第11話 木枯らしの冒険者

 ともあれ銅等級冒険者となったリョウマはここを拠点にすることにした。

 兎にも角にもまずは住む場所、というわけでリョウマは宿を探し始めたのである。


「あんた……異国の民かい。んーウチの宿じゃちょっとなぁ……」

「おい冒険者かよ、しかも異国民なんて泊めたら何言われるかわかったもんじゃない! 帰ってくんな!」


 ……だが順調とは言えなかった。

 荒事を起こす冒険者自体、歓迎する宿は少ないのだが、異国民であるリョウマはなおさら歓迎されなかった。

 どこへ行っても追い返され、途方に暮れていたのだ。


「ちっ、金はあるんだがな」


 魔物たちからの謝礼でリョウマの懐はそれなりに潤っていた。

 だが逆に、それが怪しまれて拒否されていたのである。

 それも仕方のない事だろう。

 身元も知らぬ異国の冒険者が「金なら幾らでもあるからしばらく泊まらせろ」と言ってきたのだ。

 普通の宿であれば断るのも当然の話だ。


「なーにいちゃん。もしかして泊まるところ探してるのか」


 ため息を吐くリョウマの袖を引くのは、ボロ服を着た少年である。

 少年はリョウマを見て、にかっと笑う。


「ウチなら空き部屋あるから泊まれるよ!」

「……本当かい」


 半信半疑のだったが、他にアテがないリョウマには少年の言葉を信じるほかない。

 少年はリョウマの手を取ると、裏路地へと入っていく。


「こっちさ! ついてきなよ」

「む……」


 リョウマは仕方なく少年に手を引かれるまま、ついていくのだった。

 裏路地を奥へ奥へと進んだ先、たどり着いたのはボロボロの家だった。

 民家と言われても仕方がない程のボロ家、少年はその扉をくぐり、声を上げる。


「とっちゃー! お客さん連れてきたぞー!」

「おーう! すぐ行く!」


 しばらくして扉から出てきたのは、ひげもじゃの男。

 小柄だがいかついその姿は、どこか威圧感があった。

 ドワーフ、山に住む亜人種である。

 話には聞いていたが、リョウマが見るのは初めてだった。

 ドワーフの男は少年の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「よくやったぞ、息子よ」

「へへっ、小遣い弾んでくれよな!」

「ったく調子がいいのう! はっはっは……さて」


 ドワーフの主人はリョウマの方を向き直ると、値踏みするように顎髭を撫ぜる。


「おんし、異国民かい」

「まぁな。おかげで宿探しにも苦労している」

「そうじゃろう。どうじゃ、ウチに泊まっていくかい?」

「いいのか?」

「無論無論、金さえ払ってくれるなら幾らでもおってくれていいぞい。一泊5000ルピじゃい」


 人差し指と親指で輪を作り、快活に笑うドワーフの主人。

 こんなボロ家で5000ルピはややぼったくりに思えたが、それでも泊めてくれるだけましである。


「……構わない。では今日から泊まらせてもらう」

「交渉成立じゃの♪ さぁさぁ部屋に入られい」


 ドワーフの主人に案内され、リョウマは宿へと足を踏み入れる。

 宿の中はそれなりに広く、ボロではあるが住み心地は悪くなさそうだった。


「とりあえずプレートの写しを作らせてもらえるかの。それが身分証代わりになる」

「わかった」


 プレートを手渡すと、ドワーフの主人は手慣れた仕草で羊皮紙に文字を写していく。


「名はリョウマ、冒険者階級は銅……か。いやぁ駆け出しってやつじゃな。懐かしいのう。ワシも昔は鍛冶屋兼冒険者をしていたもんじゃ」

「ご主人も冒険者だったのかい」

「あぁ、鉄骨のグルドといやぁこの界隈では有名じゃった! じゃが膝に矢を受けてのう。廃業したんじゃよ。はっはっは! ようし、できたぞい」


 話している間に書き終えたグルドはリョウマにプレートを返す。

 写しを確認するが問題はないようだ。


「それじゃあゆっくりしてくんな」

「うむ、いただこう」


