第3話 おきざり冒険者

「おーはよっ! くず鉄さん」

「おいやめろって言ってるだろルファ……ぷふっ」

「そうです。失礼ですよ……くすくす」

「……おはようさん」


 とても上機嫌そうな三人に、一応の挨拶を返す。

 先日の「呼び名」がよほど気に入ったようだ。

 ガキかよ、とリョウマは呆れ果てながらため息を吐く。


「さーて、この程度のクエストなら今日中には終わらせたいところだな」

「でもスライムの巣って、どこかな? この辺りだとは思うけど」

「ふっふっ実は今朝早くに見つけたんだよ」

「おーっ流石レオン! すごーい!」


 見つけたのは俺だけどな、とリョウマは心の中で呟く。

 早朝、全員が眠ってる中、日課の素振りをやっていると地面に落ちたおでんをスライムが食べているのを見つけたのだ。


 自分の作ったものを美味そうに食べるスライムを斬る気にもならずスライムを見ていると、草むらの穴に入っていったのである。

 覗いてみるとそこがスライムらの巣だった、というわけだ。

 図らずとも巣を見つけたリョウマは起きてきたレオンにその話をし、まんまと手柄にされてしまったというわけである。


 だがリョウマとしてはそれをわざわざ言う必要も感じなかった。

 あの女どもがどうせまたイチャモンをつけてくるのがわかっていたからである。

 「レオンが見つけたのに主張するなんて、さいてー」とかなんとか。

 そもそもアピールする必要も感じない。リョウマは一刻も早くクエストを終わらせ、彼らと別れたかった。


(もはやこいつらには何も期待しない。だが俺が冒険者として経験を積む為にとことんまで利用してやる……!)


 パーティーで任務をこなし、一定以上の貢献度を得れば冒険者のランクは上がる。

 銅等級以上の冒険者になれば一人でもギルドの依頼を受けることが出来るようになる。

 そうなればお別れの短い付き合い。リョウマはそう割り切ることにしていた。

 だからそれまではあまり波風を立てず、適当に任務をこなしていった方がいい。

 腹は立つが、それが断然うまいやり方だ。


「よーしみんな。それじゃあ巣の中に入るぞ。みんな、俺に続け」


 無警戒にずかずかと入っていくレオン。

 何があるかもわからない魔物の巣に、正面から堂々と入っていくその命知らずさに、リョウマは絶句する。

 しかも煌々と灯りを持って……命知らずにも程があるだろう。

 眩暈を覚えるリョウマの先をルファとメアリスが行く。


「何やってんの! トロくさいわね!」

「置いていきますよ。くず鉄さん」


 まだ入ってもいないのに隊列がバラバラである。

 注意の一つもしようかと思ったが、ルファとメアリスもさっさと姿を消してしまった。

 暗闇の中に消えていく二人を見ながら、リョウマは舌打ちをする。


「ちっ、もうどうとでもなれだ」


 ここまで来て、引き返すわけにもいかない。

 それに彼らも一応は冒険者、魔物の巣に入るのも初めてではないだろう。

 きっとそうに違いない。多分、恐らく。

 自らにそう言い聞かせ、リョウマも後を追うのだった。


「ふむ、中は思ったよりも深いな」

「大きな巣なのかもね。お宝、期待できそうかも♪」

「その割に、魔物が少ないわね。運がいいかも」


 呑気な事を言いながらずんずん進んでいく三人。その少し後ろを歩きながら、リョウマは警戒を強めていた。

 穴の幅、深さから見て、恐らくここはスライムの巣ではない。

 他の魔物の巣にスライムが住み着いた形なのだろう。


(ゴブリンかオークか……知能のある魔物であれば罠を仕掛けてくる可能性もある)


