第十二話
それにしても、景壱君の発言は矛盾していることが多いと思うのです。彼はいつでも真実を見極めて、真実を知って、真実に基づいて行動をしているはずなのです。それなのに、今日はいつもより矛盾していると思います。それでも、私には矛盾点を指摘できないのです。もしかしたら、矛盾していない可能性があるからです。「あのメールの化け物は死んだ」と言っても、こうして化け物は増えている。矛盾しているのです。どうして増えているのです。私は熟考します。それは、ほんの少しの時間だったのかもしれません。それでも、私にとっては長い時間そうして物を考えている時間が長かったように感じられました。
私はもう一度彼の言葉を思い出すのでした。あのメールを見た者は、強い殺人衝動に駆られるという話だったと思います。殺人方法は模倣されて、殺された被害者は、メールに添付されていた写真のような死体となる。そして、その殺人はメールによって連鎖していく。獲物となる人間は、メールの受信者。しかし、メールの受信者は一定時間内に一定数の人間にメールを転送すると、助かる。助かる理由としては、「位置情報を報せるシステムが組み込まれている」という話から考えると、位置情報を報せられなくなる、ということになるのでしょうか。しかしながら、これだとあのメールを読んだ者全てが殺人鬼となってしまいますし、転送しなかった人間は死んでしまいます。そして、圧倒的に殺人鬼がネズミ算式に増えていきます。それを考えると、私は彼が最初に行った事が恐ろしく感じられてきました。1,000人に送られたメールの受信者が全て殺人衝動に駆られていたとしたら。嗚呼。滾ってしまいます。人間達は「人を殺してはいけない」と、法によって縛られている。欲求を抑えなければ、生きていけない。法を破れば、社会的に死んでしまうのです。ですが、私は人間の法に縛られることはありません。私は人間ではないのですから守る必要が無いです。嗚呼。嗚呼。これは良い考えです。位置情報さえわかれば、私も、人間を殺しに行っても良いのです。
かようなことを考えている間も、景壱君は何かを調べているようでした。ノートパソコンは閉じられていますが、紅茶を飲みながらタブレットを弄っています。自分で作成した化け物憑きのメールがどうなっているかの確認をしているのでしょう。あの化け物は人間を殺すようなものではないと思います。弐色さんも言っていました。「驚かせるにはちょうどいい」。ですが、あの空間で、あの闇に呑みこまれたら、精神が崩壊するのも時間の問題なのでしょう。私はあの空間で、あの闇の中で、自らが呑み込まれていく感覚を体験しました。無様に床をぐるりぐるり回る体験はもうしたくないと思います。見ている方は良いのですが、自分がするのは嫌です。人間が為す術も無く、
「景壱君。何をしているのですか?」
「メールの確認」
「景壱君の創った化け物は、1回のメールで1匹消えるのですか?」
「そう。1通送っただけでも、化け物は出現するようにしている。3人以上に送るような悪質な奴には何か別の事をしようと思ったけれど、今のところ……『これ見て』って感じに1人にしか送られてないんよな。やはり秒数をもっと長くするべきやったかな。それとも化け物の登場するタイミングを送信完了して一息ついた瞬間にする? いやいや、それやと面白くない。やはり送信完了と成った時に出現するべきやろ。それが最善のタイミング。お。そう言ってる間に、面白いことになってる。ククッ」
悪質って、10人に送るメールを1,000人に送った奴が言うセリフでしょうか。貴方の方がよっぽど悪質なのです。景壱君は楽しそうにタブレットを見ています。どのようなことが起きているのか私にはわかりません。それよりももっと血腥い刺激を私は感じたいのです。私は彼の腕に抱き着き、碧い瞳を上目遣いで見ます。タブレットから逸れた視線が私とかちあいました。彼は目をすーっと細くしました。
「あの化け物のメールと、俺の作成したメール。計2通を受信した幸運な人間がいる」
「人間にしたら不幸ですが、その方はどうなさったので?」
「ククッ。恐怖で布団にくるまってる。なんて幸運を持ち合わせてるんやろうね。ああ、こういう人間を俺は待っていた。この偶然を俺は待っていた。なんとも形容できない。あっはっはっはっは」
景壱君は目に涙が溜まるほどに美しく笑うのでした。私は彼にくっつくようにしてタブレットの画面を覗き込みます。電灯の消された暗い部屋で、ベッドの上に丸まっている人間がいます。この人間は、不幸なことに、化け物が来るメールと化け物憑きのメールが届いてしまったのです。ですが、景壱君の作成したメールは、送らないと化け物の活動が始まらないので、これについてはどうでも良いと言ってもいいでしょう。問題は、化け物が来るメールの方です。このまま置いておくと、この人間は化け物という名の殺人鬼に殺されることになります。私にとって、この人間はどうでも良いのですが、気になる事がありました。
「景壱君のメールは誰かに送らないと発動しないのですよね?」
「そう。でも、メールの文面が怖かったんか知らんけど、彼女は送るような仕種をしてない。というよりも送られへんのよな。メールやから」
「どういうことですか?」
「友達はいても、友達のメールアドレスを知らないから、送ることができない」
「そんなことってあるのですか?」
「あるんよ。ククッ。アプリばっかで連絡してるからこうなるんやね」
景壱君は再びノートパソコンを開くと、白いケーブルでタブレットとスマートフォンを繋ぎました。どうやらノートパソコンの画面で、彼女の事の行く末を見守る――と思ったのですが、彼は立ち上がると、棚からヘッドフォンにマイクがついているようなものを持ってきて、ノートパソコンに接続しました。これは珍しいですね。それほどまでに、彼女は、景壱君の好奇心を惹きつけられるように魅力的に見えたのでしょう。キーボードを叩くカチッと音がしたかと思うと、景壱君は口を開きました。
「助けてあげよっか――?」
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