無声映画を聴きながら

淡島かりす

炭鉱町の映画館

 僕が育った町は、貧しくて汚い場所だった。

 かつては炭鉱として栄えたようだが、採れる石炭も少なくなって、どんどんと人が消えていった。

 引っ越す金もなくて、無様に町にしがみついている大人たちに、僕達は仕方なくぶら下がっているようなものだった。

 町はいつも油の匂いでまみれていて、女たちは白粉くさい顔に厚ぼったく紅を塗って男に媚びを売る。バスに乗れば炭鉱で働く男達の、汗臭い嫌な空気が満ちていた。

 そんな町で産まれ落ちたにしては、僕は比較的恵まれていたほうだろう。父は炭鉱会社の役員であったし、母は和裁の資格を持っていた。東京の中流家庭から見れば貧乏なことに違いはないのだが、それでも僕はその町では上等の方にいれたのだ。


 あれは昭和五年のことだった。炭鉱町の夏は例年通りジメジメと重苦しくて、人々はいつに増して死んだ魚の目をして歩いていた。白粉お化け達は汗と共に落ちていく白粉を指で掬いあげては、再び顔にこすりつけることを繰り返していた。

 十一歳だった僕は、母からもらったなけなしの五十銭を握りしめて、町外れにある映画館へと急いでいた。少し小高い山の上にある映画館は、明治時代に作られたとかでずいぶん古く、でも立派で、かつてこの町が栄えていた事実を僕に教えてくれていた。

 ひび割れたレンガ造りの建物に入る。受付にはしわくちゃのお婆さんが座っていた。理由は知らないが、皆から「キャシー」と呼ばれている。元芸者だったというが、面影はない。仏頂面のキャシーに僕が五十銭を差し出すと、黙って押し返された。


「どうして?」

「子供が見てもつまらないからやめておきな。大人が見てもわからないんだから」

「でも僕、観たいンだい」

「じゃあ勝手におし。その代わりつまらなくても文句を垂れるんじゃないよ」


 つっけんどんに言われては、僕も思わずムッとした。しかし映画はすぐに始まる。僕は慌てて受付を通り過ぎると、薄暗い館内に滑り込んだ。

 十畳ほどの部屋に、木で出来た長椅子が並んでいる。僕の他には誰もいない。新しい映画が来ると聞けば、いつも満席になるのに、一体どういうわけだろう。

 怪訝に思った僕だったが、その謎はすぐに解けた。

 その映画には弁士べんしがいなかったのだ。


「なんだい、つまんないの」


 スクリーンの中では、どこかの外国の町並みが映し出される。

 綺麗な女が笑ったり喋ったりしているが、その時に画面に出される字幕は、全然知らない言葉だった。

 いつもは映画に合わせて弁士が説明をしてくれるのだが、どういうわけだか今回は用意が出来なかったらしい。

 理解が出来ない映画なんかつまらなくて仕方ないけど、僕はそこに座り続けていた。この綺麗な女の人が、裸になったりしてくれないかな、とか期待していたのだ。

 外国人の女の人は綺麗だ。皆綺麗なんだろうか。母と違ってスラッとした体をしている。高い鼻も大きな瞳も素敵だ。

 暫く見とれていると、誰かが隣に座った。僕がそちらを見ると、同級生の男児がいた。


葛城カツラギ


 僕がその名を呟くと、葛城は薄汚れた顔をこちらに向けて、白い歯を見せて微笑んだ。

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