 待ち伏せや隠し通路からの挟撃にも注意せねばならないだろう。

 故に、最後尾は全力で警戒せざるを得ない。


「ちょっと! 何ノロノロしてるの!」

「五月蝿い! そっちも少しは警戒しろ!」


 声を荒げるリョウマにも、三人は冷笑を返すのみだ。


「ぷぷっ、びびってるわ彼」

「そういうな。俺たちも初めての頃はあんなもんだったさ」


 好き勝手な嘲笑が聞こえてくる。

 尤も、リョウマは何と言われても警戒を緩めるつもりはなかったが。

 彼らとの距離が離れているのも気にはしなかった。

 死にたければ勝手に死ねばいいと思っていた。


 洞窟を奥へ、奥へと進んでいく。

 リョウマの心配とは裏腹に、罠や不意打ちなどはなく順調であった。


「みんな、こっちに来てくれ」

「なになに? 何かあったの?」

「灯りだ」


 レオンの指差す方、暗がりの奥に微かな灯りが見えた。


「行ってみましょう」

「用心しろよ」

「わかっているわよ。本当にビビりね。くず鉄」


 わかっているのかいないのか。

 リョウマの言葉はむしろ、逆効果のように思えた。

 もはや何を言っても無駄か、とリョウマはいつでも逃げれるよう腹積もりを決めていた。


 灯りは大きくなっていく。

 通路の先に広がる大部屋から放っているようだった。

 金色の光の正体を覗き込んだレオンらの表情が、変わる。


「うわぁー! すっごいよこれ!」

「あぁ……まさかこんな所にこれほどとはな」


 大部屋いっぱい、見渡す限りの金銀財宝。

 スライム系の魔物は落ちているアイテムを拾い集める性質があり、その巣にはお宝が眠っている事があるのだ。

 宝の山を目にしたレオンらは、まるで引き寄せられるかのように近づいていく。

 その中心、いかにもといった装飾剣に手をかけた瞬間、地響きと共に床が隆起し始めた。


「きゃあああああっ!?」

「な、なんだ! 何が起こっている!?」


 隆起した地面からせり上がって来たのは、光り輝く巨大なスライム。

 ――――ジュエルスライム。

 宝石類を好んで集めるスライムで、更にそれを餌に獲物をおびき寄せ、食らうという習性も持っている。


「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」


 どぷん、とレオンらの足元が沈む。

 ジュエルスライムが獲物の吸収を始めたのだ。

 彼らの足が煙を上げ、溶けていく。


「ああああああっ! 熱いっ! 熱いよおっ! 助けてレオンっ!」

「く……そおっ! 俺だって、熱いんだよっ!」

「いやっ! こんな……い、痛いっ!」


 三人は混乱し、ジタバタとのたうつのみだ。

 足元からの強襲を受けた獲物は、何が起きたかもわからぬうちに溶かされ、吸収されてしまう。

 これがジュエルスライムの狩り。


 だが警戒し、宝石の山に近づかなかったリョウマには、その一部始終が見えていた。

 手にしていた松明を投げ、三人の周囲を照らす。


「火の魔法だ! 足元に、早くっ!」

「……っ! ひ、ヒートクラッシュっ!」


 リョウマの声にハッとなり、ルファは足元に炎を放つ。

 炎球が渦巻き、ジュエルスライムを焼いていく。


「ピギィィィィィ!?」


 苦しそうにのたうち、ジュエルスライムは三人を投げ出した。

 地面に叩きつけられた三人は、痛む身体に鞭を打ち、入り口の方へと走り出す。


「大丈夫か!?」

「そんなわけないだろう! あんな化け物に喰われかけたんだぞ!」

「そうよ! 私が機転を利かさなきゃ、どうなってたか……アンタも無事なら少しは働きなさい!」


 リョウマが声を掛けるまで慌てふためいていたのを棚に上げ、ルファは罵声を飛ばす。

 だが議論している暇などない。

 ジュエルスライムは、この辺りには現れるはずのない、上位の魔物だ。

 リョウマらが相手にするには、厳しい存在…… ここは逃げの一手、レオンらもそれは理解していた。


「てめぇらが退路を確保しろ、俺がしんがりを務める」


 リョウマはそうレオンらに言い放つ。

