第14話 糞集め冒険者
翌朝、畑に水やりにきたリョウマは土の中に緑が混じっていることに気付く。
ぴょこんと広がりかけの双葉が顔をのぞかせていたのだ。
やはりリョウマのもくろみ通り、ここは土がいい。
水場が遠いのが欠点だが、それを補って有り余る土壌の良さ。
この分なら収穫まで行けそうである。
天気は快晴。日の光を浴びた葉は、しっかり大地から養分を吸い取るに違いない。
軽く追肥の竜糞を撒き、水をたっぷり撒いておく。
一仕事終えたリョウマは早速地下水路へと赴く。
ほどなくして水の中から現れたマッドリザードと対峙し、腰の刀に手をやるリョウマ。
「つむじ風」を放とうとしたものの、思いとどまる。
(ここで倒してもまた水の中にアイテムが落ちてしまうな……)
「シャアアアアアアアアア!!」
マッドリザードの吐き出す泥弾を躱しながら、リョウマは相手の射程外へと移動する。
泥弾が届かなくなり、やむなく水際まで上がってきたのを見計らい、一閃。
リョウマの振るった風の刃がマッドリザードの上半分を切り裂いた。
「むぅ、面倒だな」
遠距離攻撃と水の中からのコンボが非常にうっとおしい敵である。
依頼書には銅等級1人以上と書かれてはいたが、水の中のマッドリザードの強さは銅等級以上3人は欲しいところだ。
無論リョウマはそれを知らない。
無事、陸上に残った爬虫類の鱗をアイテムボックスにしまうとリョウマは水路を奥へと進む。
「効率わりぃが、仕方ねぇ」
本来なら魔導師か弓使いがいれば楽なのだが、あの手の職業にはもはや悪いイメージしかない。
それに仲間を連れるのはやはり趣味じゃないとリョウマは痛感していた。
少々効率が悪くとも、一人旅の方が性に合っていると。
似たような事を繰り返した数日後、目標である爬虫類の鱗50個まであと1つとなっていた。
銅等級の任務程度、と侮ってはいたが実際は大変だとリョウマは思った。
「シュルル……」
暗闇の中から聞こえる威嚇音、こいつが最後だとリョウマは気を引き締め直し、松明をかざす。
炎に照らされ石床の上に立っていたのは確かにマッドリザードだった。
だが明らかにやせ細り、衰弱し切っている。
見れば足を引きずっている。ケガをしているようだ。
傷跡から見て仲間のマッドリザードにやられたのだろう。
「……まぁ俺には関係のねぇこった」
自分に言い聞かせるようにリョウマは呟くと、凩に手をかける。
「つむじ風」を放つべく力を込めた。
いつでも、抜ける。
「シュー……シュー……」
赤い舌をチロチロと出しながら、マッドリザードはリョウマを怯えた目で見ていた。
逃げようとすらしない。既に逃げる力も残っていないのだろう。
その目は潤み、涙を流しているように見えた。
しばらくにらみ合うマッドリザードとリョウマ。
それはリョウマの深いため息で終わった。
「ーーーーはぁ」
リョウマは凩から手を離し、踵を返した。
魔物に情けをかけるなど、あり得ぬと思っていたリョウマだったが先日ダンジョンで魔物に飯を食わせまくったせいでどうも情が湧いてしまったのだ。
襲いくる魔物なら思い切り殺れるのだが、我ながら軟弱だとため息を漏らす。
「ジュエ郎、飯にするぞ」
「ぴーっ!」
青縞外套の中から飛び出してきたジュエ郎の頭を撫でる。
そもそもが現在、魔物を連れ歩いている身だ。
情の一つも湧こうものである。
リョウマはアイテムボックスから鍋を取り出すと、タマネギを取り出し皮を剥いていく。
油を引いてを炒め、肉、じゃがいも、ニンジンを入れて更に炒めていくといい匂いが漂い始めた。
「ぴっぴっぴー♪」
高揚するジュエ郎を横目に、マッドリザードもリョウマの料理に釘付けだ。
十分に煮上がったら醤油、砂糖、みりん、酒を加え煮込む事しばし。
「よし、完成だ」
肉じゃがである。
お玉で肉じゃがを、三等分し皿に盛り付ける。
「シュー……?」
「っとと、間違えて一人分多く作っちまったな。あー参った参った」
戸惑うマッドリザードに、わざとらしく声を上げるリョウマ。
ジュエ郎が察したように、マッドリザードに語りかける。
