第9話 一肌脱ぐ冒険者

(何故だ……追い詰めているのは俺のハズ……なのに何故、こいつの方が笑っていやがる……!?)


 困惑するレオンの目に、窓ガラスに反射する自身の姿が映る。

 その顔は怯え竦み、手足は小刻みに震えていた。


(馬鹿なっ! 逆だろう! 追い詰められて怯えるのは奴……リョウマのはずだ!)


 レオンは拳を握りしめ、リョウマを睨みつける。

 それが今のレオンに出来る精一杯の強がりだった。


「ふ、ふん、正体を見破られ開き直ろうと言うのか?」


 だがリョウマに動じる様子は全くない。

 ため息交じりに返すのみだ。


「そもそも俺が魔物を連れている証拠はあるのか?」

「光るスライムを連れていただろう。しらばっくれるつもりか!? 俺は見たぞ!」

「見たかどうかはそっちが勝手に主張していることだ。決定的証拠にはならない。それにアンタら、あまり信用なさそうだぜ?」


 周りの冒険者を見れば、レオンらに懐疑的な視線を送る者も何人かいた。

 受付嬢もその一人。リョウマを見捨てダンジョンに置き去りにしておいて、挙句魔物扱いとは。

 中立の立場である彼女は、本来であれば冒険者同士の争いには口出しをすべきではない。

 だがあまりにこれはひどい。

 止めに入ろうとする受付嬢を、リョウマの手が遮る。


「そこまで言うなら賭けてみるかい? レオンさんよ」

「……ほう?」

「俺の身体を調べて、魔物が出てくればお前の勝ちだ。煮るなり焼くなり好きにするといい。……だが何も出てこなければ、同様にさせてもらおう。……煮るなり焼くなり、な」


 リョウマはそう言って黒い笑みを浮かべる。

 何を馬鹿な、先刻までリョウマをつけていたレオンは、彼が連れていたスライムを服の下に忍ばせていたのを目撃していた。

 リョウマは確実に、魔物を隠している……!

 確実だ、間違いない。あのダボ付いた服の下に金色のスライムがいるのだ。

 レオンはそう確信していた。


(だがあの自信……何かあるのか……?)


 いや、あろうはずもない。

 ただのはったりだ。レオンは自分にそう言い聞かせる。


「よかろう。その条件を飲もうじゃあないか」

「レオン!?」

「大丈夫だ、任せろルファ」

「でも……」


 レオンは首を振り、ルファを制した。

 どちらにせよここまできて、引くわけにはいかない。


「さぁでは改めさせてもらうぞ」

「ご自由に」


 リョウマは躊躇なく外套を外し、床に落とす。

 はだけた胸元からは浮き出た鎖骨が覗く。薄手の着物の下には何も隠してはいないように見えた。

 無論下も、である。

 服の下に不自然な膨らみなどは全く無く、魔物が隠れている様子はない。


「さぁて、魔物はどこにいるのやら」

「く……っ!」


 嘲るような口調のリョウマにレオンは焦る。

 盛り上がっていたギャラリーも、やはりなといった様子で白け始める。

 勝手に入ってくるならともかく、人が魔物を街へ入れるなど、容易な話ではない。


 上手く慣らしていたとしても、動くし鳴くし、臭いもある。

 それを服の下に隠すなんてのは、どう考えてもあり得ぬ話だ。

 彼らはそれを知っていて、盛り上がっていただけなのである。

 リョウマは焦るレオンを冷ややかに見下ろす。


「……もういいかい」

「ま、まだだ! 俺たちは見たんだ! 間違いなくこいつは魔物を連れている! なぁルファ、メアリス!?」

「……」「……」


 ルファとメアリスは答えない。

 何かが行われているのは明らかだった。

 それをなんとかせぬ以上、探しても出てくるとは考えにくかった。


「やれやれ、寒くなってきたぜ」

「おい、服を着るんじゃあない! まだ脱げるものがあるだろ!」

「そりゃまぁあるがよ。俺にここで裸になれってのかい? 男の俺よりレオン、お前の連れに脱がせた方が盛り上がりそうなもんだが」


 リョウマの言葉に、どっと歓声が沸く。

「ちげえねぇ!」「そうだ、男が脱いでも仕方ねぇ!」「両方脱いじまえ!」

 先刻までの白けぶりはどこへやら、好き勝手に盛り上がり始める男たち。

 今度、場を味方につけたのはリョウマの方であった。


 下卑たコールに青ざめているのはルファとメアリスだ。

 この雰囲気、リョウマが無実となれば何をやらされるやら分かったものではない。

 それに、何とも情けない姿だ。

 リョウマの身体を弄るのに必死なレオンに二人は落胆を禁じえなかった。

 一度は好いた身……だが今のレオンは見るに堪えない。

 見かねた二人は互いに顔を見合わせ、頷く。


「ちょっとレオン!」

「なんだ、今忙しい……」


 振り向いたレオンに突き刺さるのは、あまりに冷たいルファとメアリスの視線。

 ゴミでも見るかのような冷たい目に、レオンは思わず息を飲んだ。


「魔物なんてどう見てもいないわよ。見間違えたんでしょう。それでもまだ探すなんて、どうかしてるんじゃない?」

「えぇ、みっともないですよ。とても、とても」

「な……!?」


 レオンは二人の言葉に面食らう。

 自分らは知らない、関係ない、彼女らの目はそう言っていた。


「る、ルファ……? メアリス……?」

「近寄らないでください」


 狼狽え手を伸ばすレオンから、二人は距離を取った。

 代わりにリョウマの方へと寄り、頭を下げる。


「ごめんなさいリョウマ、勘違いだったわ。その、彼に強く言われて……本心ではなかったの」

「今までの無礼、詫びさせて下さい」

「お前ら……!」


 ルファとメアリスに見放され、レオンに味方する者はもういなかった。

 先刻までのツケとばかりに、周りからの冷たい視線が突き刺さる。

 まさに針のむしろ。貴族生まれで苦労など知らぬレオンには屈辱の極みであった。

 拳は震え、涙すら溢れそうになるほどに。


「ぐっ……うぅ……ふぐぅ……」


 嗚咽が漏れる。

 思えば自分勝手な話だ。勝手にケンカを売り、負けたら悔し涙を流す。

 女には見捨てられ、ここへはもう入れないだろう。

 哀れで愚かな男……だがリョウマはこれで終わらせるつもりなどなかった。


「さて、それじゃあいいかな? レオン殿?」

「な、なんだ……? これ以上僕に何の用が……」

「とぼけるなよ。約束、まさか違えるつもりじゃあるまいな。まだボケるには早いだろう?」

「……っ! あ……」


 ――――煮るなり焼くなり、リョウマに課したのと同じ条件を自らも飲んだのをレオンは思い出した。

 味方のいないこの状況下で、あれだけの事をしでかしたリョウマを前にして……


「とりあえずさっきの俺と同じ格好になってもらおうかなぁ? 素っ裸によ」

「な……」


 そんなことになんの意味が、言おうとしたレオンだったが、リョウマの目は本気であった。

 もちろん、それだけでは終わるはずもない。

 今までの事を何倍にもして返すつもりである。

 とりあえず全裸で踊りでも踊ってもらおうか。あぁ身に着けていた武具は売らせてもらおう。

 ダンジョンに潜らせ金を稼がせるのも悪くない。勝手に金が入ってくるようなものだ。

 さてさてさて、どうしたものかと考えるだけでリョウマの笑みは止まらない。

 そんな愉しげなリョウマとは反対に、レオンの顔は蒼白に染まっていった。

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