フェイズ5 助け

DBディービーにお前のマネジメントさせるから、奴に報酬の10%を支払うというのはどうだ?』と社長からメールが来た。


 最近、社長とはボイスチャットで話せるようになった。

 他の人はまだ怖いけど。

 さっそくボイスチャットに切り替えた。

 そうすれば、社長は他の仕事をしながら話ができる。


「DBの業務レポートにな、お前が仕事の依頼を断らないから、POP描きこっちの業務にも影響が出てきかねないって書いてあってな、詳しく訊いてみたんだよ。

 お前、謙虚なのは美徳だけど、ポッと出の新人だから安い仕事も断らないってのはまあいいとして、安すぎる仕事にも全力のクオリティで納品するって、それは回り回ってお前自身の商品価値を下げるし、もっと高値や適正価格で依頼してきた相手には失礼だってことまで頭が回ってないだろう?」


 言われてショックを受けた。

 適正価格っていうのがどれくらいかは知らないけれど、僕が描くものに高い値段をつけてくれた相手に失礼だなんて思いもしなかったから。


「そ、そうですね。僕、謝ってきた方がいいですか? 高い値段をつけてくれた人にお金返した方がいいですか?」


 たぶん、じゃなくて間違いなく僕の声は震えていた。


「バカか? お前は! これだからコミュ障のひきこもりは……まったくもう。

 過ぎたことはもう仕方がないんだ。これからの仕事で取り戻すんだ。

 だから、お前のマネジメントをDBにさせようって話を始めたんじゃないか」


 そうだった、動揺してすっかり本題を忘れていた。


「いいか? これから仕事の依頼はすべてDBを通すこと。

 価格交渉とか締切の期限の交渉なんかも全部DBにやらせる。場合によっては、断ることもあるし、逆にDBが仕事を取ってくることもある。

 期日がタイトだったり値段が安かったら、敢えてクオリティを下げたものを描かせたりするかもしれない。お前には不本意だろうけどな。

 マネジメントと言ったけれど、むしろプロデュース的な仕事の方が比重は高いかもしれない。

 けど、これはお前に一定以上の水準の作品を描かせるためには必要なことで、その汚れ役をDBにやってもらうわけだ」


「そんな……、そんなのDBさんに悪いですよ」


「いや、これはも了承してるし、そもそもあいつの才能はプロデューサー向きだ。

 ここしばらくの仕事ぶりを見てそう判断した。

 あいつにとっても修行って意味で、時給じゃなくて成功報酬にして、納品価格の10%をあいつの取り分にする。その分お前の取り分が減るからこうして相談してるわけだ。

 ま、10%以上の働きはしてくれるだろうから、結果的には収入は増えるだろうよ」


「あ、あの……」


 いや、今気になること社長が言ったよ?

 お金の話じゃなくて……


「DBさんって、女の人だったんですか!?」


「あ、ヤベ! いま俺、言っちまったか?

 悪い、忘れてくれって言っても忘れられるもんじゃないだろうから、聞かなかったことにしておいてくれ。

 口滑らしちまったついでだから言っておくと、あいつはいいトコのお嬢様学校の高校生でな、アルバイト禁止なんだよ。

 父親は味方なんだが、母親が反対しているようだ。

 だからウチの仕事もマネジメント隊だけど在宅で成果報酬制、現金じゃなくて謝礼として図書カードをプレゼントって形を取ってる。

 お前の仕事もその形でやってくれ。

 いいか、くれぐれも気づかれるなよ? 本人にも親御さんにも」


 なんかマズイことを聞かされてしまったようだ。



 その日の夜に、さっそくDBさんからメールが来た。

「稼がせてもらうから、覚悟しろよ」と。

 文面の向こう側に、悪い笑みを浮かべているDBさんの顔(もやっと想像)が透けて見えるようだ。


 DBさんの指示は矢継ぎ早だった。

 曰く、「『pixel』やSNSの自己紹介欄には『仕事の依頼はこちらまで』って書いて、私のフリーアドレスを書いておきたまえ。直接DMが来たら、無報酬とかエロいのであっても、すべていったん私のフリーアドレスに転送だ。絶対にキミの判断では仕事を受けないように。断るのも基本的に私からするから」


「断ることまでやってもらうなんて、なんだか申し訳ないですよ」


『やれやれ、社長から聞いているだろう? キミをプロデュースして上前をはねるのが私の仕事なんだ。キミの商品価値を上げるために、価格交渉したり、上手な断り方をするのも私の経験値になるんだよ。いずれ私が大物の作家やイラストレーターのマネジメントで食べていくための、キミはいわばβテストの叩き台なわけだ』


「はい、わかりました。DBさんがツンデレ属性だってこと」


『キミ、呼び出されるのは屋上と体育館の裏と特別棟の男子トイレとどれがいい? 選ばせてあげるよ』


「僕はひきこもりだから、どこにも行けませんよ」


『生意気に口答えするようになったなぁ。3年前のあの初々しさはどこに置き忘れてきてしまったんだい?』


「たぶん、社長とDBさんに担保として取られちゃったんですよ」


『本当に言うようになったねぇ。

 あ、あとひとつアドバイスだ。

 Facebookをやるようなら、リアルな友だち限定にしておくこと。まあ、聞いた限りではそもそもキミには友だちはいなそうだけれどね。

 で、Twitterは鍵アカウントをもうひとつ作って、これを本アカにする。今までのアカウントはダミーにして残して、イラストレーター「sighサイ」として振る舞うんだ。ポロッと本音を漏らしたくなったら鍵アカの方で。ただしこっちでフォローを許可するのは私や社長、あとはクリエイター陣や出版社の編集者とか、とにかくいざとなったらリアルが追跡できる人だけにしておくこと。

 キミがInstagramをやるとも思えないけど、インスタとか他のSNSもやるとしたら、決して「sigh」とも鍵アカとも紐付けないように。どこからリアルが割れるかわからないからね。

 いいかな?』


「鍵アカの方にフォローの申請が来たら?」


『だーかーらー! なりすましとかでもなく間違いなく知り合いって判断できるのでない限り、無視! だ。

 心配になってきたから、そっちも私がチェックするぞ。

 後でアカウントを作っておいてやるから、それを使え』



 DBさんによって選び抜かれた仕事の依頼は、どれも単価が高くて、時間的にも余裕があって、何より挑戦心をくすぐられるものばかりだった。

 そして進捗状況のチェックの合間に交わすDBさんとのチャットは、まるで古くからの親友というか面倒見のいい幼馴染のお兄さんのようなとても心地よい距離感で。


 本当はお姉さんだけれど。


 向こうは仕事、僕に気持ちよく絵を描かせるためにやっていること、いくらそう思うようにしていても、男性のふりというか性別を悟らせないようにしているDBさんとのやりとりの後はいつも、もう少しだけ距離を詰めたい、そう思うのだった。


 テキストチャットじゃなく、ボイスチャットで話したいな、と思った。

 いったいどんな声をしているんだろう? どんな顔をしているんだろう?

 女の人のことがこんなに気になったのは初めてのことだった。

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