に逆らう者は生かしてはおけない。
特に配下たちの前である。
見せしめにしておかねばなるまい。
そうだ、オレ様が料理を振る舞えば奴らもより忠誠を誓うであろう。
無論具材はこの愚かなニンゲンである。
「死にやがれッ!」
怒声と共に叩きつけられる、拳。
石片が飛び散り土煙が吹き上げ辺りを覆い隠した。
血飛沫が周囲に飛び散るのを見て周りの魔物たちは目を閉じ、息を飲む。
あぁ、あの飯がもう食べられないのか、と。落胆に暮れるものもいた。
「ぬッ!?」
最初に異変に気付いたのはオーガである。
手ごたえが、ない……というより右手の感覚がないのだ。
土煙が薄れていく。
「――――ッ!?」
見れば右手は切り落とされ、断面からは鮮血が噴き出していた。
更に晴れた土煙の中にリョウマの姿はない。
直感にてオーガが振り向いた背後にて、鋼の刃がギラリと光る。
凩
属性、刀
レベル18
斬撃強化+、打撃強化+、属性付与+、再生、身体強化、破壊耐性
今までリョウマへの礼にて強化された相棒――――凩は既にそこらの冒険者が持つレベルを大きく超えていた。
石の如く硬い皮膚を持つオーガの剛腕さえ切り裂くほどに。
「……いい武器使ってるじゃねえか。だがッ!」
リョウマが追撃を加えるべく斬撃を繰り出そうとしたその瞬間、オーガは切られた腕を凩へと叩きつけた。
十分に速度の出てない状態である。
凩はオーガの腕肉に埋もれ、絡みとられ、リョウマの動きが一瞬止まった。
「くたばれッ!」
抜こうともがくリョウマに、残された腕での一撃。
数メートルほど吹き飛ばされたリョウマは壁に叩きつけられ、壁面には数本のヒビが走った。
今度こそ倒した。そう確信したオーガの目が驚き見開かれる。
リョウマはまるで何事もなかったかのように起き上がり、外套についた埃を払っているではないか。
青縞外套
レベル25
六属性耐性、魔法耐性、状態異常耐性
鎖帷子
レベル21
ダメージ軽減、軽量化、再生、破壊耐性
身につけられた防具も当然、それなりの強化がされている。
とはいえオーガの一撃は少々防御力が高かろうが無効化される温さではない。
リョウマが無事なのはダメージの瞬間、後ろに飛んで威力を軽減したのだ。
それプラス、身体の頑強さ。
ステータス永続強化の効果を持つ木の実をたらふく食べた事により、リョウマの身体能力はレベル1冒険者とは比較にならぬ程となっていた。
土煙を纏い、リョウマが駆ける。
呆けていたオーガが気付いた時には既に、リョウマは眼前に迫っていた。
手にした凩の刃に、オーガは死神の鎌を見た。
一閃、振り抜かれた刃の残像すら見せぬまま、リョウマはオーガの数歩後ろにて着地する。
「な、何もんだてめぇ……」
「おめぇに答える義理はねぇ」
ちん、と凩が鞘に収まる音が響くのと、オーガの首がずれ落ちるのが同時だった。
遅れて倒れた胴体が、シュウシュウと煙を上げ消滅していく。
それと共にリョウマの身体にみなぎる力。
レベルが上がったのだ。
リョウマ
レベル1→12
力40→48
素早さ60→71
器用さ55→66
魔力36→36
プレートに刻まれた数字が上がっているのを見て、リョウマは口笛を吹いた。
ゴブリン100体倒してやっとレベル10になれるという話だ。
たったの一体でそれを上回る経験値、守護者の名は伊達ではないといったところか。
「さて、お前らは別に襲い掛かってきたりはしないよな? 仇討ちとかで」
「グオゥ! グオウ!」
魔物たちは首を横に振る。
にべもない。基本的に損得勘定で動いている魔物たちにとって、仇打ちという概念自体が存在しない。
そもそも魔物たちはあの横暴な守護者の事が好きではなかったし、料理を作るリョウマの方を心配していた者の方が多いくらいだ。
「じゃ、また明日な」
「グゥゥ……」
リョウマが片づけをしようとすると、魔物たちが群がってくる。
そして各々、鍋やお玉、包丁を洗い始めたではないか。
オーガに勝ったリョウマに敬意と畏怖を感じた魔物たちが、彼の手伝いを買って出るのは当然といえよう。
「何だ、手伝ってくれるのか?」
「グオゥ!」
「そりゃありがたい」
実はリョウマは洗い物が吐き気がするほど嫌いだった。
調理まではいいのだが食べ終わり洗い物、となるととたんに目がくらむような思いに毎度襲われていたのである。
こりゃ楽が出来そうだ、そうほくそ笑むリョウマを見て、魔物たちは恐れ慄いていた。
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