第4話 料理人冒険者

 ぴちょん、ぴちょん、と水滴の落ちる音でリョウマは目を覚ます。

 ここは一体何処だろうか。どうにも記憶が曖昧である。

 辺りは暗闇、次第に目が慣れてくると、岩場やスライムの破片、燃えた跡が残る壁が見えてきた。

 それと共に記憶も鮮明になっていく。


「そうだ、ジュエルスライムに追い詰められて……」


 逃げようとしたところ、炎に阻まれたのである。

 あれはルファの仕業か。レオン辺りが命じたのだろうが……中々徹底した逃げっぷりじゃないか。

 リョウマは彼らの「勇敢さ」に苦笑する。


「しかしわからん……火が近くにあったから襲われなかったのか……?」


 手にしていた松明は燃え落ち、地面に黒い跡を残していた。

 確かに魔物は火を恐れるが、この程度の火をあのジュエルスライムが恐れるとは考えにくい。


「他の要因がある……?」


 考えても答えは出るはずもない。

 そう結論付けたリョウマが入り口を目指そうと立ち上がった瞬間である。

 目の前に何か、巨大なものがいた。


「うわおっ!?」


 驚き飛び退いたリョウマが見たのは、ジュエルスライムである。

 ジュエルスライムはリョウマを見下ろしたまま、動く様子はない。


「……何で襲ってこないんだ?」


 不思議に思い辺りを見渡すと、リョウマの前に小さなスライムがいることに気づく。


「ん、このスライム、あの時の……」


 スライムの透けた体内には、半分消化された具材が見える。

 先日、レオンらに投げ捨てられたおでんを食べていたスライムであった。

 スライムはリョウマに気づいたのか、すり寄ってくる。


「ぴっ! ぴぴぴっ!」


 そして身構えるリョウマの前で、スライムは色々と身体の形を変え始めた。

 飛び跳ね、身体をうねうねと変化させ、どうやら何かを伝えたいようだ。

 その意図や如何に……思案していたリョウマだったが、その意図に気づく。


「……お前、もしかして俺の作ったおでんが食べたいのか?」

「ぴっ! ぴーっ!」


 スライムはこくこくと頷くと、嬉しそうに飛び跳ねる。

 見ればジュエルスライムも頷いていた。

 もしやこのスライムは、俺におでんを作らせるべくジュエルスライムを止めていたのだろうか。

 リョウマは思わず考え込む。

 ……とはいえあり得ぬ話ではない。

 魔物というのは意外と意思疎通をするし、人間の作る料理に興味を持つ事もある。

 リョウマのいた異国では、魔物と心を通わす者もいた。


「……となればまぁ、やるしかないか」


 ジュエルスライムにおでんを食べさせれば、その隙に逃げられるかもしれない。

 そう考えたリョウマはアイテムボックスから食材、調理器具を取り出す。

 スライムたちにじっと見られながらの調理。

 リョウマは緊張しつつも慣れた手つきで切った具材を煮込んでいく。

 そして待つことしばし。


「よし、完成だ」


 鍋蓋を取ると、もくもくと上がる湯気と共にいい匂いが辺りに漂う。

 ジュエルスライムはざわざわと震え、興味深げに鍋を覗き込んだ。


「まぁちょっと待て。すぐよそってやるからよ」

「ぴぐぅ……」


 リョウマの言葉を理解したのか、大人しく待つジュエルスライム。

 先刻まで襲われていたリョウマとしては、何とも拍子抜けていた。

 というか会話が通じることに驚きである。

 確かに高位の魔物は人とコミュニケーションを図ることも可能らしいが……


 ともあれ器にたっぷりと、おでんを注ぎ入れる。

 真っ白な湯気の立ち上るそれを差し出され、ジュエルスライムはすぐさま飛びついてきた。


「ぴぎーっ!」

「こら、行儀悪いぞ」


 器ごと飲み込もうとするジュエルスライムを、リョウマは嗜める。

 まるで主人に叱られる子犬のようだとリョウマは思わず苦笑してしまった。

 手本を見せるべく、器を両手で持ち、口元で傾ける。

 ずずず、とすすり音を上げながら、リョウマはおでんを飲み干していく。


「……こうやって食べるんだ」

「ぴぃ!」


 触手を使い、ジュエルスライムは同じようにおでんをすする。

 若干ぎこちないではあるが、あまりにも美味そうに食べるジュエルスライムを、リョウマはじっと見ていた。

 やがて食べ終わり、器を地面に置くのを見て我に返る。


「やべ、 逃げるの忘れてた……!」


 おでんを与えて逃げる算段だったのに、あまりにもスライムらが美味そうに食べるものだから、つい見入っていたのである。

 自身の愚かさを呪うがもう遅い。

 ジュエルスライムは鎌首をもたげ、リョウマの方へと触手を向ける。


「くそ、やるしかないか」


 覚悟を決めて腰の刀に手をやるリョウマだったが、どうもジュエルスライムからは全く敵意を感じない。

 ジュエルスライムは触手をゆっくり、リョウマに差し出す。


「ぴぎ!」

「手を……出せってのか?」


 おずおずと手を差し出すリョウマ。

 そこへジュエルスライムが置いたのは、宝石だった。

 ルビーかサファイアか、よくわからないがとにかく大粒の宝石にリョウマは目を見張る。