 有無を言わせぬ迫力。だが今すぐにでも逃げたかったレオンらにとっては渡りに舟だった。


「そ、そうか! 頼んだぞ!」

「しっかりしないと許さないわよ!」

「早く行きましょう」


 リョウマは走り去る三人を振り返らない。

 敢えてしんがりを引き受けたのは、負傷したレオンらでは勤まらぬと思ったからだ。

 それにレオンらは先刻恐怖に駆られたばかり、退路であれば懸命に切り開くだろうと。

 もくろみ通り、逃げ足だけは速かった。


「ピギギギギギギ……!」


 ざらざらと宝石を落としながら、ジュエルスライムはリョウマの方へと這い寄ってきた。

 じわじわとその巨体でリョウマを包囲していく。

 触手が伸び、リョウマを捉えるべく襲い掛かってきた。


「……望むところだ」


 リョウマはそう呟くと、ゆるりとした動作で腰の刀に手を載せる。

 鍔の鈴がしゃりんと鳴った。


「ピギィィィアアアアアア!!」


 ジュエルスライムが四方から触手を伸ばし、リョウマを襲う。

 と、ほぼ同時にリョウマは刀を振り抜いた。

 銀色の軌跡が空間を舞い、それに触れた触手が寸断されていく。


 スライム種というのは斬撃に耐性があり、切って落とせるようなものではない。

 基本的に魔術かそれを付与した攻撃でなければ、強固な粘体であるその身体は傷一つつかないのだ。

 ジュエルスライムとリョウマのように、レベル差があるならなおさらである。


 ――――にもかかわらずの一刀両断。

 その理由はリョウマの手にした武器――――刀にある。

 良質の鋼を丹念に折り重ねた異国の伝統的な武器、その切れ味は一般的な西洋剣とは比にならず、ジュエルスライムの身体をも切断可能としていた。

 無論、相応の技量も必要なのは言うまでもない事だが。


(とはいえ長くはもたない、か)


 リョウマが手にした刀を見下ろす。

 刀身には粘液がこびりつき、斬れ味が鈍くなりつつあった。

 これ以上時間を稼ぐのは厳しいか。

 そう判断したリョウマは、入口の方へとじりじり退いていく。


 幸いというか、ジュエルスライムもリョウマを警戒していた。

 あらゆる攻撃を阻む自身の身体が容易く切り捨てられるなど、初めての経験だったからだ。

 結果、ジュエルスライムの攻撃は緩み、リョウマが逃げる隙が生まれる。


(今だ!)


 踵を返し駆け出すリョウマ。

 一目散に脇目も振らず、元来た道を全力で走る。

 ちらりと後ろを振り返ると、ジュエルスライムが追ってきていた。

 だがその距離は相当に開いている。

 逃げ切れる、そう確信したリョウマの脚が、止まった。


「なんだ……こりゃあ……?」


 愕然するリョウマの目の前には、通路いっぱいの炎が燃え盛っていたのである。




「ほ、本当に良かったの……?」

「仕方がないだろう。他に方法はなかった」


 ルファの問いにレオンは歯噛みする。

 ジュエルスライムは到底自分らの戦える魔物ではない。

 ましてや、鉄等級であるリョウマにそう時間が稼げるはずがない。

 そう判断したレオンは、ルファに命じ通路に炎を放たせたのである。


「でも……こんな事……うぅ……」

「ルファが気にする事はない。僕の命令を聞いただけなんだから」

「……レオンっ!」


 抱きつくルファの頭を、レオンは優しく撫でる。

 メアリスも慰めるように二人の背を抱く。


「仕方がなかったのです。誰も悪くはありません。強いて言うなら運が悪かったのです」

「あぁそうだ。リョウマだって許してくれるさ」

「ぐすっ、そう……よね」

「入り口は塞いでしまいましょう。これ程の魔物が外へ出てはいけませんから」

「メアリスの言う通りだ。……ルファ、入口を壊してもらえるか?」

「うん……」


 ルファの放った炎で洞窟の入り口は崩れ、埋まっていく。

 かくして三人は、恐るべき魔物から無事逃げ延びることが出来た。

 尊い犠牲を払いはしたが、とにかくである。

 彼らはリョウマにせめてもの鎮魂歌を捧げるのだった。

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