フェイズ4 不況
社長は、なんというか義理人情に厚い人ではあった。
「メイド書店」で使うPOPの原稿料だけでは食っていけるはずがないだろうと、人脈を駆使してライトノベルの表紙やゲームのキャラクター原案なんかの仕事を取ってきてくれた。
もっともそれは、ほとんどがマネジメント隊のリーダー鍋奉行さんと、サブリーダーのそいさんの人脈に丸投げだったわけだけれど。
とにかく僕たちの懐はそれなりに潤った。
いや、潤うはずだった。
が、僕たちに仕事だけ与えてもダメだったんだ。
キチンと仕事ができる人は、既に仕事をしている。
同人サークル“深呼吸して”のメンバーたちのように。
そもそも僕たちがこうして「メイド書店」の安い仕事に飛びついたのも、実は自分自身のスケジュール管理が出来ないものだから、一度は仕事の依頼が来ても二度目はなかったからって人が大半だったんだ。
そんなわけで僕たちは今、鍋奉行さん、そいさん、そして
鍋奉行さんとそいさんは仕事を斡旋した手前、発注元への責任というか、自分たち自身の信用に関わってくるからかなりの鬼モードだ。これから先、このふたりには絶対逆らわないことにしようと、僕たちクリエイター陣はメッセージを送りあって結束を固めた。
人によってはパソコンを遠隔でモニタされて、Twitterのタイムライン警備をしたり一定時間以上パソコンを操作していない状況になっていないか見張られているらしい。
DBさんが言うには、本当か嘘かわからないがパソコンだけじゃなくスマホやタブレットでタイムライン警備をしたりしないよう、Wi-Fiの大元のルーターまで遠隔管理されている人もいるという話だ。
そんなことよりも、こちらを先に報告するべきだったかな。
「メイド書店」のオープニングは大成功だった。
ツンデレなメイドが接客する、オタク商材に振り切った書店。
メイドの接客だけではなく、内装やポイントカードのシステムなんかもかなりあざとく振り切っている。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054882848074/episodes/1177354054882848235
この店の商品につけるPOPや店内の手描きポスターを作るのが僕たちクリエイター陣の仕事だ。
そして僕たちに仕事を割り振り、進捗状況を管理するのが、マネジメント隊の仕事。
マネジメントリーダーの鍋奉行さんは、噂によると社長がけっこうな高給で引き抜いたという大手壁サークルの経理担当で、この店が順調に売上を伸ばせば正社員にという話になっているらしい。
サブリーダーのそいさんは、僕はそっち方面には疎いのでよくわからないけれど「腐女子界隈」では有名な目利きなのだそうだ。
このふたりは基本的に店の上の階にある事務所に出勤して仕事をしている。
そしてマネジメント隊のもうひとり、僕が紹介したDBさんは在宅で仕事。
彼らは僕たちクリエイター陣の作業の進捗管理と、仕入組からの情報の取捨選択が主な仕事だ。
仕入組は売れそうな本の発掘と発注部数の提案をする。
彼らの目利き次第で人気作を売り逃したり、逆に売れない本のデッドストックを抱え込んでしまうかもしれない、ある意味この店の生命線、車の両輪の片方だ。
ちなみにもう一本ある生命線は店頭に立つメイドさんたち。
ひきこもりの僕はまだ店には行ったことがないから、会ったこともないけれど。
いや、クリエイター陣のみんなとだって、テキストチャットでしか交流がないのだけど。
僕たちクリエイター陣は社長や仕入組からの指示でPOPやポスターを描く。
縦10cm×横15cmのPOP用紙、この上が僕たちクリエイター陣の
もっとも公式にはあのPOPはメイドさんたちが描いたことになっているので、僕たちは裏方の中の裏方というか、いないものとして振る舞わなければならない。
自分の仕事の成果を表立っては誇れない。
そのへんを判っているから、社長は僕たちにイラストの仕事を回してくれているのだろう。
単にお金のためだけじゃなく、自尊心のために。
僕たちも……少なくとも僕はそう思っているから、社長の計らいには結果を出すことで応えたいと思っている。
僕は他のふたりひと組で動いている人たちと違って、ひとりで仕事を完結できるからマネジメントは楽だと僕の担当のDBさんが言っていた。
DBさんは僕の他にふた組の進捗管理を担当している。
みんな遠隔地に住んでいるみたいだ。
担当する絵師とコピーライターに新刊見本を送り、到着を確認する。社長や仕入組から大まかな方向性を指示されているのでそれを伝える。
指示通りのイメージになっているか確認しながら、時にはリテイクを出すことも計算に入れてPOPやポスター、ウェブサイトに載せるイラストやキャッチコピー作成の進捗状況を管理する。
DBさんがやっているのは主にそんな仕事。
鍋奉行さんとそいさんはそれに加えて仕入組から上がってくる情報を元に売れ行き予測を立てて、発注部数を確定させて社長に申請もする。仕入組から直接提案すればいいのに、と言ったら、DBさんいわく「あの連中は『自分が好きなもの』しか見えないからバイアスがかかりすぎて、世間一般の流行とはベクトルがズレていたり、一歩以上先を行ってたりするから、私らが補正してやらないと使えるデータにならないんだよ」と。
そういうDBさん自身も仕入に関してはまだ見習い状態なのだそうだ。
「フルタイムで働けないからね」とはたぶん負け惜しみだろう。
さて、話が脱線してしまった。
そんなわけで僕は最近、POPだけじゃなくライトノベルの表紙を描く依頼が増えた。
さらにライトノベルだけじゃなく、「僕なんかでいいの!?」って思ってしまうような若手の文芸作家の新刊の表紙まで描かせてもらった。
依頼主が言うには、独特な透明感があっていいんだそうだ。
自分ではよくわからないけれど。
とりあえず、自分が表紙を描いた本のPOPも描くっていうのは、ちょっと不思議な気分だ。
相変わらず図書館より遠くに出るのは怖いしコンビニの店員さんや図書館の司書さん以外の人と話すのも怖いけれど、メールやテキストチャットで話す友人知人はずいぶん増えた。
DBさんや社長をはじめ、クリエイター陣、仕入組、出版社の編集者さんや、何人かは表紙を描かせてもらった本の著者さんともチャットで話すような仲になった。
そしてわかったことは、僕は恵まれているということだった。
今の悩みはむしろ贅沢な悩みと言っていいくらいだった。
新人のイラストレーターにしては、仕事の依頼が頭ひとつ分以上飛び抜けて多いこと。
何しろ新人だからと、より好みせずに依頼を受けた結果、ものすごく多忙になっていること。
その多忙さゆえ、本や漫画を読んだりアニメを観たりというインプットの時間が不足気味になっていること。
「なんでもいい、安くてもいいから仕事くれ〜」と言っている人たちからしたら、たしかに贅沢な悩みだ。
それでも僕自身にとっては深刻な問題だ。
このままでは近い将来、新しい発想のネタが尽きてしまう。
「ちゃんとご飯食べなさい!」
また母に叱られた。
ネタが尽きる前に、僕自身が過労で倒れてしまいそうだった。
そんなある日、社長からメールが届いた。
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