 リョウマはグルドから金属の板を受け取る。

 これは部屋の鍵である。

 鍵は扉に吸い付くように嵌ると、見事錠前の役目を果たした。

 ボロ家に似合わぬ丁寧なつくり。

 名のある鍛冶屋という話はあながち嘘ではないようだ。


「ふぅ、やっと寝床を確保したな」


 ベッドに座ると、ぎしりと軋み音が鳴る。

 久しぶりの布団に身体を投げ出すと、瞬く間に眠気が襲いかかってきた。

 無理もない。ずっと野宿だったのだ。

 眠気に逆らう事なく、リョウマは意識を投げ出した。



 ――――どれくらい経っただろうか。

 宵刻にて、リョウマは不意に目が覚めた。

 外は月が煌々と照っており、眠ろうと目を閉じてもどうにも寝付けない。

 中途半端な時間に寝てしまったからだろうか、完全に眼が冴えてしまったリョウマはベッドから起き上がる。


「少し、街をぶらついてみるか」


 大きく伸びをすると、リョウマは他の客を起こさぬよう足音を忍ばせながら宿を出る。

 それでも割れた床板は、時折ぎしりと音を鳴らした。


 夜とはいえ、月明かりがある夜だ。

 まだ人通りもあるし、店もちらほらと開いていた。

 飲み歩く冒険者、派手な服を着た女、酔いつぶれた中年、夜の街は昼とは違う様相を見せていた。

 どこかで一杯ひっかけるか。リョウマがそう思い辺りを見渡していると、布を被った女と目が合う。


「あ――――」


 か細い声を上げる女の顔にリョウマは見おぼえがあった。

 ルファとメアリスだ。

 何故こんなところに、疑問に思い立ち止まるリョウマに駆け寄ってくる二人。


「リョウマ!」

「よかった……また会えて……」


 二人の変わりようにリョウマは戸惑う。

 つい先日まで冒険者だった二人が、何故こんな夜遅く街に。

 しかも二人の衣服は以前のものではなく、もろ肌の透けるやたら露出の多い服。

 いわゆる夜鷹――――男の相手をして金を稼ぐ類の商売をしているのは明らかだった。


「聞いてよ酷いの! レオンが逃げたの! しかも借金をしてて、怖い人が私たちに払えって……払えないって言ったら、ここで働けって……う……ぐすっ」

「何故何の関係もない私たちが……不条理です」


 どうやら二人は借金取りに掴まり、男の相手をさせられているらしい。

 レオンの借金と言っているが怪しいものだ。

 二人の装備は銅等級冒険者にしては、妙にいいものを使っていた。

 涙ぐむ二人に、リョウマは冷めた目を向ける。 


「ふーん、それで?」

「……ッ!」


 唇をかみしめるメアリス。

 ルファの目からは大粒の涙がボロボロと零れていた。


「お願い! 私たちを一緒に連れて行って! 私、魔法が使えるの! 貴方の為ならなんだってするわ!」

「それなりの場数は踏んできました。知識も経験も十分にあります。私たちが役に立つのはあなたが一番よくわかっているのでは?」


 すがりつく二人の身体がリョウマに密着する。

 柔らかな人肌の感触。

 二人ともそこそこ顔は整っている方である。大抵の男であればそれでコロッと行くだろう。

 だがリョウマは二人を跳ねのけるように突き飛ばした。

 二人は地面に尻持ちを突き、何が起きたのかと目を丸くしている。

 リョウマは編み笠を被り直すと、くるりと踵を返した。


「……俺には関係のねぇこった」

「そ、んな……」


 そのまま足早に去っていくリョウマを二人は呆然と見送るのみであった。

 夜風が二人の肌を冷やす。

 身体の芯まで、心の芯まで。


 ――――その後、幾度か二人の姿を見たリョウマだったが、ある日を境にぱったりと姿を見せなくなった。

 風の噂では男から病気を貰ったとか、逃亡を図り奴隷に落とされたとか……

 だがそんな噂すらすぐに聞こえなくなる。

 消えてしまった冒険者の事など、人の記憶には残らない。

 木枯らしが如く吹き去るのみであった。

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