第12話 農耕する冒険者

「ふむ」


 依頼掲示板をじっくりと見渡す男が一人。

 編笠に縞外套、異国風の出で立ちは変わり者だらけの冒険者ギルドでも特に浮いていた。

 だが当の本人であるリョウマはそれを気にする様子もない。

 堂々たる仕草で依頼書を読んでいる。


「古城に住むアンデッド退治、報酬500万ルプ、銀等級以上三人募集……火の山に巣食う炎竜討伐、300万ルプ、金等級以上六人募集……やはり高難度の依頼は必要な階級も高いな」


 依頼は基本、国や自治体、個人事業主が出すものだ。

 それ故、階級で判断される事が大多数である。

 高賃金を得られる依頼を受けるには、地道に冒険者としての階級を上げるしかない。


「ふっ、望むところってもんだぜ」


 だがリョウマの気分は晴れやかだった。

 銅等級冒険者となったリョウマには、一人で魔物討伐の任務を受ける事が出来る。

 レオンらのような足手まといと二度と絡む事もない。

 銅のプレートがリョウマの胸元できらりと光る。


「いよぉ、異国の」


 陽気な声に振り返ると、そこにいたのは先日リョウマに絡んできた槍使い。ドレントであった。


「そういうお前は槍使い」

「噂は聞いたぜ。俺がいない間に色々と楽しい事があったそうじゃねえか」


 どうやらレオンとの騒動はギルドでは軽く噂になっていたようだ。

 リョウマにとってはどうでもいい話だったが。


「当の本人としちゃあ、別段楽しくはなかったがな」

「そうなのか? いやぁあの時は竜退治に行っててよぉ。残念だな。見たかったぜ。……っと、こいつは土産だ」


 投げ渡してきた袋からは異臭が漂ってくる。

 覗くと中には土のようなものが入っていた。

 その臭いに眉を顰めるリョウマを見て、ドレントはニヤリと笑う。


「竜糞だ。お前、銅に上がったんだろ? 餞別ってやつさ」


 竜糞というものは文字通り竜の排泄物で、先輩冒険者が後輩冒険者に渡す事が多い。

 ――――俺は竜をも狩って見せたぞ。お前も早くこのレベルまで上がってこい――――という挑発の意味が込められている。

 無論、異国出身のリョウマにとってそんなことを知る由もない。

 突然の贈り物にキョトンとするのみである。

 ドレントもまったく気にしていないようで、渡すだけ渡して満足したのかリョウマに手を振り去っていく。


「じゃあ俺は行くぜ。お前もせいぜい頑張んな。はっはっは」


 去って行くドレントの胸元で、黒銀のプレートが光る。

 確か以前会った時は銀等級……どうやら階級が上がったようである。

 負けてはいられないな、とリョウマは思った。




「それはさておき、いいものを貰ったな」


 先刻貰った竜糞をアイテムボックスにしまい込み、街中をぶらぶらと歩くリョウマ。

 リョウマの故郷では竜糞は堆肥として使われる。

 あまり量が取れないので高級な果実などにしか使われないが、その効果は抜群だ。

 枯れかけた木もたちどころに復活するし、通常では数個しか実らぬ果実だってたわわに実る。

 これを使い、ダンジョンで手に入れた成長の実を栽培しようと企んでいるのだ。


(この手の種は、多分……木になるな)


