フェイズ13 満足

 警察署で事情聴取をされ、その後校長室で説教をされ、私たちが解放されたときには夕焼けがとてもきれいな時間になっていた。

 夕陽を背に受けて、私たちは駅へ肩を並べて歩く。


「今日は本当にありがとう」


「いえ……、結局、情報をつかんでくれたのも通報してくれたのもKKさんで、僕はかえって騒ぎを大きくしに行っただけみたいな……」


「ははは、それは言えるね。でもね、キミが直接来てくれたこと、それが私には嬉しかったんだ」


「え?」


「つまり、キミは私のことを仕事仲間というだけでなく、大切に思ってくれてるんだな、って嬉しかったってこと」


 駅へと向かう大通りから、一本横道にそれる。

 その先には小さな緑地公園があって、私は視線で彼をそこへといざなった。


「以前、キミは『自分が絵を描けなくなったら誰もかまってくれなくなるのかな』って心配していたよね。その答が今日の出来事だったんじゃないかな。KKさん、におさん、辛子さん……始まりは『メイド書店』の仕事だったけど、今はもう『友だち』でしょ? 損得とか利害関係とか関係なく動いてくれて。たぶんもしもこの先、仕事のつながりがなくなったとしても、SNSでは変わらず付き合いは続くんじゃない?」


「はい、そうですね……きっと」


「“深呼吸して”の人たちもそうだし、私だってそうだよ。最初は同人サークル深呼吸してに誘ったのが縁だったけど、今では恩人でありだと思ってる」


「……恩人、ですか?」


「うん、『恩人』だね。

 3年前、ネットでキミの絵や小説を見たとき、『もったいない』って思ったんだよ」


「…………」


「センスっていうか、せっかくいいもの持ってるのに、現状でもう精一杯って思い込んじゃってるみたいで、『もっと伸びしろはあるのに』って思ったんだ」


「…………」


「キミのPN、『斎藤』の『さい』と英語の『ためいき』をひっかけてるんだろう?」


「……はい、バレバレでしたか」


「もちろん最初は本名なんか知らないから、よっぽどため息つきたいような生活してるんだろうなとしか思わなかったけどね」


 公園のベンチに腰掛けて、彼にも隣りに座るよう促して。

 夕陽が彼の横顔を照らす。

 うつむいたまま話す私たちの影は、重なりあう長い一本の影になって。


「私はね、ずっと息苦しかったんだ。学校でも、家でもね。『いい子』じゃなくてもいられる場所を作りたくてネットに逃げ込んだのはいいけれど、将来の展望なんて何もなかった。ずっとこのままエスカレーター式に進学して、どこかに就職して、趣味で絵を描いて、オタクじゃない人と結婚して、退職して子育てして……そんな他人ごとみたいな将来しか描くことができなくて、それがとても息苦しかった」


「僕は……早々とそういうレールからドロップアウトしちゃったから、そういう選択肢があるだけでも羨ましいです。DBさんに誘われなかったら、たぶんこうはなれなかったから……」


「うん、あの『アスナ』のマインドコントロールみたいなのに影響受け続けてたら、今頃はクズみたいなニートになってただろうね。

 キミが他人との接触を避けて、あの人の影響を受け続けてスポイルされていくのは見るに耐えなかった。本当に『もったいない』って思ったんだ。だから思い切って同人誌深呼吸してに誘ったんだよ」


「だから、僕の方こそDBさんが恩人っていうか……」


「ストップ! どっちがって言い出したらキリがないから! とにかく私はね、キミと出会ったおかげでクリエイターのプロモーションとか、マネジメントとか、そういう『エージェント』って呼ばれる仕事があることを知って、自分にできること、自分がやりたいことがわかった気がしたんだよ。漠然とやっていた同人活動にも、逃げ場以外の意味を見出すことができたしね。

 だからね、私にとってキミは、キミが思うよりずっと『恩人』なんだよ」


 どれだけ言葉を尽くしても、私の真意は彼に伝えきれない、そんなもどかしい気持ちが抑えられない。


「キミには照れくさいから言ったことはなかったけれど、私のPNはね、英語の“Deep Breath”深呼吸の頭文字なんだ」


「あっ! なるほど!! デブとは関係なかったんですね!」


「なんなの? それ!?」


 ちょっと吹き出して、私は彼の額にデコピンした。


「すみません」


 そう言う彼はクスクス笑いが止まらないけど、私は無理やり話を進めた。


「ずっと不機嫌な気持ちを落ち着けるために私は深呼吸してきた。

 でも、キミが成長していく姿を見るのが楽しくて、いつの間にか呼吸するのが楽になってきた。

 なのにね、キミとのメールのやり取りを繰り返しているうちに、また深呼吸することが多くなってきたんだ。

 作品だけじゃなく、その作品を生み出すキミのことをもっと知りたくなって、そう意識し始めたらドキドキが止まらなくなって、メールするたび、返信が来るたび、そしてそれを何度も読み返して……そのたびに深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着けなくちゃならなくなったんだ」


 驚いた顔で彼が私の方を向く。

 見開いた目は、すぐに夕陽の眩しさに細められてしまって。

 そんな彼を夕陽から守るように、私は少しだけ位置を変えて彼の目を見つめる。


「ため息と深呼吸。私たちの今までは、コインの裏表みたいなものだったのかもしれないね」


 本当はこういうのは男の子の方からするべきものなのだろうけれど、「私の方が年長者だし」と自分に言い訳して、深呼吸をひとつ。

 そして夕陽を背にして、そっと彼のあごに手をかけて……。



fin

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僕とキミの13フェイズ @kuronekoya

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