木枯らしリョウマはぐれ旅
謙虚なサークル
第1話 異国の冒険者
港町ベルトヘルン、大陸に無数ある、ごく普通のありふれた町。
一人の青年がそこへ足を踏み入れた。
名はリョウマ。
編み笠を被り、青と白の縞外套をなびかせ、腰に一振りの刀を揺らしながら、物珍しそうに辺りを見渡し街を往く。
だが珍しいのは街の人にとってもだ。
リョウマの風体は、様々な人種が集まるこの町でも目を引いていた。
彼の出身、異国は遥か遠くにあり、この大陸では滅多に見る事はない。
それこそ獣人や森人エルフの方が多いくらいである。
そんな彼が遠い異国からはるばるこの街にやってきた目的は一つ。
冒険者になることだった。
幼い頃、ふらりと村に立ち寄った旅人の話した冒険譚。
それがリョウマの冒険心に火をつけた。
自分もそんな胸躍る冒険がしてみたい、幼い頃からずっと、ずっと思い描いてきた夢。
大人となり、村を出る事を許されたリョウマは荷物をまとめ、その日のうちに村を出た。
旅を経てようやくたどり着いたこの町で、リョウマは念願の冒険者ギルドへと足を踏み入れる――――
「審査が終わりました。あなたの冒険者としてのランクは鉄等級ということになりますね」
受付嬢が差し出した鈍色のプレートを見て、リョウマは信じられないといった顔をした。
冒険者の階級ランクは極金、輝金、金、白銀、黒銀、銀、赤銅、青銅、銅、鉄の10等級からなり、鉄等級というのは警備や土木工事、畑仕事、その他様々な街の雑用を任される、冒険者としては最下に位置する階級だ。
その最大の特徴は、戦闘行為を必要とする依頼クエストを受けられないということ。
冒険者とは名ばかり、それが鉄等級冒険者なのである。
ちなみに普通の成人男性なら大抵は銅等級から始まる。
特殊な技能を持たぬ老人やけが人、女子供など、あからさまに戦闘技術や生存能力が低いとみなされた場合にここに割り当てられるのだ。
「そりゃあちょっと、納得がいかねぇな」
静かに、ではあるがリョウマの口調は明らかな怒気を孕んでいた。
編み笠の奥で、リョウマの鋭い目が受付嬢を睨み下ろす。
「俺はここに来る道中、海を渡り山を越え、様々な魔物を狩ってきた。それなりに腕は立つと自負している。鉄等級ってのはわからねぇ」
「そう言われましても、審議の結果ですので」
反論するリョウマを、受付嬢は「もう仕事に戻りたいのですが」とばかりに冷たい目で見る。
だがリョウマとて、引き下がるわけにもいかない。
机に乗り出し、口調を強める。
「せめてそう判断した基準だけでも聞かせてほしいもんだが」
「規則ですのでお答えできません」
だが受付嬢は、ばっさりと冷たく切って捨てた。
情の一欠片すらもない鉄面皮にリョウマは舌を打つ。
取りつく島もないとはまさにこの事である。
「なぁ「おいおいにーちゃんよぉ!」
それでも食い下がろうとするリョウマに、声を被せてきたのは皮鎧を纏った一人の男。
大きな槍を肩に担ぎ、威圧感たっぷりにリョウマを見下ろしている。
胸に下げられた銀色のプレートは、彼が銀等級冒険者であると示していた。
「あんまり嬢ちゃんを困らせるんじゃねーぜ! なぁおい!」
「俺は鉄等級と判断した理由が聞きたいだけだ。安くない登録料を払っているんだから、不当な評価に抗議するのは当然の権利だろう」
「おめぇが冒険者に向いてないって教えてくれたんだろ? 冒険者ってのは命賭けだ。命をなくす前でよかったじゃねーか! カカカっ!」
「自分の命の使い方を、人にどうこう言われる覚えはない。それに腕には自信がある」
「ほぉ、鉄等級程度が言うじゃねぇか……なら、試してみるかい?」
男はニヤリと笑うと、手にした槍をぐるりと回す。
同時に、周りから大きな歓声が上がった。
「おお、やれやれ!」「ケンカだ!」「ぶっ殺せぇ!」
好き勝手に声を上げ、盛り立てる彼ら。
冒険者同士の喧嘩は荒くれ者の集団である彼らにはまたとない余興である。
どちらが勝つか、賭けるものまで現れ始める程の大盛り上がりだ。
「俺に勝てたら銀等級冒険者と同程度の腕はある……そう受付の嬢ちゃんにアピール出来るかもなァ?」
「……」
無言のまま、リョウマは腰に下げた刀に手を掛ける。
妹から旅の御守りとに貰った鈴がしゃりんと鳴った。
互いの戦意が交わると、空気が乾き、軋み始める。
一触即発-―――その空気を破ったのは受付嬢の言葉だった。
「煽るような真似はやめて下さいドレントさん、暴れるようなら出て行ってもらいますよ」
「お、おいおい、俺は嬢ちゃんが困ってたからよぉ」
「そういうの、迷惑ですから。あまり問題を起こすようでしたらあなたも鉄等級へ引き下げますよ」
「うぐっ……ちっ、わかったよ」
