(4)

 突如、進行方向とは逆から聞こえて来た声に、一同の間にさっと緊張が走った。

 与依は咄嗟に『ありえない』と思った。

 だが、与依の想像が間違いなどではない証拠に、

《そ、そのこえは、シン! オレサマはここだぞ! はやくたすけにこい!》

 縁がその声の主の名を叫んで、袋の中で大暴れして見せた。

(嘘だ……)

 与依は呆然と、自分たちのやって来た方向を見た。

 その方向には歴と歴に差し向けられた男がいるはずだった。

 だが、互いの姿が確認できる場所に現われたのは、

「うう……」利き腕をざっくりと斬られた男と、

「与依!」あちこちから血を流している歴と、

「少し迎えが遅くなってしまった」

『遮幕朧』を左腕に巻いた深だった。

「貴様、何者」

 歴の父親を斬った男が、自ら進み出て訊ねる。

 対して深は、濡れ鼠の状態で、くしゃみ一つしてから答えた。

「俺は深。しがない流れの薬師で、お前さんたちが誘拐した『山彦鳥』の友人だ」

「……」

「今、『山彦鳥』の持ち主は別な場所で始末されているはず――と思っただろ?

 確かに騙されたが、ここにこうしている以上、始末されたのはどちらか、言わずとも判るだろ?」

 直後、男は腰の刀に手を添えた。

 それに倣い、縁を入れた袋を持った男を外した二人も構え、

「行け」

 男の号令一つで、部下の二人が斬りかかった。

 大人三人が余裕で通れると言っても、大立ち回りが出来るほど広くはない。

 部下の一人が初めに深に到達し、刀を上から振り下ろす。

 それを予め知っていたかのように、深は男の懐へ踏み込み、強烈な拳の一撃を鳩尾へ叩き込めば、衝撃の余り、男の手から刀が離れた。

 その、白目を剥いて倒れる男の手から刀を奪い取り、即座に左側から振り抜かれる一刀を受け止める。

 そのまま連続で斬りつけられるのを悉く受けて立ち、男が息を吸い込むと同時に踏み込み、左下から右肩へ刀を降り抜けば、面白いように刀が飛んだ。

 直後――

「っが!」

 刀を弾き飛ばされた男が苦悶の声を漏らすのと、深が大きく退いたのは同時だった。

 見れば、歴の父親を斬った男の刀が、部下の体を貫いて深へと迫っていた。

 そして、

「わわわわっ」

 深が右へ避けるのと、男によって後ろから蹴り飛ばされた部下が倒れ込むのはほぼ同時。

 突然自分へ向かって突っ込んで来る部下から逃げて、驚きの声をあげる歴。

 その視線の先で、部下は血を吐き出してビクビクと痙攣した。

「……自分の部下の命も使い捨てか。役立たずとは余りの言いようだな」

 嫌悪感の籠もった声に、視線を再び上げれば、父親を斬った男と深が、互いに間合いを計りながら、ゆっくりと移動していた。

 そして、歴が瞬きをした瞬間――男は地面を蹴っていた。

 速かった。そして、異様な動きだった。

 男が、深の頭上目掛けて刀を振り下ろすのを、深が刀を掲げて防ぐとすかさず何度も何度も打ち付けた。

 それこそ、息も吐かせないほどの速さで、一瞬でも気を緩めたら簡単に脳天をかち割りそうな勢いに、見ている歴の呼吸が止まっていた。

 そうかと思うと、突然駒のように体を回転させ、下から深の刀を弾き飛ばす。

 そのがら空きになった胴体目掛けて、今度は刀を突き出し、深がそれを払い除ければ、払い除けた力を利用して一回転し、反対から斬りつける。

 その縦横無尽の刀捌きに加え、時折足が飛んで来る。

 まさに息吐く間もない攻撃に、歴は我知らず握り拳を作って見入っていた。

 何故なら、それほどまでに激しい攻撃を、深は悉く捌いているのだから。

 それこそまるで、相手の攻撃がどう来るのか判っているかのようだと歴は思った。

 同時にそれは男も思ったらしく、男は一度間合いを取って問い掛けていた。

「貴様、どこで剣を習った」

 対して深は、多少息を上げながら答えた。

「我流だ」

「そうか」

 短いやり取りで何が通じたものか、男は突然刀を下ろすと、再び口を開いた。

「何故か、負ける気はしないが勝てる気もしない。貴様の目的はあの『山彦鳥』か?」

「それと、与依殿だな」

 どこかホッとしたような声で深が付け加えれば、

「それは欲張りと言うものだ」

 当然の答えが返って来た。

