フェイズ7 達成−−後半
玄関のチャイムが鳴り、迎えに出た僕はその場で固まってしまった。
そこには美少女が立っていた。
僕より頭ひとつ分くらい小柄な少女が、どこかの高校の制服を着て。
いや、あの有名なお嬢様学校の制服なんだろうけれど。
ショートボブのつややかな黒髪と、磁器のように白い肌、切れ長の目はスッと細められていて、微かに端が上がった口元が妙に大人っぽくて。
小首をかしげつつ、でも凛と立つ姿勢は、そのイタズラが成功したときのマセた子どもみたいな目つきと相まって、なんとなく血統書付きの猫のようで。
「親方! 空から女の子が!!」って言うべきかな?
「
そう言って美少女は眉をひそめた。
うん、美少女の蔑んだ目、リアルに見るのは久しぶりだけれど悪くない。
「だから声に出てるって!」
そこでようやく僕は我に返った。
「あ、あの、あなたが
「そういうことだね。こんな小娘で驚いたかい?」
つややかなアルトの声でそう言って、美少女はニヤリと笑った。
「驚きました! もしもこんなことあったらいいな、って想像していた以上に驚きました!!」
「驚いてくれたなら私も満足だよ」
「あら、誰かが迎えに来てくださるって聞いていたけど、こんな可愛らしいお嬢さんだとは聞いていなかったわ」
奥から母も出てきた。
「はじめまして。富士見学園女子大学付属高校3年の
本日は
さっきより1オクターブ高い声でそう挨拶すると、DBさんは天使のような笑顔で母に向かって微笑んだ。
あざといわー、コミュ力高いわー。
「sighくん、また声に出てる」
うっかり地の声になったDBさんは、すぐに気が付きハッと手で口をふさいで、上目遣いで母の方を見た。
その上目遣いがまたあざといんだけどね。
「理、ホントに声に出てるわよ」
今度は母からのツッコミだった。
「ごめんなさいね、ホントに。
この子ったら私に似て、ホント内弁慶なのよ。
今日はよろしくお願いしますね」
「おまかせください、おばさま」
なんなんだろう? この空気。
僕はふたりに背中を向けてため息をついた。
ぺちん、と後頭部を叩かれて
「せっかくの晴れがましい授賞式でしょう。ため息なんかつかないの」
と母に言われ、
ばしん、と背中を叩かれて
「さあ、晴れ舞台に向かおうよ!」
とDBさんに手を引かれた。
僕は深呼吸してからちょっとだけ振り返って
「行ってきます」
と母に言って、ふたりで歩き出した。
「キミ、よくスーツなんて持ってたね」
「社長が買ってくれたんです、受賞祝だって」
「へぇ、それにしちゃあサイズがちゃんと合ってるじゃない? 一緒にデパートでも行ったの?」
「いえ、顔写真とスリーサイズと、首周りや腕や股下の長さとか測って教えろってメールが来て」
「なるほど、それでイージーオーダーってわけか。
ネクタイの色も合ってるよ」
そう言って笑うDBさんは、さっきの人の悪い笑みと違ってとても可愛かった。
「DBさんのは高校の制服ですか?」
「そう、建前上、私はお仕事じゃなく、ボランティアで『友人のお手伝い』ってことになってるからね。
正々堂々、制服で会場に出向いて、学校のイメージアップに貢献してくるってわけさ」
「ラノベの表紙絵でお嬢様学校のイメージアップになるの?」
「キミ、それはほかの絵師さんに失礼ってもんだよ」
そう言ってDBさんは苦笑いする。
「まあ、実際そうなんだけど、キミの場合文芸作品の表紙も描いてるじゃないか。
1冊は本屋大賞の候補作にもなったし、もうすぐ映画化される本もあるだろう? そっちの評価が高いかな、ウチのガッコウのセンセイ的には」
地下鉄を乗り継いで、会場に向かう。
DBさんは話し上手で、気がついたら授賞式の会場で、とにかく誰が誰だかわからないままDBさんに手を引かれて挨拶して回った。
社長だけは声でわかったけど、何を話したかは覚えていない。
とにかく、DBさんに作ってもらった原稿を棒読みで読んで挨拶した以外は何も覚えていなくて、いつの間にかパーティーも終わって二次会の会場であるファミレスの椅子に座っていた。
僕が未成年ってことで、居酒屋とかじゃなくファミレスにしたんだそうで、社長はもちろん、マネジメント隊の鍋奉行さん、そいさん、クリエイター陣の辛子さん、におさん、KKさん、仕入組の親方さんも来てくれた。
他にも出版社の人たちや、“深呼吸して”のメンバー、そして僕が表紙を描いた本の作者さんも!
