第13話 水路の冒険者

「……ワシゃあ夢でも見てるのか?」


 リョウマに畑を売って翌日、目を覚ました老人が見たのは見事に耕された畑であった。

 目をこするが間違いはない。畑の中央で耕していたリョウマが駆け寄ってきた老人に気付く。


「おう、早いねぇご老人」

「おめぇさん、もう畑を耕しちまったのかい!?」

「冒険者ってぇのは体力仕事だ。このくらいわけはねぇよ」


 着物を脱いでもろ肌を晒したリョウマの肉体は、細身ではあるがしっかり鍛えられていた。

 これならもう一反売ればよかった、と老人は後悔する。

 だが冒険者となった息子が帰ってくればこれだけの速さで耕せるのだと気づく。

 息子が帰ってきて、この速度で耕せるなら……もう五反、いや十反は賄えそうだ。

 となればリョウマに売ったのは失策だったかもしれない……と舌打ちをする。

 取らぬ狸の何とやら……皮算用する老人を気にするそぶりもなく、リョウマはアイテムボックスを念じる。


「さぁて、取り出したるは……っと」


 掌に生まれたのは幾つかの種。

 魔物たちが落としていったステータス向上の効果を持つ成長の種だ。

 ただし、完全な状態ではない半端品。

 食べてみてわかったが、成長の実は完全に熟した状態のものでなければ永続的なステータス向上は望めない。

 一時のものでは売っても大した値段にはならないし、どうしたものかととりあえず保管しておいたが竜糞を見て栽培を思いついたのだ。


「何の実だい? そりゃ」

「ただの豆みたいなもんさ」


 老人は成長の実が何なのか、見当もつかぬようだ。

 当然である。成長の実はかなりのレアアイテム。

 銀等級以下の冒険者なら、ろくに見た事のないような代物だ。

 一般人である老人が知りうるはずもない。


「さらにこいつを土に混ぜる」


 次に取り出したのは竜糞だ。

 老人がそれを見て顔をしかめる。


「うわ!? お前さんそれ、とんでもなく臭いぞ!?」

「肥料だよ」

「ひりょう? なんじゃそりゃ?」


 実は肥料というのは大陸では殆ど知られていない。

 農耕民族であるリョウマの故郷と違い大陸は狩猟民族が中心だ。

 それに街の外では魔物もよく見かけることもあり、近年まで畑という概念すらなかったのだ。

 いわんや肥料をや、である。


「ま、大したもんじゃない」


 リョウマは面倒なので老人に説明をしなかった。

 竜糞を土とかき混ぜ、土台を作る。

 そして種を植え、川で汲んできた水を撒いてとりあえずの作業は終了である。

 あとは放っておけば芽を出すはずだ。


「じゃあまた来るぜ」

「ふん、好きにするといい。じゃが手は貸さんぞい」

「俺の方も期待はしてないさ」

「ハ……可愛くない奴じゃ」


 老人に別れを告げ、リョウマは街の中へと戻る。

 行き先は依頼を受けた先、地下水路だ。

 この街には網目のように水路が走っており、街の人はいつでも水を使えるわけだが、そこに住むマッドリザードの鱗を狩ってきて欲しい、というのが今回の依頼だ。


 地下水路に辿り着いたリョウマは、早速中へと足を踏み入れる。

 中は巨大な迷路のようで、通路の下には水が通っている。

 真っ暗で、水滴の滴る音が不気味に響く。

 松明に火をつけ、注意深く進んでいく。

 足元を這うドブネズミや飛来する蝙蝠に驚かされながらも進むことしばし、リョウマの前に大きな気配が生まれた。


「シュルルルル……」


 通路の奥から出てきたのは巨大なトカゲ。

 ――――マッドリザード、こいつが討伐対象である。

 威嚇音を上げながらもリョウマを獲物と見定めたのか、ゆっくりと近づいてきた。

 リョウマは松明を壁に差し、両手を空ける。


「シャアアアアアアアアアアアッ!」


 奇声を上げ飛び掛かってくるマッドリザードと相対しつつも、リョウマは冷静だった。

 マッドリザードの討伐適正レベルは5~10程度。

 成長の実によりレベル以上のステータスを持つリョウマにとって、その動きは止まっているのと大差ない。

 鋭い爪でのひっかきを軽く躱しつつ、腰の刀に手を添える。


「そういえばまだあのスキルを試していなかったな」


「隠遁」に加え、現在リョウマが持つスキルは「食いだめ」と「つむじ風」。

「隠遁」は先日、ギルドの連中を騙したスキル。

 文字通り小さなものを隠すスキルで、姿だけでなく匂いや気配まで消すという優秀なものだ。

 ちなみにレアスキルである。

「食いだめ」は胃袋の消化能力をコントロールするスキルで、大量に食べて長時間食事なしで動けるスキルだ。

 ダンジョン攻略中など、食事を取れないケースも多く地味に便利なスキルである。

 その為、大抵の冒険者は所持している。

 ――――そしてこれから試す「つむじ風」。

 リョウマは精神を集中させ、刀を握る。

 使い方は不思議とスキルを得た時に理解できた。

 溢れてくる力をそのまま、マッドリザードへと抜き放つ。


 斬撃の後を追うようにして生まれたのは、風の刃。

 高速で放たれたそれはまっすぐ進み、マッドリザードを真っ二つに切り裂いた後、石壁に浅い傷を生んだ。

 魔物を貫いてなお、この威力。

 リョウマは感嘆の口笛を吹いた。


「ふむ、貫通力のある遠距離攻撃スキルってわけか」


 若干のタメはあるものの、速度、射程ともに優秀なスキルだと思えた。

 何より面白い。初めての攻撃スキルはリョウマにとって魅力にあふれていた。

 もっと試したい、そう思ったリョウマはマッドリザード狩りに戻る。


「シャアアアア!!」

「おっと、へへ」


 水の中から現れたマッドリザードの吐きかけてきた泥水を躱し、刀を抜く。

 一閃、「つむじ風」が水面を走りマッドリザードの首を刎ね飛ばした。

 水面が赤く染まり、痙攣する手足が水の中に沈んでいく。


「いやぁ、便利なもんだね。遠くから敵を倒せるってぇのは」


 しかも刃こぼれもしないし、血で汚れない。

 いつもなら数体倒したらジュエ郎に掃除してもらわなければならないのだが、これなら手入れいらずだ。

 美しく輝く刃を満足げに眺めると、リョウマは凩を鞘に納める。

 面倒くさがりなリョウマにとって、「つむじ風」はまさに神スキルだった。


 実際の「つむじ風」は通常斬撃に比べると威力はかなり落ち、離れれば離れる程それは顕著だ。

 硬い鱗を持つマッドリザードを一撃で倒すには相当の力が必要だし、遠くの相手に命中させるのも慣れが必要。

 初めて「つむじ風」を使う者であれば、その難易度の高さにすぐ使えないスキルの烙印を押すだろう。

 高ステータスのリョウマだからこそ、これだけの性能を発揮しているのだ。

 だが数体目、倒したマッドリザードが水に沈むのを見てリョウマは気づく。


「……水に落ちたアイテムが拾えないってのが唯一の欠点か」


 マッドリザードの落とす収集品、「爬虫類の鱗」を50個手に入れるというのが今回の依頼だ。

 かばんやベルトなどの革製品に使うらしく、数がいるらしい。

 水に落ちたのは拾えないから、面倒でも陸地に誘導して倒さねばならない。

 必要数あと42個。

 地道に行くかと呟き、狩りに戻るのだった。

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