第8話 水に流す冒険者

「お、ここは最初に入って来たところだな」


 しばし歩いたリョウマが見つけたのは、レオンらと来た入り口である。

 ごたついていてすっかり忘れていたが、奴らに捨て駒にされ入り口まで塞がれたのだ。

 そのおかげで回り道をする羽目になったのである。


「ちっ、思い出したら腹立ってきたぜ」


 リョウマが思い切り近くの木を蹴ると、ミシミシと軋み倒れる。

 以前では考えられぬ程の脚力。

 数日動きっぱなしでも体力には随分余裕があるし、オーガ戦でもあそこまで動けるとは思わなかった。

 成長の実の力恐るべし、である。


「ぴー……?」

「あぁすまん、驚かせたなジュエ郎」


 蹴り倒された木を見て怯えるジュエ郎をリョウマは撫でる。

 日常生活では少し注意しなければなとリョウマは自身を諫めるのだった。


「おい、今のは何の音だ?」

「こっちから聞こえたけど……」


 洞窟の入り口から声が聞こえてくる。

 よく見れば、塞がれていた入口は掘り開けられていた。

 しかも、中から出てきたのはレオンたちである。

 目が合ったリョウマとレオンらは互いに驚き目を見張る。


「リョウマ……!」

「……よぉ、ヒトゴロシ」


 リョウマの瞳が暗く沈み、低い声でレオンを呼ぶ。

 静かにではあるが、明らかな殺意を発していた。 

 腰元にやった手が鍔の鈴に振れ、車輪と音が鳴る。

 慌てたのはレオンだ。必死に手を振り、リョウマをなだめる。


「ま、待ってくれ! 君とやり合うつもりはない」

「……はぁ?」

「あれから街に帰ってもリョウマが心配で心配で……もしかしたら生きているかもしれないと思って、探しにきたんだよ! な!」

「そ、そうそう! そうよねメアリス?」

「……まぁね。心配したわ」


 慌てふためき弁明する三人を見て、リョウマは嘘をつけと思った。

 あれだけ自分の事をないがしろにしておいて、調子が良すぎだと。

 大方慌てて落した物でも取りに来たとかだろう。


(とはいえここでやり合う理由もない、か)


 確かにレオンらは憎いが、街の世話になる以上面倒な争いは避けた方がいい。

 彼らとて、生きるために必死だったのだ。

 許すかどうかは置いといて、やり合う程の理由にはなりえないと考え直した。

 リョウマは抜きかけた刀を収める。


「……ふん、弁明なんぞ聞きたくないな。目障りだ。消えな」

「許して……くれるのか?」

「もう二度と俺に関わるな」


 そう言ってリョウマは彼らに背を向ける。

 彼らとこれ以上関わり合いにならない事が、互いに最良だとリョウマは思った。

 世間と言うのは存外狭い。リョウマの国には昔から「水に流す」という諺があった。


「待って! それ、なんなの?」

「んあ?」


 ルファの言う「それ」とはリョウマの後ろを跳ねながらついてくるジュエ郎の事だ。

 無論、その質問にリョウマが答える義理はない。


「お前らには関係のねぇことだ」

「でもそれ魔物……」

「ルファ、もういい」


 問いかけたルファの肩をレオンが掴む。

 そして、それ以上関わるなとばかりに首を振る。

 元よりリョウマも待つ気はない。

 レオンらに一瞥もせず、さっさと街へと歩みを進めるのだった。




「ちょっとレオン! なんでリョウマを帰しちゃったの!? あいつが連れてたのは私たちが探してたジュエルスライムじゃない!」

「ふっ……くっくっ……いいのさ放っておけば。あのまま、街まで、な」

「れ、レオン……?」


 抗議の声を上げるルファに、レオンは不敵な笑いを返すのみだ。

 彼の考えを察したメアリスが問う。


「なるほど……レオンの考え、わかりました。素晴らしいです」

「だろう!? くっくっ、愚かな田舎者が調子に乗りやがって! 後悔させてやるぞ! はーっはっはっは!」

「???」


 高笑いするレオンを見て、ルファは疑問に首を傾げるのだった。




「さて、お前はここに隠れてな」

「ぴー♪」


 街中へと辿り着いたリョウマは、ジュエ郎を服の下へと潜り込ませる。

 いくら懐いてるとはいえ魔物は魔物。街中で連れ歩くわけにはいかない。


 まっすぐギルドへ向かい、扉を開けると皆の視線が集まる。

 リョウマはどよめく彼らを一瞥すると、まっすぐ受付嬢の元へと歩いていく。


「よう、久しぶり」

「……驚きました。生きていたのですね」

「何とかな。えらい目にあったが」

「存じております。大変でしたね」


 どうやら事の顛末は察しているようである。

 先刻レオンらダンジョンで見たのも、リョウマを見捨てた事を受付嬢に責められたからだろう。

 それよりリョウマはこの鉄面皮な受付嬢が自分の事を労ったことに驚いていた。


(血も涙もない冷血女と思っていたが……)


