フェイズ6 成長
ついつい作業の手を止めて空想にふけってしまう。
僕よりひとつかふたつ、年上なのかな。
高校生で、女の子で、なのにあのひと癖もふた癖もある同人サークル“深呼吸して”のメンバーをまとめるなんて、きっとリアルでもコミュ力高いんだろうな。
美人でスクールカースト上位、みたいな人なんだろうな。
こんなオンラインでもなければ、僕なんかとは一生接点のないようなレベルの高い人なんだろうな。
でも、
社長の冗談のせいで、なぜか僕の中のDBさんのイメージはふくよかな女性になってしまったよ。
前髪パッツンで、黒縁メガネ。
制服のスカートは長めで、化粧っ気はないんだけど石鹸の香りがして……。
……彼氏、いたりするのかな?
ほわん、とメール着信の音が鳴った。
まさにそのDBさんからだった。
『進捗してるかい?
途中でもいいから、今出来てるところまで添付ファイルで送ってくれないか?
今回はスピードが最優先だからね、得意先だからって
仕事上のDBさんは容赦ない。
とてもリアルが女子高生だとは思えない。
社長、僕にやる気を出させるために嘘ついてるんじゃなかろうか?
ホントは本社にいる社長の同僚とかなんじゃないの? 暑苦しくて押しの強い営業マンとか。
鉛筆書きのラフスケッチをスキャナで取り込んで、そのままメールに添付して送る。
あっという間に返事が来る。
『いいじゃないか! これ!!
sighらしいテイストだけど、ササッとスケッチしましたみたいな雰囲気で目新しいよ。
このままこれに水彩風のタッチで色つけちゃって完成にしよう!
わざと少し線から色がはみだすようなあざとい感じでさ』
「ええっ!? それじゃあ、あまりにも手抜きなんじゃ?」
『だーかーらー! 手抜きでいいんだよ、この仕事は!!
お得意さんだから仕事は断りたくない、でも提示してくる料金は安くて納期も短いのに交渉の余地はない。
そこで、この絵だよ。
“ほらほら、sighのセンスはいいでしょう? お金と時間さえくれれば、これをもっとブラッシュアップして完成度の高いものを納品できるのにもったいないなぁ”って見せつけるのに、これほどいい作品はないよ!
キミはこれにざっくり水彩風のタッチで色をつける、私はそれをチェックして期限ギリギリに納品する。
完璧だな!』
DBさん、ノリノリだな。『ギャラリー・フェイク』の藤田玲司みたいだよ。
あと、最近「だーかーらー!」が多いな。
そんなに僕は飲み込み悪いかな?
『じゃあ、これはあと30分で仕上げて送ってくれよな。
そしたら次の仕事、予定では1週間のつもりだったけど10日かけられる。
資料を30分後に送るから、目を通しておくれ。
こっちの仕事は大きいぞ。
角山書店の新刊の表紙で、著者は本屋大賞候補の常連だ。
3日増えれば、ラフ案のやりとりも予定より1回は多くできるだろうから、その分イメージのすり合わせがしっかりできる』
「うわぁ! 文芸書の表紙ってしか聞いてなかったのに、そんなの僕には荷が重いですよぉ」
『何を言っているんだい。
これはね、著者直々のご指名だそうだよ。
本屋で見かけた君が装画を手掛けた本、それがすごく気に入ったんだってさ』
「ますますプレッシャーじゃないですか!」
『やれやれ、せっかく名の知れた作家さんに認められたんだから、もっと自信を持ちなよ。
君はこれから送る企画書の資料を読んで、いつも通りに浮かび上がったイメージをそのまま絵にすればいいのさ。
さあ、それじゃあ26分後に資料を送るから、それまでに彩色を終わらせること!
アデュー!』
アデューって……テンション高いな。
DBさん、さっきの絵をホントに気に入ってくれたみたいだし、次の仕事は気合が入っているっていうか……。
きっと僕たちのキャリアアップのためには大事な仕事なんだろうな。
あと、「やれやれ」も最近多いな。
村上春樹のファンなのかな?
それにしてもテンション上がり過ぎだろう。
ネットの向こうでまだ見ぬ女子高生が鼻息も荒く握りこぶし作ってる姿を想像したら、なんだか肩の力が抜けてきた。
28分後(タイムスタンプを見たら、送信はホントに26分後だったけど)メールが届いた。
添付ファイルのひとつには「まだ推敲途中ですが」と編集者からの但し書きがついて、表紙のイメージ作りに役立てばと、その小説の原稿が生のテキストファイルで添付されていた。
メールの本文の末尾に、DBさんからの私信があった。
『ひとつお願いがあるんだけど
知り合いの女子高生が文化祭の演劇部の公演で、キミが以前ブログに上げた小説を題材に使いたいんだって
無償の仕事は受けない方針なんだけど、もう書き終えたものだし、書籍化の依頼もない作品だし、いいかなぁ?』
知り合いの女子高生ってDBさん本人なのかな? それともクラスメイトとかなのかな?
ちょっとだけDBさんの正体を知っている僕としては、そのささやかな嘘を微笑ましく感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます