メイド書店
@kuronekoya
第1話 その書店は秋葉原の裏通り、雑居ビルの2階にある
その店の名は直球で「メイド書店」。
従業員の制服はもちろんメイド服だ。
アルバイトはヒラヒラのフリフリ。顧客からの評価によってランクアップする。
アルバイトから始まって、正社員、役職付きになるにつれ、だんだんとクラシカルなロング丈タイプになる。
ご来店されたお客様への挨拶は、もちろん「おかえりなさいませ、ご主人様」だ。
朝10時、開店時間の出勤しているメイドたちが勢揃いして、一列に並んでお出迎えしてくれる光景は圧巻だ。
それを目当てに、最近では毎朝開店時間に行列ができる。
写真撮影は不可だが、それでもたまにSNSにアップされてしまうこともある。
まあ、アップされても熱心なファンたちによりすぐに炎上、リアル割れ、アカウント停止に追い込まれてしまうから、最近はそんな猛者もめったにいない。
おかげで意外とメイドたちのプライバシーは守られている。
執事然とした店長の他に、制服警備の男性もいる。
スコットランドでバグパイプを吹いていそうな制服だ。
男性スタッフは「ご主人様」のコンプレックスを刺激しないよう、敢えてフツメン・ブサメンばかりだが、みな何かしらの武道・格闘技の有段者だ。
もしもメイドに不埒な真似などしたら、店内に死角などない監視カメラの映像とともに万世橋警察署に連行されることになる。
店内の什器や装飾は(一見)本格的だ。それっぽく古びた感じの加工をしたり、クラシカルな色調の壁紙を貼ってあるだけなのだが、ソースの不確かな情報によると、ひとつだけ本物のアンティーク家具が使われている書棚があるという。
もっとも、その書棚に収まっている売り物、すなわち本の大半は他の棚同様ライトノベルやコミック、画集そして通称「薄い本」なのだけれど……。
レジも特注品の筐体を使い(中身は最新のPOSレジだ)、明治期の機械式レジのような外観をしている。動作音もピーとかいう電子音ではなく、わざわざ「カチャカチャ」とか「ガチャコーン」というような音を作っているほどのこだわりようだ。
そうそう、言い忘れていたが、このメイドたちはツンデレだ。
「タイトル忘れちゃったんですけど、第3回カクヨムWebコン大賞受賞作の本ありますか?」
とか訊いても、
「それくらい自分で探しなさいよ、男の子でしょ!」
なんて蔑んだ目でメイドに言われる。
さして広くもない店内だが、検索用端末はある。
中身はただのパソコンだが、筐体は特注品のバロック調の木製だ。
もちろん、自宅でホームページから検索しての取り置きサービスやお取り寄せも可能だ。
店内の平積みされた新刊やお薦め本には、たくさんの手書きっぽいPOPがついている。
あざとい丸文字、カラフルな色使いでその本が如何に素晴らしいかが書いてあり、それぞれの文末にはお薦めしたメイドの名前(もちろん源氏名だ:名札の名前も同様)で署名がある。
実際にその文面を考えたり書いたりしたのはそのメイドなのか? と疑ってはいけない。気持ち悪い結論に達するだろうから、想像しないことをお薦めする。
ポイントカードにもこだわりがある。
今どき紙のカードにスタンプを押すというスタイルなのだが、スタンプはメイドひとりひとりがオリジナルデザインのものを使っている。
スタンプが一杯になると、提携しているメイド喫茶の無料券と、とある特典券がもらえて、新しいカードを渡される。
古いカードは「こんぷり〜と」とあざといひらがなで書かれたハンコを押して返してもらえる。有料だがラミネート加工だってしてもらえる。
ちなみにその特典券とは「1回一緒に本を探してもらえる券(デレ付)」だ。
カードにはQRコードがついていて、それで会員情報や購入履歴などを管理する。
「ご主人様」によって、全てのメイドのスタンプをコンプリートしたり、特定のメイドのスタンプばかり集めたり、といろいろこだわりがあるようだ。
気持ち悪い、とか言ってはいけない。
さあ、ようやく目当ての本が見つかってレジに向かう。
例え混んでいなくても、レジの近くの機械(もちろん筐体は装飾過剰でゴシックな感じの特注品だ)にポイントカードをスキャンして番号札を受け取る。
ポイントカードを持っていない場合は、スイッチを押して番号札だけ受け取ることも出来るが、この店の顧客の大半はポイントカードを取得している。なぜなら、ポイントカードにはユーザーネーム登録が必須なのだ。
番号札をもって待つことしばし、レジにいるメイドさんから恋人に向けられるような笑顔で「おまたせいたしました! 黒猫屋さん!!」と呼んでもらえるのだから。
敬称は「さま/さん/くん/呼び捨て」と登録時にオプションで選択できる。
ポイントカードを作っていないと、だいぶテンション下がって「いらっしゃいませ。86番さま」みたいな感じ。
レジで買いたい商品をメイドさんに渡す。
するとどうだ。さっきまで問い合わせとかに対してあんなに高飛車だったメイドがうつむきながら、
「さっきはごめんね。買ってくれてありがとう」
なんてモジモジして言うのだ。
なんというギャップ萌えなシチュエーション!
ちなみにブックカバーは中世ヨーロッパの革表紙みたいなデザインでセンスがよく、このカバー目当てに非オタのお客様もいらっしゃるほどだ。
そして袋(これもまたデザインの評判がよい上にけっこう丈夫だ)に入れた商品を手渡し、「ご主人様」が帰ろうと振り向いた瞬間、シャツのひじのあたりをつかんで、これまたうつむきながら頬を赤らめて小さな声で言うのだ。
「……また来てね」
この店の顧客の大半はリピーターである。
そして、どうにもこの「デレ」が苦手な私は、もうこんなにもこの店のシステムに詳しくなってしまうほど長く働いているけれど、あいかわらずヒラヒラのメイド服を着て働いている。
to be continued?
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