フェイズ12 排除
その連絡が入ったのは平日の朝、そろそろ挨拶を「おはよう」と「こんにちは」のどっちにしようか迷うくらいの時間だった。
『
メイド書店の仕事仲間、KKさんからメッセージが届いた。
『例の「アスナ」さん、気になってたから
スクリーンショット送るから、見てごらん。ヤバイよ、マジで』
アスナさん、裁判は示談になったから前科持ちにはならなかったけど、サークルは除籍、大学も退学にはならなかったけど学部長から直々に「本学の名誉がうんぬん」とお叱りを受けて休学中とは社長から聞いていた。
示談によってSNSの交流も制限されて僕もその後連絡を取れずにいたから、自業自得とはいえ、ちょっと後味悪い気がしていたのもまた事実で。
そこに綴られていたのは、ひたすら怨嗟と呪詛の言葉。
『どうして私が?』『あの女』『ずっと応援してあげてたのに』『裏切られた』『何もしてないじゃない!』『恩知らず』『ビッチ』『誰か助けて』『私の一生は終わった』『みんな離れていってしまった』『殺してやる』『あの女も道連れに』『ひとりで死ぬもんか!』
いつも優しく声をかけてくれたアスナさんと同じ人とは思えない、恨みと悪意に満ちた言葉の数々。
どちらが本当のアスナさんなのか? どちらも結局同じ人の両面なのか?
次々といくつもスクショが送られてくる。
だんだん新しい投稿になるにつれ、DBさんの本名、学校名とかまで書き込まれるようになってきた。
公開範囲を限定しているとはいえ、これはマズイんじゃなかろうか?
でもそのIDは僕が知らない鍵付きの裏アカで、たぶんフォローしてるのも全部自分自身の裏アカとかサークルのごくごく一部の人だけっぽくて、僕から何か諌める言葉を送ることはできなくて。
っていうか、KKさん、どうやってこの投稿を見たの?
きっと世の中には知らないままの方がいいことっていっぱいあるんだよね。
そして最新のスクショを見ると、今日からDBさんがまた学校に行けるようになったことを知っている!
『これ、かなりヤバくないですか? 今にも学校に刃物でも持って押しかけそうな感じ』
『同感だね。だから君に連絡したんだ。
警察に通報しようにも、本来オレが見れないはずのSNSの内容だからね』
『社長にも連絡お願いしてもいいですか? きっと何か通報する抜け道を見つけてくれると思います』
『もちろん、元々そうするつもりだったからかまわないけど、君はどうするんだい?』
『DBさんの学校に直接行ってみます。間に合うなら止めさせたいですから』
『承知。マジでヤバそうだから、危険だと思ったら警備員さんとかに頼るんだよ』
『ありがとうございます!』
テキストチャットの画面を閉じて、外に出る支度をする。
スマホと財布とまともな服。
そういえばこの服はDBさんの見立てだったな、と脈絡なく思い出して、これはまるで「死亡フラグ」みたいじゃないか!? と慌ててなかったことにしようとしたり。
「死亡フラグ」で、辛子さんからもらったフラッシュグレネードを思い出した。
サバゲーのフィールド外で使っていいものかわからないけど、っていうかたぶんダメだけど、役に立つかもしれないから持って行ってみよう。
後から叱られたとしても、DBさんがケガしたりするよりはずっといいはず。
駅へと向かい、電車に乗る。
DBさんにLINEを送るが、たぶん今は授業中。注意喚起は間に合うだろうか?
スマホアプリを頼りにDBさんの通う学校へと電車を乗り継ぎ、そして走った。
息切れして、歩いているのと変わらない速度になっているだろうが、急ぐ気持ちは止められない。
正門近くまでたどり着いた時、ちょうど中に入っていく女性が見えた。
あれはたぶん、いや間違いなく裁判所で見た女性、アスナさん。
叫ぼうにも息が切れて声が出なかった。
学校の周囲を囲う塀にもたれかかりながら歩く僕の方が、アスナさんよりよっぽど不審者っぽかっただろう。
案の定、正面玄関でやたらとガタイのいい警備員さんに呼び止められた。
荒い息で呼吸しながら、警備員さんに来意を告げる。
「さっき、大学生くらいの女の人が来たでしょう? あの人、3年の伊藤さんと裁判になった人なんです。今日から伊藤さんが学校に復帰するのを知って仕返しに来たみたいなんです!」
「だからって、そういう君は何者なんだい?」
「僕は……、僕は伊藤さんの友人です。お願いです、あの人を追って伊藤さんのクラスまで一緒に来てもらえませんか」
その時校舎の方から悲鳴が聞こえた。
警備員さんは僕のことなど放っておいて、そちらに向かって走り出した。
僕も置いていかれないよう、その後を追った。
「私もあなたのおかげで、充分人生設計に瑕疵がついたんですけど」
何と言っていたのかよくわからない絶叫の後に、冷ややかなアルトの声がやけによく響いて聞こえた。
「クラスメイトからは腫れ物のように扱われて、部活は自主的に退部しないわけにはいかなくなって、内部進学できるはずだった大学も外部受験するしかなくなって……。
ちゃんと使用の承諾を取った脚本なのに、誰かさんに濡れ衣着せられたせいで私の人生もメチャクチャなんですけど」
「あんたなんてまだ学校だっていられるし、借金だって背負ってないし、あたしに比べれば全然マシじゃない!」
「マシ? あなたが妙なことしなければ何もなかったはずのことなのに?」
「あんたがsighを盗ったからじゃない! 彼はあたしが見つけた原石だったのに!」
「原石……。そうね、あなたは何もしなかった。原石のまま放っておいて、磨きもしなかった。
sighくんだけじゃない、他の子たちだってそう。磨くどころか、かえってスポイルしていたんじゃない? 甘やかして、自分で傷つけておいて慰めて。
何か具体的なアドバイスをするわけでもなく、その子たちそれぞれに向いたコンテストを紹介するわけでもなく。ただ現状を肯定して放置していただけじゃない」
「……」
「私はたまたまsighくんに惹かれたから声をかけたけれど、この前知った他の子たちだって環境次第で伸びる可能性のある子たちがいっぱいいた。でも、もう時間が足りない……。今からだってまだまだ伸びしろはあるけれど、絵や文章で食べていくための修練だけに使える時間はもうほとんど残っていない――進学や就職のために。受験勉強や、就職したら日々の仕事で創作のために使える時間は限られてしまうもの」
「……」
「あなたは、あなただけじゃなくみんなの時間を浪費したの。その報いを受けた逆恨みをしているの、今、私相手に」
DBさん、そのひと言は余計だよ! って思った瞬間、アスナさんは言葉にならない奇声をあげて、DBさんに掴みかかろうとした。
僕は走っている間にカバンから出しておいたフラッシュグレネードをアスナさんの足元に叩きつけた。
教室に向かっている間にゼイゼイ言いながら伝えたとおり、警備員さんはその瞬間に目を閉じてくれた。
爆竹のような乾いた破裂音とともに、目を閉じてもわかるくらいの閃光が走った。
僕が目を開けた時には、床に転げるDBさん、その横にうつ伏せに押さえつけられているアスナさん、そのアスナさんを確保している警備員さん、遠巻きにして……でもまだ目を手で覆っているクラスメイトであろう女子たち。
「職員室に連絡を! 警察に通報してもらって!」
警備員さんが僕に叫んだ。
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