「ぴ、ぴ、ぴーぴー」
「シュルルル」
違う種同士でも会話は成り立つのだろうか。
リョウマの言葉を理解しているものもいたようだし、魔物というのは不思議な存在だとリョウマは思った。
「シュー……?」
「あーいいよ。どうせそれは食べきれねぇ。遠慮なんかするなって」
遠慮がちにリョウマを見上げるマッドリザードに、リョウマはぶっきらぼうに言い放つ。
びくびくしながら舌で肉じゃがを舐めるマッドリザード。その表情がぱっと輝く。
よほど気に入ったのか、すぐに夢中で食べ始めた。
「やれやれ、よっぽど腹が減ってたのかねぇ」
仲良く食べる二匹の魔物を見て、リョウマは満足げな顔で微笑むのだった。
食事後、ジュエ郎に皿洗いをさせながらリョウマが立ち去ろうとしていると、マッドリザードが身体を摺り寄せてきた。
「シュー♪」
そして連れて行って欲しそうにリョウマを見上げる。
だがリョウマは首を横に振る。
「駄目だ。おめぇさんは連れてけねぇよ」
魔物を連れて歩くのはかなりのリスクだ。
ジュエ郎ですら出来れば連れ歩きたくはないのだが、こいつは小さいし隠せる上、役に立ちすぎる。
マッドリザードはあまりにデカイし「隠遁」で隠せるのは一つだけ。
「シュー……」
「悪りぃな」
元来た道を戻るリョウマの後を、ひょこひよことマッドリザードが付いてくる。
リョウマはそれに気づきながらも、振り返る事はない。
次第に足音は消えていく。
まだついて来ているのかいないのか、気にはなったがリョウマは考えないようにしていた。
「シャアアアアアアア!!」
帰る道すがら、飛びかかってきたマッドリザードを見てリョウマは歪んだ笑みを浮かべる。
「……あぁ、そういうのでいいんだよ。そういうので」
リョウマの言葉と斬撃はほとんど重なっていた。
真っ二つになったマッドリザードから光輝く鱗が落ちる。
ともあれめでたく、リョウマは最後の爬虫類の鱗を手に入れたのであった。
「うお、今日はあっちぃな」
編み笠から差す光に目を細め、天を仰ぐ。
夕方にもかかわらずこの日差し。
涼しい水路にいたからわからなかったが、予想以上に気温が上がっていたようである。
こうなっては苗が心配だ。
葉が出てなければいいが、あまり日光に当てると火傷をしてしまうのである。
朝にたっぷり水はやったつもりだがこれだけの日照りだと……水路から出たリョウマは急いで畑へと走る。
畑に辿り着いたリョウマが見たのは――――子供の背丈ほどに伸びた木であった。
「こ、こりゃあ一体……?」
「おう若いの、来よったか」
ひょっこり顔を出したのは老人である。
「しかしとんでもない速さで成長する木じゃのう……お前さん、なんかしよったのか?」
「いやぁ大したことはしてねぇさ。ダンジョンで拾った実を撒いてみたんだが、俺も驚いてるよ」
リョウマが驚いていたのは本当である。
竜糞は栄養を多く含み、作物がすごい速度で成長するものだが……ドレントから貰ったのは特別な竜の糞なのかもしれないとリョウマは考えた。
事実、異国の竜種は主食が霞であるが、大陸の竜種は肉がメインの雑食である。
その栄養価は何十倍……水と日光さえあれば、とてつもない速度で植物は成長する。
大陸では竜の住む場所は土地が栄えると言われるが、ひとえに竜糞の存在が大きいと言われている。
(このペースで育つなら、もっと竜糞を集めないといけねぇか)
見ればもう土の色は白く変わっている。周囲の栄養を吸い尽くしたのだろう。
成長の木は栄養、水、日光をバランスよく大量に吸収する。
またすぐにでも竜糞を与えねばならない……のだが、リョウマの貰った竜糞は残り少ない。
(ドレントがまだ竜糞を持っているかもしれねぇな)
丁度日が沈みかけていた。
依頼報告のついでにギルドへ顔を出してみるか。
リョウマは今度はギルドへ足を向けるのだった。
木枯らしリョウマはぐれ旅 謙虚なサークル @kenkyo
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