第九話

 さて、こうしている間も景壱君はスマートフォンを片手に物思いに耽っているようでありました。ニタリニタリと笑う彼の姿には、私も眩暈を起こしてしまう程度にはクラリとなってしまうのです。エエ。私はどうやら彼に心を奪われているようです。しかし、これは人間のつがいのようなものではありません。雄と雌が惹かれ合うとはよくある話ではありますが、景壱君と私の関係はそれとは別物。身体の凹凸を擦り合わせてナニしようが、彼は私の主人で、私は彼の使役精霊なのです。ですから、主従関係ということになります。主従関係に変わりはないのです。それにしても、化け物扱いしていた殺人鬼はどうなったのでしょう。景壱君の発言から考えるに、生きていることはわかります。そして、逮捕されるのも時間の問題です。メールを送らなかった人を見つけて、殺しに行ける行動力の高さは見習う所があると思うのです。

「景壱君。もう一度、史子さんから教えてもらったメールを私に送ってください」

「へ? どうして?」

「私は殺人鬼に会ってみたいのです」

「会っても、人間やで」

「会いたいのです。お願いします」

「はあ。にーちゃん。殺人鬼が来るから、鬼門を開いて」

「景壱はこやけに甘いよね」

「甘くない」

「弐色さんお願いします。貴方が必要なのです」

「必要とされちゃ、協力するしかないよねェ。こやけのご指名。いや、ご命令だもんね。わかったよ」

 弐色さんが袖を振ると、蝙蝠達が舞い上がって、彼の姿も消えていました。鬼門を開きに行ってくれたのでしょう。そして、私のスマートフォンがメールの受信を報せます。メールの本文は、先に送られてきたあのメールと同じ。これで後1時間すれば、殺人鬼がここに来るのです。楽しみです。景壱君を見ると、飽きれて物も言えないように気怠くしていました。10分程して、弐色さんが戻ってきました。

「おかえりなさい。有り難うございます」

「ただいま。どういたしまして。鬼門を開いてきたけど、必ずここに来れるとは限らないよ」

と、俺は言ったはずだけれど」

 弐色さんの言葉に景壱君がスマートフォンを弄りながら返しました。鬼門から入って来るのは、鬼と決まっています。しかし、鬼は何も角の生えている奴らのことばかりをさしません。誰の心にも鬼は巣食っており、人間でも鬼になる可能性を孕んでいるのです。それが、殺人鬼。人を殺す快感を知ってしまった鬼は、獲物を探しているのです。この殺人鬼はメールを利用してこの欲求を満たしています。メールが誰かに転送される度に、殺人鬼は自分の犯行を誰かに見られたという狂気的な興奮状態に陥ります。その狂気が彼にとって、たまらなく快感なのでしょう。

「楽しみです」

「うん……。順調に殺人鬼はこっちに向かってきてるみたいやね」

「場所がわかるの? さすがストーカーだね」

「人聞きが悪い事言わんといて。俺は観察してるだけなんやから」

 弐色さんの言葉に景壱君は素早く反応します。景壱君はスマートフォンを弄っています。たまにクスクス笑っているので、何か面白いことがあったのでしょう。私には彼の笑いのツボがわからないので、何に笑っているのかさっぱりわからないのです。人間が毒物を口に含んでしまった時も笑っていますし、命乞いをしている姿をみても笑っています。とても恐ろしいのです。

 時計の針はチクタク進んで、その時はやってきました。1時間経過した頃。庭に人影が現れました。目深に帽子を被ったショルダーバッグの男。景壱君はククッと喉の奥で笑いました。この人が化け物。件の殺人鬼で間違いなさそうです。弐色さんは溜息を吐きながら、庭に札を放っていました。どうやら境界を引いてくれたようです。これで、この男は、。私は嬉しさのあまりに笑いを堪えることができず、口角を上げながら庭に下りて、落ち着いているように、何も知らないかのように、こう言うのです。

「何かご用ですか?」

 すると、男はショルダーバッグから新聞紙に包まれた物を取り出し、私に突き刺そうとしたので、私はかわします。フム。期待外れですね。ここは油断させてからグサリとした方が良いのです。この殺人鬼にはここで死んで頂きましょう。そうすれば、こいつに殺された人間達の無念も晴れるやもしれません。そんなことよりも、私はこんなにも待たされて、やっと会えたのに、挨拶も無しに切りかかってくるところに苛立ったのです。こんな奴に殺された人間達が憐れに思います。嗚呼。私にも人間を憐れだと思う感情が芽生えたのでしょうか。これは由々しき事態です。この事を景壱君が知れば、彼はどれほどの喜びに満ちるのでしょう。知らないことを知ることを、彼はしとするのです。私の知らない感情を知ってしまえば、嗚呼、考えるだけでゾクゾクしてしまいます。それはさておき、さっさと屠り去ってしまいましょう。私は得物を左手に握りしめ、殺人鬼の方を向きました。が、奴はあろうことか景壱君へ包丁を振りかざしているではありませんか。

「景壱君!」

「あー。そっか。ケータイやと俺もこやけにしか送ってないことになってるんや……」

 ここからでは間に合いません。ご愁傷様です。私は笑いながら手の平を合わせました。



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