 実を付けるタイプの木は何度か栽培したことがあるが、幾つかの条件がある。

 道具はともかく場所が必要だ。十分に広く、いい土壌の良い場所……根無し草のリョウマには当然それは持ちえない。

 どこかの畑を買うか借りるかするのが一番手っ取り早そうだとリョウマは思った。


「確か来る途中、街の外れに畑があったはず……」


 記憶を頼りに歩くことしばし、畑の並ぶ町はずれへとリョウマは辿り着く。

 はてさてこれから土地を買うわけだが。簡単に手放すとは思えない。

 よそ者のリョウマ相手にはなおさらだ。

 出来るだけ手に入れやすそうな、所有者が持て余していそうな畑があれば……

 うろつくこと数時間、 諦めかけたその時、ある土地がリョウマの目に止まった。




「やれやれ、どっこいしょ」


 鍬を担いだ老人が法面に腰を下ろす。

 見渡すかぎりの荒れ果てた畑を見て、老人は大きなため息を吐く。

 跡を継がせようとした息子は冒険者になると家を飛び出すし、女房とは死に別れるし、何年かは踏ん張っていたがもはや一人では管理し切れない。

 せめて人が雇えれば、と思うのだが金もない。

 これから先のことを思うと、またため息が漏れた。


「もし、ご老人」

「んあ? なんじゃい」

「俺は冒険者のリョウマという。少し話をしたいんだがいいだろうか?」


 リョウマの顔を見上げた老人の表情がみるみる険しくなる。


「あーん? 冒険者じゃあ!? ワシゃ冒険者が嫌いなんじゃ! 話すことなど無い! すぐに出て行け!」

「まぁまぁ落ち着いてくれよ」


 鍬で殴りかかってくる老人をリョウマは宥める。

 老人というのは面倒なものだが、この老人は殊更だ。

 特にこういった孤独な老人は。


 孤独というのは人を歪める。

 真っ赤になった老人には、話は通じそうになかった。


「出て行け! このっ! このっ!」


 とはいえ想定通り、それに同情する気はなかった。

 どうあれ老人のこの状況、なるべくしてこうなったのだ。

 リョウマに当たるのは筋違いだし、それを受け止めてやる義理もない。

 振り下ろされる鍬を受け止めると、強く握りしめる。


「一寸、静かにしやがれよ」


 みしり、との持ち手の軋む音。

 リョウマの胆力に押されたのか、やっと老人の動きは止まった。


「……っ!」

「話を聞いてくれるかい?」

「な、なんでぇ! 金ならねぇぞこんちくしょう!」

「そりゃ都合がいいってもんだ」


 にやりと笑うリョウマを、老人は不思議そうに見上げる。

 たっぷり勿体ぶってリョウマは続ける。


「実はこの土地を少し、売ってもらいてぇんだ」

「ぬ……?」


 先刻の態度から一転、老人はリョウマに興味を示した。

 農作業というのは大変な上に割りに合わない。

 管理していないとすぐダメになるし、人手も必要だ。

 老人一人ではとてもではないが回し切れない。

 季節によって作物の出来高も違うし、売人には安く買い叩かれてしまう。

 割に合わないので土地を買う者もおらず、放っておいたら畑が荒れるだけなので、結局作り続けるしかないのである。

 リョウマは故郷でも同じで、老人だけになり二足三文で畑を売り払った農家を幾つも知っていた。


「買い叩こうってわけじゃない。俺は冒険者だが副業で作物を植えようと思ってな。一反100万ルプでどうだい?」


 一反100万ルプというのはこの辺りでは普通の相場価格である。

 老人としては管理し切れない土地。リョウマの提案する額は十分に魅力的な値段だった。


「ふむ、少し安いのう」


 だが老人は首を横に振る。

 気に入らぬ冒険者のいう事に、素直に頷くのが嫌だったのだ。

 老人はニヤリと笑うと、指を二本立てた。


「120万だ。それなら売ってもいい」

「……」


 リョウマは老人の提案に少し考え込む。

 あまりにも絶妙な額。

 突っぱねるには面倒で、そのまま受け入れるには首を捻るような。

 率直に言ってケチだ、と思った。

 だが、逆に言うとこの老人の底が見えた事だ。

 金に汚く、ケチで、計算高い。なればこの程度、ごねられる前に出しておいた方が無難である。


 それにこれ以上他の農家を探すのも面倒だ。

 リョウマは取り出した代金を、老人に渡す。


「……わかったよ。120でいい」

「へへへ、いい買い物したぜにいちゃん」


 交渉成立。

 リョウマは無事畑を手に入れたのである。

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