「出版社の人はね、キミだけじゃなく他の絵師さんたちともつながりが欲しいわけさ。
逆もそうなんだけど。
仕事が欲しい、使い勝手のいい手駒がほしい、Win-Winってやつだね。
キミのお祝いの席ではあるけれど、他ならぬキミが今日のこの「人の輪」を作ったんだ。
あまり自分のことを卑下しないで、自信を持ってほしいな」
そう言ってDBさんは僕が持っていたジンジャーエールにコツンとグラスを合わせた。
「ドリンクバーのプラスチックのコップじゃ、あまりいい音はしないね」
DBさんはウィンクして、そいさんの方へ向かった。
入れ替わりにやってきたのは、クリエイター陣の面々だった。
ミリオタの辛子さんのキャラは特に強烈だった。
「受賞祝だ」って怪しげな缶をくれて、「これ、何ですか?」って訊いたら、手製のフラッシュグレネードだって! 音はそこそこでむしろ光がヤバいんだそうで、市販品には欲しいのがないから自作したって、いったいどれだけ入れ込んでるの? サバゲーに。
他にもにおさんのアニメの知識、KKさんのストーキングとかハッキングの話はちょっとどころじゃなく引くレベルでヤバかった。
こうやって顔を合わせずチャットだけしていたら、こんな気持のいい人たちだったとわかるまでどれだけ時間がかかっていただろう。
そろそろお開きかな? って頃にさっき挨拶した角山書店の編集者の人がやってきて、「画集を出版しませんか?」と言われた。
チラチラとこっちを伺いながらあちこちで挨拶していたDBさんがあっという間に飛んできて、「仕事の話は私を通してください!」と名刺を押し付けて、逆に編集者さんの名刺を奪い取った。
編集者さんは、「社長から尻に敷かれてるって聞いてたけど本当だねぇ」とくつくつ笑ったけれど、僕たちの
「そういう関係じゃありません!」
っていう声が見事にハモったものだから、大爆笑されてしまった。
僕にイラストやちょっとした短文という特技があって、それがあるからこそのつながりだけれど、こうやって人に必要とされるのは嬉しいな、ってDBさんに言ったら、珍しい動物でも見るような目で僕を見て、真顔で説教を始められてしまった。
「キミねぇ、学校じゃないんだから、そこに集まる人は時間なり技術や能力なりを切り売りして、誰かの役に立つことをするために何かをするの。そのためにリアルでもオンラインでも集まるの。
これは私の持論だけどね。
わかる? 誰かの役に立って、初めてお金がもらえるの。感謝や賛辞の言葉がもらえるの。その役に立つっていうのは、このお店の店員さんみたいに接客する時間だったり、厨房にいるシェフみたいに料理する技術だったり、時間と技術の割合はさておき、何かしら自分が提供できるものを差し出してその対価を得るの。
お金だったり、同人活動なら賛辞の言葉とかね。
等価交換じゃなく、何かの付加価値を付けることによって感謝されたり対価を得たりするわけ。
技術や能力が低ければ、時間を長く差し出すしかないわけだけれど、何らかの技術を持っていれば時間の割に得られる対価は大きくなる。
もっとも、その技術を身につけるために費やした時間を考えると、割に合うのかどうかは本人にしか判らないけれどね。
キミの場合はわかりやすいよね、その絵を見たい人がいる。
私や出版社の人、それから私たちの社長みたいな人は、その絵を見たい、欲しいっていう人とキミたち創作者の仲介をする。
キミの絵はね、それだけの人とお金が動く価値があるんだよ。
驕ってほしいわけじゃないけれど、あまり卑下してほしくもないんだよ。
私たちの仕事までつまらないものみたいに思えてしまうからね」
そういえば、ずいぶん前に社長からも似たようなことを言われたな、って思い出した。
「もし僕が絵を描けなくなってしまったら、どうなるんだろう? 誰も僕にかまってくれる人はいなくなってしまうのかな?」
「どうだろうね? それはキミがこれからどれだけの人と深い縁を結んでいくか次第なんじゃないかな?」
「どういうこと?」
「いつか、機会があったら話すよ。
とりあえず私は、キミには感謝しているんだよ、キミが思うよりきっと。
そんな関係性をもっといっぱいつくれればいいね、って話さ」
DBさんは一気にまくし立てて、ぷいっとどこかへ行ってしまった。
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