フェイズ9 破滅
富士見学園女子大学付属高等学校演劇部。
その先日行われた文化祭での公演が無断で動画サイトに投稿された。
「この脚本って
学校に匿名の電話があったらしく、
パンフレットには、ちゃんと「sighさんから上演の許可を頂いています」と明記してあるのに。
担任からも、「あなたが悪いことをしたわけではないけれど、まわりがうるさいから」とは言われた。
あと、sighくんの連絡先を訊かれて。
sighくんから朝一番でLINEが来た。
>そちらの先生から連絡をもらいました
動画見ましたか?
<どうしよう!? このままじゃsighくんにも迷惑が……
>今はそれより
流出元はまだ不明って聞きました
そちらに何か追加の情報は?
<ううん、文化祭の画像や動画は学籍番号とパスワードが
ないと見れないはずなの
だから内部から流出したか、パスワードを盗まれたか
>まず犯人探しはKKさんに手伝ってもらいましょう
動画に何か情報が埋め込まれていないかとか
>鎮火はにおさんに手伝ってもらいましょう
色んなキャラを装った捨てアカいっぱい作ってるそうですから
DBさん、パンフレットの但し書きのところ写真に撮って
におさんに送ってください
DBさんのExif情報消して、捨てアカから投稿してもらいます
<そんな、悪いよ
>大丈夫ですよ、みんな友だちなんですから!
このひと言に胸が詰まった。
3年前はあんなにやさぐれて人との付き合いを拒んでいた彼が、今私たちを「友だち」と呼ぶ。
KKさん、におさんに無条件の信頼を寄せている。
彼を孤独なブログの世界から、ウェブの世界に誘い出してよかった。
ネットの世界から、リアルの世界に連れ出してよかった。
私のために骨を折ってくれるからではなくて、彼の成長が見て取れたから。
結論だけ言うと、彼がやってくれたことはほぼ焼け石に水だったというか、むしろ火に油を注ぐようなものだったのだけれど、私にはその「動いてくれた」という心意気だけでも嬉しかった。
拡散された動画のひとつひとつと、におさんが女子高生を偽装してアップしてくれた画像に署名入りで「知人に頼まれて僕自身が許諾しています」とコメントをつけてくれたのだけれど、におさんの画像はスルーされるし、動画に対しては燃料投下以外の何物でもなかったわけで。
「sighとDBってムッチャがめついじゃん? タダで使わせるわけないよね」「偽物じゃね?」「JKからナニか見返りがあったとかwww」etc.……ますます煽るだけに終わった。
「知人って誰だよ?」
「sighにトモダチなんているのか?」
「DBがJKとナニか取引したんじゃね?」
「ナニかってナニ? www」
「sighの知人ってことは、DB飛ばしてsighが許可したんだろ?」
「タダで使わせたってことは、DB抜きでsighがJKと?」
「DBがタダで使わせるわけないもんな」
「sighいいなぁ、JKとwww」
KKさんからの情報も今回はあまり役に立たなかった。
さすがにこのタイミングでハッキングするわけにはいかないから、動画のメタデータを探ってみたけれど元々の撮影日時や機材の情報しか見つからなかったらしい。
当事者である私はともかく、善意で動いてくれた
その日も、翌日も学校からの連絡はなかった。
自宅待機を続ける私は、正直言って落ち込んでいた。
私が悪いことをしたわけではないけれど、きっと先生方には何かしら悪印象を与えてしまっただろうし、学校で唯一の多少は肩の力を抜くことができる居場所だった演劇部にはもう足を向けられないだろう。
大学は推薦での内部進学は黄信号だろう。
自宅待機が明けて学校に行ったら、たぶんクラスメイトの私を見る目は変わっていて、「ちょっと関わらない方がいい人」枠になっていることだろう。
居場所がなくなる、思えば私はずっとそんな強迫観念にかられて生きてきたのかもしれない。
