第8話光があった。そして。
「おかえり、悪い子」
聞き覚えのある声が耳を打つ。
闇に包まれていた筈の視界は、焼けるような真っ白い光に包まれている。
それだけだ。細い指は手から離れ、頭を撫でる優しい手のひらは何処にもない。
――僕は、いったい?
「言っただろう、君は赦されたと。天国に行く唯一の方法は、赦されることさ。君は一度赦されたからね。漸く人間として、一段上に登ったというところかな。どうだい、気分は?」
「……八瀬さんは?」
「彼は彼の森に戻ったよ。また、次のビクターを待つのだろう」
「そう、ですか……」
「気分は?」
「悪くない、ですかね。何だか、答えを得たような気がします」
「そうかい。それはそれは、反省してくれたようで何よりだよ。では、現実に戻りたまえ。君の辛く厳しく、救いを目指す旅路に」
「……ありがとう」
嫌味みたいな天使の言葉に、僕は確りと頷いた。
僕は、赦された。頑張らなくても良いのだと教えられた。だから、頑張れる。生きていける。
笑って、怒って。そして今度は、誰かに泣いてみよう。そうすれば、きっと。
光が遠退いていく。
目に違和感がある――眼球が、戻ってくる。
僕は目を開いた。そして。
「……え?」
遥か眼下に、豆粒みたいな人とジオラマみたいな町並みが見えた。
僕は――飛んでいた。
「何を驚いているんだい、言っただろう、『漸く人間として、一段上に登った』と。ところで。君はビルの何段目から飛び降りたのかな?」
「あ、あああ……」
「因みに、今回が初めてじゃあないよ? ほら、反省の結果時が戻るから、学んだことも戻るんだよね。お陰で脳も焦げ付いてきたかな?」
「ああああああっ!!」
「そろそろ忘れるだろうけど。そうだ、最後に一つだけ。五万九千六百八十九回目の反省お疲れ様」
「この、悪魔!」
天使は、嬉しそうに笑った。
【下へ下へ下へ下へ下へ下へ下へ下へ下へ下へ下へ下へ】
「やあ、悪い子。調子はどうだい?」
その声に、僕はいつの間にか閉じていた目を開いた。
今、何をしていたんだっけ。ぼんやりと見上げた天井は、遥か彼方のアスファルト。
そうだ。
何故だか飛び降りた瞬間を忘れていたけれど、僕は、死ぬことにしたんだった。
とすると、これは噂に聞く走馬灯という奴か。
時間にすれば数秒の地上への旅は、どういうわけだかジリジリと、カタツムリのような愚鈍さで僕を運んでいた。
「何をしたのか覚えているかい、悪い子。どうしてこんなところにいるのだか、君の焦げかけた脳味噌は覚えているかな?」
……とすると、これは何だろうか。地面へ逆しまに走る僕の真横で、冗談みたいな美形の少年が、やれやれとばかりに肩を竦めているのは。
軽くウェーブした髪は、粗悪な人工染料で染めたのとはまるで違う、黄金みたいな金色で。
あどけない表情を浮かべるのは、日本人離れした彫りの深い顔立ち。真っ直ぐ僕を見詰める深い碧眼が際立つよう、肌は白すぎる白さである。
身に纏っているのは、その肌が褪せるほどの純白。軽く風を孕んで波打つそれは、ゆったりとしたデザインのローブ。
そして、何より冗談みたいなのは。
その背に生えた、巨大な翼。
中世の宗教画から飛び出してきたような、問答無用に天使みたいな存在が、僕の横を並走していた。
「もしもーし、聞いているかい?」
そんな、異常に目を引く少年の見た目よりも、何故だかその声が妙に気になった。
何度も何度も。
飽きるほど聞いたような、けれども全く思い出せない美しい音色。
清らかさの権化みたいな涼やかな音なのに、底意地の悪さが滲み出ている声。
「……悪魔?」
僕の言葉に。
さらば闇の光 レライエ @relajie-grimoire
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