子どもだけに与えられるはかない奇跡

昭和初期、炭鉱街で暮らす少年ふたりのひと夏の交流を、繊細で透明度の高い筆致で描いた作品です。

スクリーンの中の女優「マリア」を、「あれは僕なんだよ」と言う葛城。
それを純粋に信じた岸沼は、マリアと葛城と、どちらに惹かれたのでしょう。

葛城の家庭環境は詳しく語られませんが、おそらく(岸沼とは違って)貧しいのだろうとさりげない描写から察することができます。
彼にとって弁士のいない無声映画は、ほかの誰かになれる特別な時間だったに違いありません。
けれどもその「特別な時間」は、子どもだけに与えられるはかない奇跡です。

時間は子どもを大人にし、時代は過去を暴力的に押し流していく。
その波間に一瞬かがやいた、花火のような物語でした。

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