Fw:化け物が来ます。

末千屋 コイメ

第一話


 それは、9月中旬の蒸し暑い日のことでした。私は、好物の抹茶プリンを買うために洋菓子店へ足を運んでおりました。燦々と照り付ける太陽が私の皮膚を焦がしていきます。少しずつ白く戻ってきたというのに、また小麦色の肌に逆戻りしそうでした。やっとのことで私が洋菓子店に辿り着くと、自動ドアが私を迎えるために開きました。

「さすが、わかっているではありませんか」

 うっかり声に出してしまいましたが、私は店内へと足を一歩踏み入れます。空調の効いた店内は心地よく、少し汗ばんだ身体を急速に冷ましてくれました。

「あら、こやけちゃん。おつかい? 偉いわね」

 と、私に声をかけてきたのは、人間。中年の女性です。この店の店主であり、菓子職人でもあります。名を、鈴木すずき史子あやこと言いました。史子さんは、人間という下等生物でありながらもなかなか好感の持てる奴なのです。なにより、彼女の作る『京のお抹茶プリン濃い味(4個入り1,080円)』は絶品なのです。だから、私は、主人(ここでいう主人は配偶者ではなく仕えている人の意味)から貰ったお小遣いを全て投資するつもりなのです。

「ふふん。私はいつでも偉いのですよ。そんな訳で、抹茶プリンを3ダースください」

「はいはい。ちょっと待っててね」

 史子さんは店の奥へ引っ込んで、少しして箱を抱えて戻ってきました。緑色の水玉模様が可愛らしい箱です。中には抹茶プリンが4個ずつ入っているのです。10箱を大きめの袋に詰めて、保冷剤を入れてくれました。

「おまけで4個多く入れておいたわ」

「有り難うございます」

 私はお金を支払い、袋を受け取りました。ずっしりとした重みに幸福感を得ます。幸福とは簡単に手に入るものなのです。人間は何をそんなに本気で考えたりするのでしょうか。意外と身近にあるものなのです。早く帰って胃袋におさめたいです。

「こやけちゃん。そういえば、こんな話、知ってる?」

「どんな話ですか?」

 できれば早く帰りたい。私はそう思いながら、出口に向けた身体を史子さんの方へと向き直しました。史子さんはゆっくりと口を開きます。


 ほら、夏休みも終わって2学期が始まったでしょ? うちのめぐみの友だちの子が行ってる学校の話なんだけどね。なんでも、受け取ったら『1時間以内に10人にメールを転送しないと化け物に殺される』ってメールが流行っているらしいのよ。今時メールだなんて珍しいわよねぇ。それでね、愛の友だちのところにもそんなメールが届いて、すぐに他の子にメールを送ったらしいんだけど、その送った先の子が、別の子に回さなかったらしいのよ。で、どうなったかと言うと――死んだらしいの。


「死んだのですか?」

「そうなの。だから、愛は明日お葬式に出るらしいわ」

「とても不可解ですね」

「こういうお話は、景壱けいいちちゃんが好きそうだと思って。そういえば、景壱ちゃんは元気?たまには顔を見せに来てって言っておいてね。おばちゃん心配してるって」

「ご主人様は、曇りか雨の日かではないと出て来ないと思いますが、伝えておきます」

 太陽光に弱い主人――景壱君が強力な日焼け止めを塗り、日傘をさしてまでこの店に来るメリットは――まあ、あるにはあるでしょうか。

「あ。景壱君のお遣い忘れていました」

「ちゃんと入れてあるわよ。いつものアップルパイ」

「有り難うございます」

 私は史子さんに頭を下げて、店を出て、元来た道を行きます。燦々と太陽が照り付けています。この炎天下の中を主人を外出させたらどうなるか。考えるだけで、身震いがしました。そして可哀想になりました。人間とは違い、繊細なので素直にひき籠ったままでいて頂きましょう.

 この辺の道は、背の高い草の茎、伸び放題の枝や枯れ葉が両側から道に向かって生えており、時折通る車の側面に当たって耳障りな音を立てています。ここは、ワラビ、ウド、アザミ、タケノコなどの山菜の宝庫だそうです。タケノコ以外はどれが何であるのか私にはさっぱりわかりません。とても色鮮やかな茸が生えているのですが、これを食べると死にそう。とは思います。

 屋敷に戻り、私は台所へと向かいました。古い型ではありますが、大容量の冷蔵庫に買ってきた抹茶プリンを詰め込みます。アップルパイは抹茶プリンの箱の下にありました。私はアップルパイをお皿に乗せて、抹茶プリンを1つ取り、運びます。階段を上り、ドアに開いた傘の形をしたプレートのかかっている部屋。ドアを3回ノックすると返事が聞こえたのでドアを開き、中へ入ります。

 八畳半の洋間がほとんど書物で埋まっていました。四方の壁にそって本棚が備え付けられており、この本棚の上にまで本が乗っているので天井近くまで本があります。うっかり身動きを間違えると、本に埋まって死んでしまいそうです。そんな部屋の窓近くの机の前に彼がいました。私には一切目線を送ることなく、机上に設置されたパソコンの液晶画面に興味は向かっています。私はアップルパイをガラステーブルの上に置き、彼の興味が向かっている液晶画面の隣。ベッドに腰掛けました。私がいることを確認すると、すぐに目線は液晶画面へ。

「景壱君。こんな話を

「どんな話?」

 私は先程、史子さんが教えてくれた話をそのまま彼に伝えました。すると、今まで液晶画面に向かっていた彼の興味がこちらに移ったようです。古びたアンティーク調の肘掛椅子をギイィと回すと、私の目をジッと見ました。その海のような色をした碧眼はキラキラと輝き、冷たい色をしているくせに瞳が燃えているようでした。嗚呼。どうやら面倒臭いことになりそうです。ですが、暇潰しには良いでしょう。私はベッドから立って、ガラステーブルに置いたアップルパイを取って、彼に突きつけました。

「先に、お茶にしませんか?」


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