フェイズ8 試練――Mパート

 DBディービーさんは怒っていた。


「私がなんで怒ってるか判る?」


「…………」


「私に断りなく仕事を受けるなって言ったよね?

 それも無償で!

 キミ、今の自分の絵の相場判ってる? キミにTwitterのアイコン描いてもらおうと思ったらいくら出さなきゃならないか知ってる?

 それをどこの誰だかわからない女の子に!

 そもそもその人ホントに女の子なの?

 転売目的じゃないって言い切れるの?

 ――とにかく、ちょっとそいさんと相談してくるから、キミは作業に戻ってて」


 言いたいことだけ言うと、DBさんは一方的に通話を切った。


 どこの誰だかわからない人じゃないんだけどな……。



 授賞式の後、僕たちはLINEのアドレスを交換して、――っていうかDBさんにスマホを奪い取られてその場でアプリを入れられて友達登録されちゃったんだけれど――特に用事がなくてもよく連絡をとりあうようになった。

 メッセージだけじゃなく、通話も。

 ひきこもりの僕には数か月前までなら考えられないような変化だけれど、こうやって怒りをぶつけられるとあらためてやっぱり人と話すのは怖いな、って思ってしまう。

 DBさんだったからか、意外と耐えられたけど。

 面と向かってでないだけマシだったけど。

 あの美人に面と向かってこんな言葉を投げつけられたら、目線をそらすこともできないまま泣かされちゃいそうだよ。



 どこの誰だかわからない人じゃない。

 不登校になる前の中学校の先輩、らしい――実際に会ったことはないけれど。

 唯一リアルでもつながっている、はずのオタク仲間。

 どうやって僕のサイトを見つけたのかは判らないけど、ヘタクソな絵や小説をブログに上げ始めた頃からずっと応援してくれている。

 そんな人から頼まれたのだもの、アイコンくらい喜んで描くさ。

 僕にとってはたったひとりの、リアルもつながっている友だちと言える人だったんだ。

 直接会ったことはないと言っても、友だちだもの。

 お金なんてもらえないよ。



 何も手につかないままぼんやりしていた。

 しばらくしてLINEじゃなく、メールが届いた。


『進捗してるかい?

 そいさんと相談した。

 それで、KKさんにちょっと調べてもらった。

 キミの中学の卒業生というのは本当。

 キミが1年生の時に3年生だったようだね。

 今年大学でやってる中堅サークルに参加して、コミケデビュー。

 大学デビューってやつ?(笑)

 サークルの代表に訊いてみたけど、そこは腰掛けでいずれ個人で活動したそうな感じらしい。

 なんというか、「意欲的な人」みたいだね。

 キミに触発されて絵も描き始めたようだけれど、絵はあまり上手くない。

 むしろ元々書いてた文章の方が、まだ光るものはあるみたいだ。

 小説系二次創作メインの、いわゆる「腐女子」だね。

 メイド書店でもコピーライターとして参加を打診したけど、あまりにも安い仕事だからって断ってきたそうだよ。

 Twitterとかでも、特にヤバいとか迂闊うかつとかいう感じはないけど、ちょっと上昇志向が強すぎる向きはあるね。

 そんなわけで、今をときめくsighにアイコン描いてもらったっていうんでちょっと舞い上がっているようだったから、勘違いしてあまり広めないよう釘は刺しておいた。

 キミのことは、ブログのトラックバックやなんかでコメントしているうちに同じ中学だって気がついたようだね。

 キミ、覚えてるかい? 教室の窓から飛び降りてローカルニュースになったんだろう? あれで気がついたみたいだよ。

 両方のブログの過去ログをさかのぼっていったら、どうやらそういうことらしい。

 それで、だ。

 プライベートな付き合いに口をはさむつもりはないけれど、絵でも文章でも転載には気をつけて。

 間違っても食い物にはされないように。

 もしも権利関係で問題になったら、こっち――メイド書店――は賠償金とか徹底的に戦うつもりだから。

 キミの方からも、そこだけはしっかり伝えて。

 DB』


 なんかそっけないっていうか、冷たくない?

 返信しやすいLINEじゃなくて、敢えてメールってあたりが突き放されてる感じで。

 もしかして、もしかしなくてもDBさん、まだ怒ってる?


 っていうか、あっという間にここまで調べられちゃうんだ!?

 DBさんにしても、そいさん、KKさんにしても、人脈こわい。

 ネットリテラシーすごい。


 とりあえずTwitterのダイレクトメッセージで「アスナ」さんに連絡。


『いろいろ『メイド書店』側から言われるだろうけど、権利やお金がらみのトラブルが起こらない限り、僕はアスナさんの味方です。

 出来る限り僕が守ります』



 送信をクリックしてから、何か漠然とした違和感の存在に気がついた。

 少し考えて判ったのは、僕はいつの間にかアスナさんよりDBさんの方が大事になってきているんじゃないだろうか? ということだった。


 不登校になってから最初に僕にかまってくれたアスナさん。

 ブログのイラストや小説、詩、そんなものたちが少しはマシになってきて付き合いの始まったDBさん。

「出来る限り守ります」とは書いたけれど、実際のところ最近はオンでもオフでもお世話になっているDBさんに、今の僕は恩以上のものを感じてはいないか?

 逆にこれはDBさんによる印象操作かもしれないけれど、僕は今アスナさんに不信感を抱き始めている。

 都合よく利用されようとしているんじゃないか? と。


 そしてそもそも、僕の彼女に対する「出来る限り」は今、かなり狭いエリアしかカバーしてないんじゃないか?

 マネジメント関係の付き合いとか全部DBさんにやってもらっているし。


 何より、僕は本当にアスナさんを守りたいんだろうか? メイド書店やDBさんよりも。

 

 なんだか深く考えると、じわじわと気分が悪くなりそうな感情が湧き上がってきた。




 

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