第八話

「こやけ。おまえは、俺に『こんな話を知っていますか』と尋ねてきたな」

「はい。私の問いに景壱君は答えてくれていません。私はそれが引っかかっていました。次々と話を転がして、この家にまで辿り着くのがあまりにも早いように思えました。確かに、メールが呪いであると考えたのであれば、呪いについて詳しい弐色さんに聞くことが一番効率が良く、話が早いと思いました。しかしながら、結果は、弐色さんは知らないということでした。ここに化け物は入って来れませんでしたし、化け物の正体はわからないままです。それでも、先に1,000人にメールを送っていた景壱君は結果を見ているはずです。それに、『目を閉じないと見えないものもある』と言いました。ですので、化け物の正体もわかっているはずなのです。今こそ全てを私に教えて欲しいのです。気になって夜しか眠れなくなります」

「はあ」

 景壱君は溜息を吐くと、スマートフォンを私に差し出しました。写真が表示されています。人間が、襲われています。人間を襲っている化け物の正体は何かわかりません。彼が指を横に滑らせると、画面が切り替わりました。あのメールに添付されていた写真と同じだと思います。化け物に殺された人の写真。だとしたら、これがメールの最初の被害者だということになります。でも、それだとおかしいのです。最初の被害者の写真をどうして景壱君が持っているのでしょうか。

「人間は『猟奇殺人事件』と言っているみたいやね」

「これは、何なのですか?」

「殺人鬼に殺された可哀想な人間の写真やね。この殺人鬼は猟奇的な思想の持主みたいで、頭と身体を切り離すだけやと飽き足らず、腸を貪ってみたり、脚を切り刻んでみたり、そんなことをしてみた。まあ、見てて楽しかったかな」

「ちょっと待ってください。それでは、このメールは景壱君が作ったのですか?」

「いいや。このメールを作ったのは、この殺人鬼――化け物が、次の獲物を捜すために、作成したのが、これ。メールに位置情報を報せるシステムが組み込まれてるのを見た」

 殺人鬼が次の殺しの目標をつけるために、メールを作成した。そして、そのメールを景壱君が1,000人に送った。でも、ここには殺人鬼が来なかった。結界があったから。それでも――

「この殺人鬼が人間なのだとしたら、ここに来ること自体が不可能だったのではありませんか? 結界など無関係だったのではありませんか?」

「いいや。結界の所為で、位置がわからなかったってこと。そもそも最初から位置がわからなかったら来ることができないし、俺は殺人鬼を混乱させただけやね。きっと彼のスマートフォンは通知が鳴りやまないことになってる。ククッ、あんなに困っている姿見たことない。あっはっはっはっは」

 景壱君は、紫陽花のようにケラケラと笑うのでした。この笑顔は凍てつくような冷たさのある酷なもの。彼の心からの笑いは、嘲笑っているもの。他人の事などどうでもいい。全て自分の好奇心が満たされれば、何でも良い。人が死のうが、生きようが、彼には全く興味無いのです。知らないことを知った後は、興味を失ってしまう。だから、彼は、心の隙に入り込むような、真面目なものほど損をしてしまうような、残酷な化け物を創りだしてしまったのです。これで彼は人間の新たな反応を見て愉しむのでしょう。そうして毎晩悪夢で魘されれば良いのです。その姿を見ることこそ、私にとって至福の一時となりましょう。ザマアミロ。

「それじゃあさ、景壱は最初からメールの化け物が何かわかってたんじゃないの?」

 弐色さんがぼたもちのお皿を下げながら言います。確かにそうです。それなら最初から知っていたことになります。わざわざここまで来る必要が無かったのです。呪いでも何でもなかったのですから、無駄足なのです。私はある恐ろしいことに気付きました。同時に、弐色さんも気付いたのでしょう。苦笑いを浮かべています。そして、景壱君が口を開きました。

「知らない。俺はこのメールの存在は、知らなかった。でも、メールに位置情報を報せるシステムが組み込まれていることは、見てわかった。だから、俺は位置情報を得ている奴を調べた。すぐにわかった。ククッ、詰めが甘い。こんなんすぐに逮捕される。時間の問題やね。でも、その前にちょっと遊んであげた。ついでに、来ることができれば永久の安らぎを約束された。遊び相手も沢山おるんやから退屈しないと思った。それは俺の思い過ごし、結界に阻まれて俺たちの場所を彼に報せることはできなかった。それに、先に1,000人に送ったのは間違いやった。それほどの情報処理能力を人間が持っているわけがなかった。これは俺の失敗。慌てる奴を見て楽しんだだけやった。ここに殺しに来てくれたら、どれほど楽しめたんかなとは思うけれど、こやけが首を刎ねておしまい。そうやなくても、にーちゃんの蝙蝠に喰われておしまい。どっちにしろ、化け物は死ぬおしまい

 俺としたことが軽率な行動をしてしまった。もう少し考えてから悪戯を仕掛けたら良かったな。景壱君はブツブツと何やら呟いているのでした。やはり彼こそ私のご主人様に相応しいのです。嗚呼。脳が沸騰してクラリとしてしまいます。彼の傍にいるだけで、刺激的な狂気を味わうことができるのですから、これが興奮しないわけがありません。全身を電流が駆け抜けたかのように甘美な悪魔の囁きは、異常な程に私の心を締め付けるのです。

「そうだとしてもさ、何で僕にメールを送ってきたのさ」

「もしも、本当に呪いがかかっているんやとしたら、専門家に見てもらったほうが良かったから。結果的に、呪いは無かったみたいやね」

「そうだね。景壱が新しく作ったメールには、呪いがかかってるけど」

「2人ともご協力ありがとぉ」

 景壱君は再び笑います。私はともかくとして、弐色さんは何をしたのでしょう。「2人とも」と言ったくらいなのですから、彼も何かしら関与しているということになります。弐色さんがまじないを執り行ったとしたら、それは高度で純度が高く、強力なものです。人間など一瞬で屠り去ってしまうようなものさえ簡単にかけられるはずです。でも、私が会った化け物はとても弱かったです。弐色さんの呪いで作られたものだとしたら、弱過ぎるのです。

「弐色さんは何をしたのですか?」

「簡単だよ。メールにお呪いしたんだ。化け物不幸が訪れるようにね」

添付ファイル化け物はウイルススキャンで引っかからないし、自動的にダウンロードされるようになってる。そして、あのメールの本文を読み切るのは大概28秒程度。速い人はもっと速く読んでるかも知らんけど、仮令そうだとしても、添付ファイル化け物は既にダウンロードされている。表示された瞬間に、ソレは始まる」

 景壱君は歌うように言葉を紡いでくれました。こういう悪戯をすることが、彼は大好きなのです。ですが、なんの恨みもない人間を、ただの暇潰しのために殺してしまうとは、これが正気の沙汰か、貴方は悪魔に魅入られたのか、気が違ったのか。いったい貴方は、自分自身の心を空恐ろしく思わないのか。私には景壱君にかけたい言葉が沢山ありましたが、いずれも彼の耳に入ることはありません。私がいちいち声にしたところで、状況は変わらないでしょう。それよりも可哀想なのは、史子さんから教えてもらった方のメールの殺人鬼です。ここまで遊ばれていて、何が起きているか知ることができないのです。とても可哀想だと思います。



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