「俺にくれるのか?」

「ぴぎ!」

「食事の礼、か。意外と礼儀正しいなお前」

「ぴーぴー!」


 同様に、スライムも体内から取り出した薬草をリョウマに差し出してきた。

 二匹の礼にリョウマは胸が熱くなる思いだった。


「なんか、その……ありがとな」

「ぴーぎー!」


 宝石と薬草、リョウマが受け取ると、二匹は手を振り洞窟の奥へと消えていった。


―――――――――――――――――――――


「くそ! 塞がってやがる!」


 洞窟の入り口は大岩で埋まっていた。

 思い切り拳で叩いてみるが、音は沈むように深く響くのみだ。

 かなりの分厚さ……どうやら掘って出る事は難しそうである。


「やれやれ、どうしたものかな……ん?」


 背後の気配に気づいたリョウマは、振り返り身構える。

 ぞろぞろと現れたのは、ジュエルスライムを筆頭とする魔物の群れであった。

 襲ってきた――――? 身構えるリョウマだったが様子がおかしい。

 戦意などは全く感じられず、魔物たちは小汚い器のようなものを手にしていた。


「ぴぎーぴぎー!」


 ジュエルスライムの号令で、魔物たちはリョウマの前に一列に並ぶ。

 そして一様に期待のまなざしを向けた。じいいいいっと、魔物とは思えぬキラキラとしたまなざしだった。


「……俺の料理が食べたい、と?」


 こくり、と魔物たちは頷く。

 大方ジュエルスライムが、自分の事を他の魔物に広めたのだろう。

 これだけの数、逃げることなどはとても出来なそうである。

 リョウマはやれやれとため息を吐く。


「仕方ない、か」


 こうなればヤケというものだ。

 早速調理を始めるリョウマだったが、その手が止まる。


「……食材が心もとないな」


 先刻、ジュエルスライムがしこたま食べたせいでリョウマのアイテムボックスには食材がほとんどなかったのだ。

 はてさてどうしたものかと思案するリョウマの眼前で、ジュエルスライムが体をゆすり始めた。


「ぴぎー! ぴー! ぎー!」

「ちょっと待ってろ、今考えてるから……ん」


 リョウマの足元に食材がごろごろと転がり落ちてくる。

 ジュエルスライムの吐き出したのは豚肉に季節の野菜、それに果物まである。

 どこから手に入れてきたのかと若干疑問に感じつつも、リョウマは深く考えないようにした。

 村から盗んだか冒険者から奪ったか、どちらかだろう。それを問題視するつもりもない。


「この材料ならあれが作れるか」


 そう呟くとリョウマは大鍋を取り出し、切り刻んだ大根、人参、豚肉を放り込んでいく。

 ぐつぐつと煮えたぎる鍋をかき混ぜながら、下味を整えていく。


「最後に味噌を入れてかき混ぜて……豚汁の出来上がりだ」


 豚汁のいい匂いが辺りに漂い、魔物たちはにわかに色めき立つ。

 進み出る魔物たちの持つ器にリョウマは豚汁を注いでいく。


「ほら、熱いから気を付けろよ」

「グルゥ!」

「おっ、お前らもくれるのか?」

「ガルガル!」


 豚汁を受け取った者は、リョウマにアイテムを手渡していく。

 ココの実、ミレレ草、古びた箱、羊皮紙のかけら……魔物の落とすアイテムを惜しげもなくだ。


「これで終わり、だな」


 最後の魔物に豚汁を振る舞うと、丁度大鍋は空になった。

 魔物たちが満足げに帰っていくのを見送るリョウマの足元には大量のアイテムが転がっている。


「うーむ、こんなに沢山アイテムボックスに入らんな。幾つかは使っておこう」


 ひょいひょいと仕分けするリョウマ。

 殆どは大したことのないアイテムばかりだが、その中から幾つかの木の実を見つける。


「とりあえず適当に食べておこう。俺も腹が減ったしな」


 木の実をまとめて鍋に入れ、油と共に炒めていく。

 香ばしい煎り豆の完成だ。

 アツアツのそれを、リョウマは豪快に掴んでは口に入れていく。


「あっちあっち、はふはふ、たまには煎り豆もいいもんだ……にしてもなんか身体が熱いような……」


 自身に力がみなぎる感覚。

 だがリョウマはそれを気に留めなかった。

 魔物の落とすアイテムには筋力や敏捷など、いわゆるステータスを一時的に上げるアイテムがあると聞く。

 その効果であろう、すぐに戻るだろう、気にする必要はなかろう、と。


 しかし、リョウマの食べた実は永続的にステータスを上昇させる効果をもっていた。

 実はこれ、実の状態によってステータス上昇の時間が異なるのである。

 まだ青ければ1時間、通常でも三日程度だが、完全に熟した実であれば十数年……ほぼ永続的な効果を持っている。

 これをただの鑑定で見破るのは困難で、専門の鑑定職でなければ確実には判定できない。

 見分けのつきにくさとレア度の高さで、市場に出せば一粒で数か月は暮らせるであろうレアアイテムである。


「ふう、少し疲れたな。……寝るか」


 そんなことはつゆ知らず、リョウマは目を閉じるのだった。

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