息苦しくて窒息しそうな女子校で、なんとか周囲と折り合いをつけて、表面だけを撫でるような人付き合いの技術を身に付けて。
でも、その人付き合いの技術がsighくんの役に立ったのなら、あの息苦しい日々もそのためのレッスンだったと思える。
学校の外でsighくんたちといられるなら、そんな学校生活でも卒業までは耐えられるだろう。
でも……。
こんなことに巻き込んでしまっては、もうsighくんとは一緒にやっていけない。
彼がいいと言ってくれても、私が自分を許せない。
<ごめんね、私のせいで仕事の邪魔をしちゃって
マネージャー失格だよね
<友だちが、ってお願いしたけど、本当は私が演劇部で脚本を担当してて
あの物語を演じてみたかったんだ
それがこんなことになるなんて……
<もう私のことは切ってくれていいから
これからも仕事がんばって
応援してる
投げやりな気分で一方的にLINEを送った。
自分が送った文面を読み返すと、なんだかベタなラブコメで彼氏の態度に勘違いした彼女が一方的に別れを告げるシチュエーションみたいで思わず苦笑してしまう。
やっぱり私は才能がないな、と思ってしまう。
絵だけじゃなくて、文章も。
自嘲気味にため息をついた瞬間、スマホの通話の着信音が鳴った。
「DBさん! 本気じゃないですよね!」
遠く通信回線の向こうから伝わる彼の声は、怒っているように聞こえた。
「わざわざ電話、ありがとう。
でも、私はsighくんの足かせにはなりたくないんだ。
キミはまだまだこれから伸びていける。
私は、また一から居場所を作らなくちゃいけないと思うと膝が震えそうだけれど、邪魔だと思ったら遠慮しないで切り捨ててほしい」
言ってることが矛盾しているのは自覚している。
助けて欲しい、見捨てないで欲しい。
でも、今まさに飛躍しようとしている人の重荷にはなりたくない。
そんなちぐはぐな感情に翻弄されている私がいる。
「何言ってるんですか! 僕、怒りますよ!?
DBさんに声を掛けてもらわなかったら、僕は未だに細々とブログにため息混じりの下手くそな絵とポエムを書き散らかしてるだけのひきこもりでしたよ。
DBさんのおかげで僕は変われたんです!
この恩は一生かかっても返しきれないくらい。
そんな変化を、DBさんは僕にくれたんです!!
今度は僕があなたの力になりたい。
足かせなんて言わないでください。
さあ、一緒に深呼吸して仕切り直しましょう」
涙が出そうになった。
ううん、もう出てる。
彼は、今私が欲しい言葉を、寸分違わず言ってくれた。
それどころか、私に対して「一緒に」「深呼吸して」なんて、キザすぎるよ。
「それと、社長から『お叱りのメール』が来ました。
『ネット弁慶のくせに今回は下手打ったな。
頭に血を上らせて燃料投下しやがって』って。
自分のヘマは自分でリカバリしろって言われました」
私は泣いているのを覚らせないように気をつけて返事した。
「うん、私の方にもメールが来たよ。
自宅待機のことで親が文句つけて後々遺恨を残して内申点に響くとマズイから、犯人がわかった時点で本社の顧問弁護士から謹慎の記録を抹消するよう書面で依頼するよう手配済みだって。
動画の流出元についても、正規の手続きで調査を依頼してあるから心配するな、おとなしく待ってろって」
本来なら委託先の個人事業主って扱いになっている私たちのことを、社長がそこまで気にかけてくれる必要はないはず。
未成年の学生を誘ったっていう負い目はあるのかもしれないけれど、それを差し引いても社長はやはり情に厚い人だと思う。
もしかしてこの経費、社長の持ち出しなんじゃない?
「あ! なんかアスナさんからメールがきました。
一度通話を切りますね」
この瞬間、私の頭の中で何かが繋がった。
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