フェイズ3 決意
『未成年とは思わなかったな。
あの絵、あのレビューのセンス、なんとなく二十代前半くらいに思っていたよ』
そう社長は言った。
いや、正確には「言った」わけじゃなく、チャットのテキストだけれど。
モニタの向こうの「メイド書店(仮)」の社長は、開店に向けて他のいくつかの仕事と並行して僕と打ち合わせをしているようだ。
『で、本題なんだけれど』
「はい」
『誰か、絵は下手でもいいから、人付き合いがよくて見る目はある、みたいなやつに心当たりはないかな?』
「絵は下手でもって、その人は何をするんですか?」
『俺のサポートだ。
君は幸い絵も文章も両方書けるが、絵だけ、文章だけって奴は多い。
むしろそれが普通だ。
そんな連中のマッチングだな』
「なるほど」
『こう言っちゃ君にも失礼だけど、オタクって奴はコミュニケーションが下手な奴が多い。
あくまで一般論だけれど、せっかく面白いものを創ったり見つけたりするセンスはあるのに、それを発信するのが絶望的に下手だ。
そんな連中の「人の輪のハブ」になって、情報の整理や仕事の進捗の管理、それができてなおかつオタク的なセンスも持っている人間が欲しい。
だから君みたいな個人事業主としての契約じゃなく、ある程度常勤できる奴を時給か日給制で雇いたい。
……いや、成功報酬でやれば個人事業主でもいけるか?』
社長は考え事に集中し始めたようだ。
こうなるとしばらく待つしかない。
そして僕の脳裏にはひとりの人物が思い浮かんでいた。
『でもって、できればその『オタクの言葉』を一般の客にも判るように『翻訳』できる常識がある奴ならもっといい』
唐突に話を再開した社長に僕は言った。
「ひとり心当たりがあるんですが」
『マジか!』
「はい、
『いないな……。いや、でもその名前は見覚えあるぞ』
「僕をオンラインサークルに誘ってくれた人なんですけど」
『ああ! 思い出したぞ。
“深呼吸して”の代表だな!』
「そうです、そうです!」
『確かになぁ、絵も文章も悪くはないんだが凡庸だった。
品よく小奇麗にまとまってるんだけど、華がないっつーか、真面目くさそうな奴だよな』
「そうですね(笑)
サークル誌って、これも電子媒体なんですけど、締切とかすごく厳しかったです。
色の塗り忘れとかはもちろん、色味の完成度にもこだわって。
こまめにみんなの進捗状況チェックして」
『ほぉ。
そいつは使えるかもな』
「はい、他のメンバーのみなさん、みんな絵が上手かったり面白いショートショート書いたりするんですけど、グループメッセとか見ると、ホントひと癖もふた癖もある人たちばかりで、あのメンバーをまとめるのってすごいなぁって思ってたんです」
『で? そいつも学生なのか? もう社会人なのか?』
「すみません、ぜんぜんわかんないんです。
年齢どころか、男か女かすら」
『なんだよそれ?
SNSにしても、メールにしてもいくら隠しても言葉遣いにクセは出るもんだろう?』
「それがすごい徹底してるんですよ。
どっちともとれるように。
『ふ〜ん、公務員とか、逆にお前くらいの歳の学生なのかもな。
あとリアルがデブだからDBとかな』
「社長、それはひどいですよ」
だんだん社長の言葉遣いが乱れてきてたけど、それはそれで打ち解けてもらえているようで嬉しかった。
『“深呼吸して”のメンバーはけっこう何人も声をかけたけど、結局お前以外は断ってきたり、スルーされたりだったな』
「そうなんですか?」
『ああ、あいつらみんなセミプロだろ? こんな安い仕事は請けないさ』
「そういえば、父も条件を見て『小遣い稼ぎにもならない』って言ってました」
『そうだろうな、ダメ元で声をかけた奴ら以外は、基本的に半端者なんだ。
安い仕事でも請けてくれそうな、――絵は上手いが絶望的にコミュ障とか、いい短編を書くんだが一緒に載せてる絵が残念とか、あとブログの文章は日本語が崩壊してるんだが、そこで推してる作品がしばらく経つと大ヒットみたいな奴――とかな』
「はぁ〜、僕も半端者枠だったんですね」
『まあ、そうだな。
あれだけいいものを描いてるのに、プロデュース力がなさすぎた。
POPの絵と文章をひとりでできる、こいつは雇えれば拾いものだな、とは思ったな』
画面の向こうで社長がクツクツ笑う姿が脳裏に浮かんだ。
なるほど、僕と社長はWin-Winの関係だったわけだ。
『よし! っと。
今DBって奴に勧誘メールを送ったぞ。
お前にもBCCしておいたから、読んでみな。
本人には内緒だぞ』
こうして社長とのチャットは終了した。
っていうか、僕とチャットしながらこの短時間で、どうやってメールの文章を書いていたんだろう?
その晩、今日依頼されたPOPを描いていたら、DBさんからメールが来た。
『私をあの会社に推薦してくれたそうだね。
ありがとう。
お礼は言っておくよ。
正直、副業だから受けるべきか断るべきか悩んだんだ。
それと同時に、最初、君も含めてサークルのみんなの大半に声がかかったのに私には来なかっただろう。
どっちみち断るつもりの安い仕事だったけれど、屈辱ではあったんだ。
声がかからなかったことはね。
でも今日、社長からメールを貰って考えが変わってね。
やっぱり断るつもりで返信したけれど、秒速でまたメールの返信が来たんだ。
クリエイターではなくマネジメントのセンスを評価している、と。
今日だけで何度も社長とメールのやり取りをして気がついたんだ。
私自身、自分の絵にも文章にも突き抜けたものがないのはわかっていたけれど、それとは違う伸びしろを示してもらえて感謝しているんだ。
社長にも、そしてキミにも。
フルタイムで働くわけにはいかないけれど、これからキミたちのサポートをしていくことに決めたよ。
この仕事は楽しそうだ。
ありがとう。
これからもよろしく。
DB』
こうして僕の怒涛の日々が始まった。
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