第六話
私が気付いた頃には、周りは黒く染まっていました。スマートフォンの電源は突然切れ、私がモノを見るために十分な光は消え失せました。見渡す限りの闇に包まれ、何も見えないのです。景壱君が送ってきたメールは、前のメールとは異なっていました。件名は同じであるのに、本文は異なっており、読み切った途端にこの闇。まったく理解ができません。これ程の深い闇を見るのは初めてです。さて、化け物は何処にいるのでしょう。音がはっきりと聞こえません。音の洪水が流れ込んでいるようでした。雑音ばかりが耳に流れ込んできます。それは叫び声であったり、断末魔であったり、助けを求めるものであったり、どれにしても恐るるに足らず。むしろそのような反応こそ私が求めているもので間違いないのです。人間どもの嘆き、苦しみ、命乞いをする姿を見ることができないのが残念です。嗚呼。この胸の高鳴り。ドキドキしてしまいます。私は気付きました。私の足先が闇に溶けているのです。手も消えています。闇は段々と私を呑みこんでいるようでした。私は腕を振りますが、肘から先は消えてしまいました。脚も、膝から下がありません。ガクンッと視界が歪んだと思えば、私は床らしき所に寝転ぶだけなのでした。今の私は四肢の無い芋虫のよう。ぐるりぐるりと円を描くだけしかできないのです。このまま私は消えてしまうのでしょうか。嗚呼。死とは何でもないのです。死んで眠って無に落ちる。ただそれだけなのです。この闇に溶けて無になるだけのことだとしたら、私はこの運命を受け止めることができましょうか。答えは否。断じて否です。闇は私の全てを呑みこむつもりでいます。もう全てが闇に溶けるのは時間の問題です。
ずるり、ずるり、何かが床を這っている音が聞こえます。化け物でしょうか。暗闇にギラギラと光るものが見えてきました。そいつは名状しがたい形態をしておりました。闇の中で、やっと見えたものがコレだとは、如何ともし難い。今の私はまさしく芋虫のように惨めに床を転がることしかできないのですから、ぐるりぐるりと回ってみたところで何ができるのでしょうか。私を睥睨しているコレが、あの化け物なのだとしたら、なるほど。あの死体の汚さには納得できるものがあります。この化け物はきっと知恵が無いのです。思考することができません。腹が減ったら食べ、眠くなったら眠る。ただそれだけのヤツなのでしょう。ゴボゴボ……溢れるようにして粘着質の液体が床を汚していきます。さすがにこのような液体に触れるのは私でも嫌ですから、私は床をぐるりぐるりと回転して位置をずらすのです。悪臭が私の嗅覚を狂わせます。これで私は、視覚、聴覚、触覚、嗅覚が機能していないことになります。味覚が今の状況に必要だとは思いません。私は五感を塞がれてしまったのです。ここで都合が良いように第六感でも開けば良いのですが、現実とはそう上手くいかないものなのです。私は何とか化け物から逃れようとしますが、これではどうにも逃げきれないのです。あっさりと化け物の手らしきものが私の胴を掴みました。ねっとりと気味の悪い感触に吐気が込み上げました。嗚呼。私の触覚はまだ生きていたのです。私は何処か他人事のように思うのでした。そして、目を閉じました。全て見えなくなって、ようやく見えてきたものが、こんなものだけじゃ報われない。はい。やり直し。
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