第10話 銅の冒険者
「いやぁ愉快痛快、爽快気分ってなぁこの事だな」
鼻歌を歌いながらリョウマは夜の街を行く。
月明りに照らされた明るい夜道は、晴れ晴れとした彼の心を表すかのようだった。
レオンは皆の前で全裸に剥かれ、故郷の踊りを躍らせた。
その後、正式に冒険者の資格をはく奪。
後輩冒険者を見捨て、さらに虚偽の疑いをかけたのだ。
信頼と実績を重んじる冒険者ギルドとしては見過ごすわけにはいかない……とは受付嬢の言葉だ。
ルファとメアリスも彼のもとから去った。
何故かリョウマについて来ようとしてきたが、彼はきっぱりと断った。
すぐに主人を変えようとする雌犬など信用できるか、と。そう言ってやったのだ。
そもそも自分のやったことを覚えているのか、と「軽く」尋ねた時の二人の顔は傑作だった。
青ざめて口を噤む二人の顔を思い出すだけで、リョウマの口元は自然に綻ぶ。
鼻歌を歌いながら夜の街を行く。
「待てっ!」
聞き覚えのある声にリョウマが振り返ると、そこにいたのはレオンであった。
急いで纏ったからだろうか、鎧も衣服も乱れている。
哀れな姿だとリョウマは思った。
見た目だけは気を使う男だったが、今はそんな余裕すらないようだ。
見るに堪えぬ……リョウマの心境を察したかのように、月は陰りレオンの姿を闇に隠す。
「お前のおかげで僕は最悪だよ。ルファにもメアリスにも逃げられ、プレートまで奪われた……僕はもう生きていくことが出来ないよ……はは」
「同情でも求めてんのか? 生憎だが俺はそんなに優しくなくてな。死ぬなら死ね」
「死ぬ……か、それもいいかもしれないね」
うすら笑いを浮かべながらレオンは、ゆらり、ゆらりとリョウマへ近づいて来る。
幽鬼の如き表情に、リョウマは尋常ではない空気を感じ取った。
「ただし、君を道連れにだ」
レオンは剣を引き抜くと、リョウマへ向け真っ直ぐかざす。
銀閃がゆらりと、差し漏れた月光を弾き、妖しく輝いた。
「うぁああああああああああああッ!」
それがレオンの理性が降り切れる合図だった。
雄叫びを上げながら迫るレオン。
手にした剣を振りかぶり、リョウマへと迫る。
辺りは暗闇、周囲に人気はなし、助けは呼べない。
――――リョウマの段取りの通り。
「……やれやれ」
それでも気は進まない。
ため息を吐くとリョウマは腰元の刀に手を添える。
迫るレオンの剣がリョウマに触れるその瞬間、彼の姿は消えていた。
「くっ!? ど、どこだ!」
思わず辺りを見渡すレオン。
目の端に映った影を捉えるべく身体を捻ると、自分の真後ろにリョウマを見つける。
その時、違和感に気付いた。
見ているのは完全なる真後ろ。
本来の腰の可動域では、確実に見れぬ視界であった。
「え……ぁ……?」
途端、崩れ落ちる視界。
冷たい土の感触が頬に当たっている。
続いて生暖かい液体に濡れているのに気づく。
――――血だ。
降り注ぐ血は、見慣れた下半身から噴水の如く噴き出している。
レオンの身体はまっすぐに二つ、綺麗に切断されていた。
臓物は噴き出し、ボトボトと零れ落ちている。
地面が温いのは血の温度か、それとも自身の体温が落ちているからか。
「……! ……!」
何かしゃべろうとしたが、ひゅーひゅーと息を吐くのみで何も言えない。喋れない。
リョウマに助けを求めようと手を伸ばすが、彼はレオンに一瞥もくれようとしない。
――――待ってくれ、俺が悪かった。
言おうとするも言葉は出ない。
ずり、ずりと這い寄ろうとするが、リョウマの歩く速度には追いつけない。
次第にレオンの意識が消えていく。
――――昏い……冷たい……暖かい光が浴びたい。太陽でなくていい、月でも、せめてあと一度だけでも。
最後に考えていたのはそんなことだったろうか、レオンは暗闇の中、息絶えた。
風が吹く。
雲が流れ、月が姿を見せ辺りを照らし始める。
いつの間にだろうか、そこには新たな人影が生まれていた。
「……感心しませんね」
影の主は受付嬢だった。
先刻、レオンを煽りに煽ったリョウマは、襲撃を予想して受付嬢へと声をかけていたのだ。
――――話がある、街外れの民家街へ来てくれ、と。
