第二話

 私の主人――景壱けいいち君は、とても可哀想な方で、日中太陽が燦々と輝いている時は、外出することが殆どありません。主人の皮膚は紫外線に弱く、すぐに焼け爛れてしまいます故。つい2、3ヵ月前には顔の左側に深い火傷を負っておりましたが、今はすっかり跡も残っておりません。あのまま跡が残っていたのだとしたら、どうなっていたことやら、これも不幸中の幸いというものでしょう。主人は雨の眷属です。雨の末裔すえなのです。自在に多種多様な雨を降らせることができます。様々なニーズにお応えできるという事です。主人に応える気があれば。私は、夕焼けの精霊という神霊の一種でありながら、このような、人間の創りだしたと思われる不可解なメールに心を踊らされております。これを書いた人間はどのように思って書いたのでしょう。また、化け物にどうやって襲わせているのでしょう。それに、化け物が襲ったとしても、このメールを作った本人は、事が起こったことを知れるのでしょうか? 不可解な事が多すぎます。

 そして、景壱君は知らないことを知ることが大好きなのです。アップルパイを食べ終えると、早速、調べているようでした。ここで私はある事に気付いたのです。景壱君はいつも「知っていますか?」と問いかければ「知ってる」或は「知らない」と必ず返すのですが、今回はどちらも言いませんでした。これはいったいどういうことでしょう。こんな事があるのでしょうか。それほどまでに、このメールは彼の心を刺激して、より甘美に、より魅力的に、映っているのでしょうか。これは一種の精神病なのかもしれません。彼はただ、自分の知的好奇心を満たしたいだけなのです。そしてその好奇心こそが、彼の原動力となっているのですから。

 さて、私は抹茶プリンを食べながら液晶画面を覗き込みます。景壱君はどうやら史子さんにメールを書いているようでした。あまりにもキーボードを叩くスピードが速く、私の目で文字を追うことができません。

「ところで――」

「抹茶プリンはあげませんよ」

「心配せんでも取り上げへんから。ちなみに、何個買ってきたん?」

「3ダースです」

「3ダースって……」

「3ダースもわからないのですか。40個ですよ」

 私はプラスチックにへばりついた抹茶プリンをスプーンで剥がし取り、口へ運びながら答えます。私の主人ともあろうものが、3ダースが何個かさえわからないとは。そんなことがあるのでしょうか。きっとこれは間違いであってほしいです。彼はちょっと寝惚けているだけなのでしょう。

「こやけ。1ダースが何個かわかってる?」

「むっ。12個ですよ。何を言っているのですか」

「じゃあ、2ダースは?」

「26個です」

「3ダースは?」

「40個です。景壱君は何を言っているのですか? 暑さで脳味噌がやられたのですか? 寝不足なのですか?」

「俺は、そっくりそのままの台詞をこやけに返したいんやけど」

 景壱君は液晶画面に視線を戻すと、キーボードを叩きました。カチッと音がしたかと思うと、彼は私に液晶画面が見えるように回してくれました。画面に映っていたのは、数字と記号。これは、算数の問題でしょうか。12×2、12×3と書いてありました。

「これの答えは?」

「24です」

「こっちは?」

「36です」

「じゃあ、3ダースは?」

「40個です」

「理解できない」

 彼は溜息を吐きながら、液晶画面を自分の方へと向けていました。いったい何が理解できなかったのでしょうか。私には貴方が理解できません。

 少しして、ピコピコっと音が鳴りました。彼はピアノの鍵盤を弾くかのようにキーボードを叩いていました。

「景壱君。何をしているのですか?」

「噂のメールを送ってもらったから、無作為に1,000人に転送した」

「どうやって送ったのですか?」

 可哀想なことにひき籠ったままの景壱君に1,000人もの知り合いがいるとはどうも考えられません。が、外に出なくても彼は最近流行のSNS等を駆使して色々な人間と繋がっています。顔も知らない人間達と友好関係を築いている。1,000人にメールを送信できること自体、私には理解できないのです。それよりも怖いのが、人が化け物に襲われて死ぬかもしれないというメールを、大勢に楽しそうに送信する主人の思考回路です。彼の考えていることはさっぱりわかりませんし、わかろうとも思いません。ただ1つわかることは、絶対に敵に回してはいけないということ。それでこそ、私の主人としてふさわしいです。

「さて、これで何人が死ぬんかな。1時間後が楽しみ」

「しかしながら、これで誰かが死んだとしても、景壱君は知ることができないのではありませんか」

「心配ご無用」

 肘掛椅子をギイギイと鳴らして、彼は鼻歌まじりでした。とても機嫌がよろしいようです。私はメールの内容が知りたくなりました。いったいどのような内容で人間を恐怖に落とし込み、化け物がどう死へと追いこむのかが気になりました。このメールに何かしらの呪いがかけられているものとしたら、それが、どれほど高度な呪いであるか調べる必要が出てくるでしょう。調べることは彼の領分ですが、私も気になったら調べたいものです。

「景壱君。メールを見せてください」

「ああ。はい」

 カチカチッ。ピロリンッ。私のスマートフォンがチカチカと光ります。メールが来たことを報せているのです。彼は冷たい色をした瞳を光らせながら私を見ています。花弁が綻んだかのような笑みを唇に湛えています。嗚呼。やられてしまいました。


 差出人:景壱君(パソコン)

 宛先:こやけ


 Fw:化け物が来ます。


 >>>このメールを1時間以内に10人に送ってください。

 >>>もし10人に送らないと、あなたは死にます。何で死ぬかって?化け物に殺されるんですよ。

 >>>その化け物は、このメールを無視して違う化け物に殺された人です。その殺された人は、9月12日に自宅のマンションで殺されました。

 >>>頭と身体は切り離され、腹はぐちゃぐちゃに食い荒らされ、脚は切り刻まれていました。

 >>>あなたも死にたくないなら、1時間以内に10人に送ってください。

 >>>これが殺された人の画像です。


 https://635415397924147200.Jpg

 画像をダウンロードすると、暗い画像でした。確かに頭と身体が切り離されて、腹はぐちゃぐちゃに食い荒らされ、脚は切り刻まれています。この化け物は何がしたいのでしょうか。こんなに美しくない死体は許せません。死体はもっと美しくあるべきなのです。軽く殴っただけで首がもげたのでしょうか。お腹が空いたからはらわたを食べたのでしょうか。せっかくだから脚を刻んでおいたのでしょうか。理解ができません。私ならもっと美しい死体を用意します。私が美しい死体を用意して、景壱君が加工をすれば、きっと芸術作品として昇華するに決まっているのです。お葬式は人生に一度きりの晴れ舞台なのですから、もっともっと美しく、綺麗に――と話が逸れているように思います。

 さて、景壱君は私にメールを送って来たのです。これなら、放っておけばどんな化け物が私を襲いに来るかわかるのです。楽しみなのです。返り討ちにしてやるのです。



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