 だが深には判っていた。目の前の男が考え始めたことを。

 即ち交渉の余地があるということを。

「だが、借金の取立てで命を張るのもどうかと俺は思うがな……」

「だが、これが俺たちの仕事だ。仕事である以上、まっとうしなければならない」

「だとしても、十人の命を賭けてまでやらなければならない仕事か?」

「……どういう意味だ?」

「お前にしてみれば使い捨ての駒かもしれないが、一応俺のところに来た連中は殺してはいない。ただ、多少動けなくした状態で船に積み込んで川には流した」

「だからなんだ。役立たずを迎えに行くつもりはさらさらない」

「だとしても、慈悲を掛けた。勝手に掛けておいて図々しいと思う気持ちも判るが、そもそもの問題として、生きた人間や喋る鳥を連れて行く必要は必ずしもないだろ?」

「……」

「ようは、お前さんたちの仕事は借金を回収するということで、人攫いをすることじゃない。人を攫うのは、それに見合った金がなかったからだ。違うか?」

「だったらどうだというのだ」

「だから、もしここに、与依殿と『山彦鳥』に見合う金額が用意されていたら、そっちを持って帰ることにしてもいいはずだ。さもなければ、俺はお前さん達を殺さなければならなくなる。

 お前さんも自分で言っていただろ。負けるつもりもないが勝てるとも思わないと。

 それで負けたらお前さんに何が残る? かろうじて勝ったとしても、利き腕が使えなくなっていたらどうする? 二度と刀を握れなくなっていたら? 体術でも極めて応戦するのも良いだろうが、それまではどうする?

 お前さんのように人を人とも思わない人間が、自分の身を守る術をなくした。技術をなくしたと知れば、周囲がどんな反応を見せるか分からない訳ではないだろ?」

「だったら何だ。村の連中は初めから人を売り渡す方法で借金を返していた。

 悪いのは俺たちではなく、村の連中じゃないのか」

「それはそうだ。だからお前さんたちのことを責めるつもりはないさ。

 ただ、お前さんが捕まえた『山彦鳥』はこの村のものではない。流れの薬師である俺のものだ。それを勝手に連れて行くのはどうかと思う」

「だったらどうする」

「金を払おう」

『え?』と、戸惑いの声を漏らす与依と歴。

 このとき既に、男は刀の切っ先を下ろし切っていた。

「ここに小判が二十枚ある。これで『山彦鳥』と与依殿を買い取らせてもらう」

「……」

「おっと。値段は吊り上げないでくれよ。本来の枚数より五枚も多いんだからな。

 それだけあればこの村がどれだけ助かるか」

「……何故、赤の他人のお前がそれほどの大金を出せる」

「確かに。与依殿とは赤の他人だが、縁とは他人じゃない。

 俺の大切な相棒なんだ。だから、無事に返してくれるというのなら金を払う」

「…………」

「あんたは、人でなしだが、仕事をこなせれば無茶なことはしない人間だ。違うか?」

「……」

「だからこその交渉だ。金は払う。だから二人を返してくれ。さもなければ、ここでその両腕を切り落とす」

 と、改めて深が刀を構え直せば――

「……金を検めさせてもらおう」

 熟考した男が刀をしまいながら言って来た。

 深は素直に金の入った袋を放り投げた。

 本来であれば、男が袋に気を取られた瞬間にでも斬りつけて、その命を奪ってしまえば良いようなものだが、深はそうしなかった。

 後に、何故そうしなかったのか訊ねた歴に、深は答えた。

「あのとき男を殺しても、借金が返し終わらない限り、何度でも人買いは現われる。

 その度に村は怯えなければならないんだ。それよりは、確実に返してしまった方が安心できるだろ? あの男は人でなしだが、仕事だけはきちんとする人間だ。そこで誤魔化したり嘘を吐いたりする人間ではないからな――」と。

 男も男で、その危険性を考慮していなかったのか、まるで警戒せずに袋を受け取ると、当たり前のように中を照らして確認した。

 何枚かを無造作に取り出して硬さを確かめたりもしたが、やがて気が済むと、

「ふむ。確かに二十枚受け取った」

「では」

「娘たちを返そう」

 それが、村の秘密の終わりだった。

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