 ただの社交辞令かもしれないが、悪い気はしなかった。

 少しは笑顔を浮かべてくれればもっといいのだが、そこまで要求するのは酷というモノか。

 何せこの受付嬢、誰と話す時も全く表情を変えないのだ。


「……私の顔に何かついてます?」

「いや何も」


 無表情でにらまれ、リョウマは首を振る。

 もっと愛嬌を振り撒けば美人の部類なのに、もったいないとリョウマは思った。


「ちょっと待った!」


 突然の声に、皆が振り返る。

 開け放たれた入り口に立っていたのはレオンらであった。

 不敵な笑みを浮かべ、リョウマの方へまっすぐ歩いてくる。


「……なんだ? 先刻の俺の言葉を聞いていなかったのか?」

「ふっ、そう強気でいられるのも今のうちだ……みんな! 聞いてくれ!」


 レオンの声に、珍しもの好きな冒険者たちは好奇の目を向ける。

 十分に注目を集めたのを確認したレオンは、リョウマを指差した。


「こいつは魔物の仲間なんだ! 見たんだよ! こいつが魔物を連れ歩いているのを!」


 その言葉に周囲がざわめく。

 この大陸では古くから魔物と人間は相容れぬ存在。

 人は自らの身を守るため、様々な決まりを作ってきた。

 その一つが魔物を街へ入れない、というものである。

 人間が街に魔物を入れたことで、崩壊した街は過去に幾つも存在する。

 故に、魔物を街に入れるのは重罪。死刑すらもあり得る厳しいものだ。


 無論、街に来たばかりのリョウマはそれを知るよしもない。

 そもそも異国では魔物に対しそこまでの忌避感はない。

 危険な存在ではあるが、魔物を飼いならし良き相棒と言う者すらいる程だ。


 よってリョウマとしてもただ街に連れ歩くとマズいとか、その程度の認識だろうとレオンは確信していた。

 そうでなければ街の外といえど、魔物を連れ歩くような真似をするはずがない。

 周囲のざわめきはさらに大きくなっていく。


「よぉよぉ田舎もん、そりゃ本当かよ」


 その中の一人がおもしろがって声を上げた。

 昼間からギルドでたむろっているような連中だ。

 そうでなくても冒険者と言う者は、面白そうなことに首を突っ込んでなんぼである。


「にーちゃん、言われっぱなしでいいのかよ」

「身の潔白ってやつを証明してみろや!」

「なんで黙ってんだよ! おい! 何とか言ってみろや!」


 野次は徐々に増えていき、ギルド全体を巻き込んでいく。

 ペースは完全にレオンのものだった。


(くくく、チェックメイトだ……!)


 勝利を確信したレオンの口角が歪む。

 リョウマの前につかつかと歩いていくと、レオンはその編み笠へと手をかけた。


「さぁ正体を現せ! この魔物使いめ!」


 払いのけられた編み笠が、床に落ちる。

 どんな顔をしているものか見ものだ――――そう思いリョウマの顔を覗き込むレオン。

 その動きが、止まった。


「……ッ!?」


 ざんばらに切られた黒髪の隙間から覗く瞳の色は、まるで一点の光も差さぬ闇。

 レオンとて冒険者の端くれである。それなりに修羅場もくぐってきた。

 その彼が恐れ慄く程の、闇の深さ。

 ダンジョンに潜る前とはまるで別人……本当に魔物になったのではないか。本気でレオンはそう思った。


「……やれやれ」


 思わず退いたレオンに一歩、リョウマが近づく。

 編み笠を拾いかぶり直すリョウマになおも降り注ぐ野次の嵐。

 だがリョウマに動じる様子は微塵もなく、むしろそれはレオンの――――


「俺に関わるな――――そう言ったよな」


 半月に歪んだリョウマの口から紡がれる冷たい声に、レオンの首筋から冷たい汗がついと垂れ落ちた。

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