無声映画を聴きながら

作者 淡島かりす

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★★★ Excellent!!!

昭和初期、炭鉱街で暮らす少年ふたりのひと夏の交流を、繊細で透明度の高い筆致で描いた作品です。

スクリーンの中の女優「マリア」を、「あれは僕なんだよ」と言う葛城。
それを純粋に信じた岸沼は、マリアと葛城と、どちらに惹かれたのでしょう。

葛城の家庭環境は詳しく語られませんが、おそらく(岸沼とは違って)貧しいのだろうとさりげない描写から察することができます。
彼にとって弁士のいない無声映画は、ほかの誰かになれる特別な時間だったに違いありません。
けれどもその「特別な時間」は、子どもだけに与えられるはかない奇跡です。

時間は子どもを大人にし、時代は過去を暴力的に押し流していく。
その波間に一瞬かがやいた、花火のような物語でした。

★★★ Excellent!!!

舞台装置として完璧に機能する世界観設定。

大人たちが作り出し、閉塞してゆく世界との対比として描かれる、少年二人の、世界への渇望と、渇望しているからこその輝き。

そして、あの結末。

途中、役を演じるその演者を見る、その演者と話す、その演者と演じている役として本人と話す、という難しい位置関係のシーンもさらりと書きこなす、ゆるぎない文章力があったればこその今作と思います。

そして迎える、あの結末。

この美しくも儚い世界が、どこへどのように落着するのか。ぜひ皆さん体験してください。

★★★ Excellent!!!

昭和の初め、薄汚れて寂れた炭鉱の町。
少しだけ裕福な家の子である「僕」はある日、
弁士のいない映画館で同級生の少年と出会う。

彼はその映画の内容をすべて知っているという。
なぜなら、彼こそが主演女優「マリア」だから。
それが真実か嘘か、「僕」は試すことにする。

思春期に入ろうとする年頃の少年、ふたり。
「僕」は何かに対して熱い想いを知りかけるが、
それが一体何であるのか──不思議な余韻が残る。

★★★ Excellent!!!

>少年はスクリーンに映しだされる女優を指差して言った。

>――あれは僕なんだよ。

不可思議なシチュエーションが、あらすじで提示される。
ミステリー? ファンタジー? SF? 興味を覚え、読み始め、止まることなく読みきった。

主人公は語り手でもある岸沼。炭鉱町に暮らす比較的裕福な少年。
そして彼が夏休みの他に客もいない映画館で出会ったのは、同級生の葛城だ。貧しく、映画館で雑用をして日銭を稼ぐ彼は、しかし美しい声の持ち主で、冒頭の不可解な台詞を口にする。
無声映画。弁士もいない。外国の映画だからストーリーもわからない。だが葛城は女優の台詞を生き生きと吹き替えてみせる。彼に導かれ、岸沼はその映画を毎日少しずつ観進めていくことになった。

無声映画を観る。白黒の画面に映る異国の女優の美しさに魅せられる。そして同時に葛城の声を聴く。彼の紡ぐ声と物語に心惹かれる。岸沼を捉えたのは、果たしてどちらか。
奇跡のような時間にはやがて終わりが訪れる。結末は苦い。けれど彼らにとって一生忘れがたい出来事となったのは……その苦みがそこまでの甘美さをより強く引き立てたからなのではないか。そんなことを思った。

★★★ Excellent!!!

無声映画を見にいった少年と、その映画にアテレコする少年、二人の物語です。
丁寧な描写が透き通った水のような美しさをもって、二人の少年の、映画を交えた交流を紡ぎあげます。

彼が惹かれているのは彼なのか彼女なのか。
「僕は彼女だ」「君は特別だから」と繰り返す彼の真意は。

決して戻ることのできない幼い想いを切り出した透明感を、是非とも堪能していただきたい作品です。

★★★ Excellent!!!

「一瞬の煌めきを切り取った」という表現を使われることは多いもの。それは食レポにおけるレトロな店の料理を「どこか懐かしい味」と書いてしまうほどに、安直に出てくる表現でもあります。でもこの作品は人のいない映画館という、映画好きならワクワクしてしまう状況に甘えず、光の向きと当たり方をうまく利用して閉鎖空間の淫靡さと、自分と別の客体とを行きつ戻りつする少年に向ける主人公の視線を導いてくれます。
 どう見ても苦しい状況にある少年が見せる、自分ならざるものに一時変化する色気。それを共有する、共犯者の主人公。この先も続いていく少年の貧しき人生、という連続したフィルムと、切り出した美しいスチール写真。その色合いの変化も美しい一本。