夜ならば、人通りの少ないここでなら、レオンは確実に襲撃してくると踏んでいた。
そこを返り討ちにするつもりだったのである。
だがそれには相手から仕掛けてきたと、証する人が必要だった。
受付嬢を呼んだのはその為である。
「俺だって気が進まなかったさ。だが今のは正当防衛だろう?」
「それでも感心はしません。私を証人として使おうとするところも含めて、ね」
目を見開いたまま事切れたレオンの横に腰を下ろし、そっと目を閉じさせる。
未だ安らかとは程遠かい表情だったが、それでも幾分かはマシになった。
それを見てリョウマは口笛を吹く。
「意外とお優しいんだな」
「私は誰にでも平等なだけです」
顔色一つ変えずに言う受付嬢を見て、リョウマは彼女の性格を何となくわかった気がした。
あくまで中立主義、敵も味方もない性格なのだ。
そういう性格でなければ、受付嬢なんてのは務まらないのかもしれない。
「さて、それじゃあ用も終わったし、俺はもう行くぜ」
「お待ちなさい」
まだ何かあるのか、振り返るリョウマに受付嬢が何かを投げつける。
咄嗟に手にしたのは金属のプレートだった。
そこにはリョウマの名が刻まれている。
「こいつはなんだい? 受付嬢さんよ」
「見ての通りですよ。貴方を銅等級冒険者に認定します」
こげ茶色に光るプレートは、まさしく銅等級冒険者の証であった。
数日前は取りつく島もなく、鉄等級の扱いを受けたのに、何故?
訝しむリョウマに受付嬢が続ける。
「先日のステータスチェックで、貴方の実力は銅等級でした。……ですが、異国出身という事もありますし、しばらくは鉄等級でやって貰おうという判断でした。試すような真似をして申し訳ありません」
実際、リョウマのステータスは青銅等級相当の数値を叩き出していた。
それに加え、先刻レオンの追求から逃れたスキル。
「隠遁」を得ている事も大きかった。
スキルとは冒険者の覚える固有の能力で、本人の能力や資質、血統により多岐にわたる。
その中でも「隠遁」はレアスキル。
対象の姿、臭い、音、気配すら完全に消し去るというものだ。
リョウマはこのスキルでジュエ郎を隠し持っているのである。
受付嬢は固有スキルである技能鑑定眼で、リョウマがそれを所持しているのを確認していたのだ。
魔物を隠しているのも、それで把握していた。
本来であれば魔物を街に連れ入るのは重罰であるが、バレなければ問題ない。
事実、似たような事をしている冒険者も存在する。
冒険者というのは法の外で戦う事も多い。
魔物を相手に法律違反と非難する冒険者など、笑いものにされるだけだ。
進んで法を破るのは困りものだが、だからといって法に準ずればいいというわけではない。
気づかれず、万が一気づかれても問題を起こさず、起きた問題も揉み消せる。
そういう「強さ」が優秀な冒険者の証でもある。
「こんなに早く評価が変わった理由は?」
「問題であった戦力以外の面で、貴方は力を示しましたから」
このご時世、優秀な冒険者というのは幾らいても多すぎるという事はない。
少々掟破りであっても、だ。
リョウマは優秀な冒険者になると、受付嬢の長年のカンが言っていた。
……尤も、性格は全く好みではなかったが。
「もう一つ、聞いていいか? 受付嬢」
「どうぞ」
「プレートってのは大事なもんだろ? 投げて寄越すたぁどういう了見だい」
「貴方の事、気に入りませんから」
「……はん」
無表情で答える受付嬢を、リョウマは一笑に付した。
リョウマとてわざわざ好かれたいとも思っていない。
踵を返しこの場を去ろうとするリョウマに、受付嬢が声をかける。
「それと」
振り返るリョウマの目を、受付嬢はまっすぐに見据えた。
鉄面皮のまま、無表情で。
「私の名は受付嬢ではありません。ミュラです」
「そうかい」
それだけ言って、リョウマは去っていった。
気に入らないくせに名を名乗るとは、よくわからない女だと思いながら。
一陣の夜風がリョウマの青縞外套を揺らしていた。
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