ドレントは槍を下ろし、元いた椅子へと腰を下ろした。
ギルドの印象が下がれば、冒険者として満足に活動する事も出来なくなる。
個人に依頼が来るような金等級以上であればともかく、せいぜい熟練レベルの銀等級ではそれは死活問題だ。
「……貴方もです。リョウマさん。言っておきますが強さだけが冒険者の資質を測る基準ではありません。あそこで挑発に乗り暴れるようなら、鉄等級の資格すらも剥奪していましたよ」
受付嬢はそう言ってリョウマを睨みつける。
鉄等級では冒険者としての活動は出来ないが、身元の保証くらいは出来る。
それすらなくなれば、余所者のリョウマには街に住むことすら許されない。
「鉄等級でも出来る仕事は町にあります。ここで暮らしていればそのうちランクが上がる事もあるかもしれません。そうなったらまた、いらして下さい」
「わかっ……た」
これ以上揉めても事態の進展はなさそうだ。
そう判断したリョウマはプレートを受け取ると、ため息を吐いて冒険者ギルドを後にした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「やぁそこの君、ちょっと待ちたまえよ」
リョウマを呼び止めたのは一人の男。
後ろには二人の女を従えた、冒険者一行だ。
振り返るリョウマに、男は白い歯を見せ笑いかける。
「僕の名はレオン、冒険者をやっている者だ。後ろのはルファにメアリス、ちなみに俺の階級は赤銅、二人は青銅だ」
ルファは帽子を深くかぶった魔導師風の、メアリスは弓を携えたエルフの娘だった。
二人は警戒するようにリョウマを見る。
辛うじて笑顔ではあるが、その目の奥では汚らわしいものを見るかのような色が見て取れた。
なんとなく苦手な連中だと思いつつも、無視をするのも義に反すると思いリョウマは名乗り返す。
「……リョウマだ」
「リョウマ……ふむ、なるほどね。君が冒険者になれなかった理由がわかったよ」
「どういう意味だ?」
「その名、髪色、そして出で立ち……君は遠い異国の者だろう? 冒険者というのは大陸から遠く離れている程、種族が異なる程、厳しい査定を突破せねばならないんだよ。街に来たばかりの君では無理もない」
「そうなのか」
とはいえこればかりはどうしようもない。
目に見えて肩を落とすリョウマを見て、レオンはニヤリと笑う。
「そこで提案だ。リョウマ、実はスライム討伐のクエストを受けたところなんだが、丁度前衛が足りていないんだ。よかったら一緒に来ないか?」
きょとんとするリョウマに、レオンは耳打ちをする。
「実はこれ、裏技なんだが鉄等級であっても他の人が受けたクエストなら、便乗する事が出来るんだよ」
「ほう……」
なるほど、とリョウマは頷く。
これからどうしたものかと考えていたが、色々と抜け道はあるという事か。
そこで実力を示せばランクアップも狙えると。
「その顔、俺が何を言いたいかわかったみたいだな。リョウマとしても悪くない話だと思うぜ?」
レオンの差し出す手をリョウマはじっと見る。
この男を信用していいのだろうか。
リョウマはレオンの爽やかな笑顔の裏に、何か嫌なものを感じていた。
「ねぇこの人嫌がってない? 無理に誘わなくてもいいよ。それにこの人がいなくても、レオンが守ってくれるんだし」
「そうです。それに汚らわしい異国の民と行動を共にするなど……」
女二人がリョウマに蔑みの言葉を吐く。
邪魔な男を排除したいのだろう。
女というのは好きな男以外には、冷たいものである。
「おい、二人ともダメだろ。そんなこと言っちゃあ。それに巣に潜るってなると、俺だけじゃ万が一もありうるだろ? それに何かあった時も彼がいれば、俺たちだけでも逃げれるだろ」
「……レオンがそう言うならいいけど」
「確かに、肉壁はいても損はありませんね」
「だろー?」
聞こえているぞ、とリョウマは心の中で呟く。
半端な小声で相談するくらいなら、堂々と言ってくれた方がまだいいというものだ。
(とはいえ、この話自体は悪くない……か)
レオンの提案に乗り冒険者として実績を積むのは確かに悪くない手に思えた。
今のリョウマには他に取れる手がほとんどないし、何より見知らぬ人と任務の為に行動を共にするのは、とても冒険者っぽく思えた。
決意したリョウマはレオンの手を取る。
「俺でよければ……よろしく」
「おお! よろしく頼むぜ! リョウマ」
強く両手で握りしめるレオンと冷たい視線を向けてくるリファとメアリス。
そんな彼らに若干の不安を覚えつつも、リョウマは冒険者としての一歩を踏み出したのだった。
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