第二話
私の主人――
そして、景壱君は知らないことを知ることが大好きなのです。アップルパイを食べ終えると、早速、調べているようでした。ここで私はある事に気付いたのです。景壱君はいつも「知っていますか?」と問いかければ「知ってる」或は「知らない」と必ず返すのですが、今回はどちらも言いませんでした。これはいったいどういうことでしょう。こんな事があるのでしょうか。それほどまでに、このメールは彼の心を刺激して、より甘美に、より魅力的に、映っているのでしょうか。これは一種の精神病なのかもしれません。彼はただ、自分の知的好奇心を満たしたいだけなのです。そしてその好奇心こそが、彼の原動力となっているのですから。
さて、私は抹茶プリンを食べながら液晶画面を覗き込みます。景壱君はどうやら史子さんにメールを書いているようでした。あまりにもキーボードを叩くスピードが速く、私の目で文字を追うことができません。
「ところで――」
「抹茶プリンはあげませんよ」
「心配せんでも取り上げへんから。ちなみに、何個買ってきたん?」
「3ダースです」
「3ダースって……」
「3ダースもわからないのですか。40個ですよ」
私はプラスチックにへばりついた抹茶プリンをスプーンで剥がし取り、口へ運びながら答えます。私の主人ともあろうものが、3ダースが何個かさえわからないとは。そんなことがあるのでしょうか。きっとこれは間違いであってほしいです。彼はちょっと寝惚けているだけなのでしょう。
「こやけ。1ダースが何個かわかってる?」
「むっ。12個ですよ。何を言っているのですか」
「じゃあ、2ダースは?」
「26個です」
「3ダースは?」
「40個です。景壱君は何を言っているのですか? 暑さで脳味噌がやられたのですか? 寝不足なのですか?」
「俺は、そっくりそのままの台詞をこやけに返したいんやけど」
景壱君は液晶画面に視線を戻すと、キーボードを叩きました。カチッと音がしたかと思うと、彼は私に液晶画面が見えるように回してくれました。画面に映っていたのは、数字と記号。これは、算数の問題でしょうか。12×2、12×3と書いてありました。
「これの答えは?」
「24です」
「こっちは?」
「36です」
「じゃあ、3ダースは?」
「40個です」
「理解できない」
彼は溜息を吐きながら、液晶画面を自分の方へと向けていました。いったい何が理解できなかったのでしょうか。私には貴方が理解できません。
少しして、ピコピコっと音が鳴りました。彼はピアノの鍵盤を弾くかのようにキーボードを叩いていました。
「景壱君。何をしているのですか?」
「噂のメールを送ってもらったから、無作為に1,000人に転送した」
「どうやって送ったのですか?」
可哀想なことにひき籠ったままの景壱君に1,000人もの知り合いがいるとはどうも考えられません。が、外に出なくても彼は最近流行のSNS等を駆使して色々な人間と繋がっています。顔も知らない人間達と友好関係を築いている。1,000人にメールを送信できること自体、私には理解できないのです。それよりも怖いのが、人が化け物に襲われて死ぬかもしれないというメールを、大勢に楽しそうに送信する主人の思考回路です。彼の考えていることはさっぱりわかりませんし、わかろうとも思いません。ただ1つわかることは、絶対に敵に回してはいけないということ。それでこそ、私の主人としてふさわしいです。
「さて、これで何人が死ぬんかな。1時間後が楽しみ」
「しかしながら、これで誰かが死んだとしても、景壱君は知ることができないのではありませんか」
「心配ご無用」
肘掛椅子をギイギイと鳴らして、彼は鼻歌まじりでした。とても機嫌がよろしいようです。私はメールの内容が知りたくなりました。いったいどのような内容で人間を恐怖に落とし込み、化け物がどう死へと追いこむのかが気になりました。このメールに何かしらの呪いがかけられているものとしたら、それが、どれほど高度な呪いであるか調べる必要が出てくるでしょう。調べることは彼の領分ですが、私も気になったら調べたいものです。
「景壱君。メールを見せてください」
「ああ。はい」
カチカチッ。ピロリンッ。私のスマートフォンがチカチカと光ります。メールが来たことを報せているのです。彼は冷たい色をした瞳を光らせながら私を見ています。花弁が綻んだかのような笑みを唇に湛えています。嗚呼。やられてしまいました。
差出人:景壱君(パソコン)
宛先:こやけ
Fw:化け物が来ます。
>>>このメールを1時間以内に10人に送ってください。
>>>もし10人に送らないと、あなたは死にます。何で死ぬかって?化け物に殺されるんですよ。
>>>その化け物は、このメールを無視して違う化け物に殺された人です。その殺された人は、9月12日に自宅のマンションで殺されました。
>>>頭と身体は切り離され、腹はぐちゃぐちゃに食い荒らされ、脚は切り刻まれていました。
>>>あなたも死にたくないなら、1時間以内に10人に送ってください。
>>>これが殺された人の画像です。
https://635415397924147200.Jpg
画像をダウンロードすると、暗い画像でした。確かに頭と身体が切り離されて、腹はぐちゃぐちゃに食い荒らされ、脚は切り刻まれています。この化け物は何がしたいのでしょうか。こんなに美しくない死体は許せません。死体はもっと美しくあるべきなのです。軽く殴っただけで首がもげたのでしょうか。お腹が空いたから
さて、景壱君は私にメールを送って来たのです。これなら、放っておけばどんな化け物が私を襲いに来るかわかるのです。楽しみなのです。返り討ちにしてやるのです。
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