第三章『天邪鬼になった理由』

(1)


《はぁぁあああっ?! いまなんていった? このむらにとどまりたいだぁあ?!》

 早朝。起きるや否や、悲鳴染みた縁の怒鳴り声が客間に響いた。

《ねぼけるまもなく、ねざめがバッチリだわ!》

「それは良かった」

《どこがだ!》

 てきぱきと、自分が寝ていた布団を畳みながらあっさりと返せば、唾を飛ばす勢いで縁は抗議して来た。

《おまえ、気はたしかか?! なにがかなしくて、こんなぶっそーなムラにとどまらなきゃならないんだ!》

「物騒か?」

 畳んだ布団を部屋の隅に運びながら、手を止めることなく返せば、

《ぶっそーかだぁ?! おまえはきのうのジジイのはなしをきいてなかったのか?!》

「……じじいって、せめて『村長』と言えよ。お前の望む『屋根の下』を提供してくれたんだから」

 さすがに呆れて、半眼になる。

 だが、恩を仇で返すように、鶏冠を逆立て縁は主張した。

《それはそれ! これはこれ!》

「……(うわぁー)」

 気持ちのいいぐらいはっきりと言い切られ、深はある意味感心した。

《このむらには『アマノジャク』がいるんだぞ!

 そんなやつにオレサマたちはだまされたんだ。

 これいじょーこんなムラにいたら、どんなめにあわされるかわかったもんじゃない。

 それなのに、おまえはこのムラにのこりたいってゆーのか?!》

「だって、気にならないか?」

 自分の後を面白いようについて来ながら不満をぶちまける縁の問いに、片付け終わった深が着替えながら問い掛け返せば、

《ならんわ!》

 想像通りの答えが返って来た。

《ちーさいころは、すなおでいいこだったのに、あるひをさかいに『アマノジャク』のよーになったんだろ? そんなもの、よくある『はんこーき』とゆーやつだろーが!》

「でも、それには理由があるはずだ」

《それはあるかもしれないけど! そんなものよくあるササイなものだろ!》

「でも俺は気になるんだよな」

《オレサマはきにならない!》

 帯を締めながら答えれば、即座に反論される。

 だが深も負けてはいなかった。

「確かに、村長の話を聞いていれば、与依と言う娘が変わり果ててしまったことは分かるが……」

《だろ? ウソはつくし、あべこべのことはするし、ヒトがこまっているすがたをみてわらってるし、てつだいはしなくなったし、はんこーてきだし》

 まるでだれかさんみたいだな……と思いつつ、ささやかに反論を試みる。

「でも俺には、それほどまでに悪い娘だとはどうしても思えないんだがな……」

《それはおまえが、きょくどの『オヒトヨシ』だからだろ! ふつーは、そんなことおもわないの!》

 腰を下ろしながら脚絆を巻いている頭上で、褒められているのか貶されているのか、何とも微妙なことを言われる。

「でもなぁ、本当にそんな悪い娘に成り下がったなら、忠告なんてしに来ないと思うんだがな……」

《ちゅーこく? なんのはなしだ?》

 腰を下ろした状態で、片膝立てたその上に降り立ち、小首を傾げて縁が問い掛けて来る。

 だから深は、昨夜の与依のことを話た。

「いや、昨日ふと、夜中に眼が覚めてな。庭に出てみたら与依殿がいたんだ」

《は? コムスメのぶんざいでよばいか?!》

 翼をばさりと広げて驚きを表す縁に、深は半ば呆れて答えた。

「そんなわけがあるか。与依殿は忠告に来てくれたんだよ」

《ほんとかぁ? っは! まさかおまえのほーがよびだして、オレサマがねていることをいいことに?!》

 思いっきり身を逸らし、片翼で器用に顔を覆って嫌悪感を露にしながらあらぬことを口走る縁に対し、深は言った。

「早くこの村を出ろと忠告してくれたんだ」

《ムシか? ムシしちゃうのか? そこはほら、『そんなわけあるか!』って、ゆーところじゃないのか? って、え? ムラをでろ?》

「ちなみに、この村の人間の言うことを信じるなとも言っていた。さもなければ、生きてこの村を出られないと」

《は?!》

 ぴたりと縁の動きが止まった。

《いやいやいや、ちょっとまて、シン》

「どうした?」

《いや、どうした? じゃなくて!

 なにのんきになんでもないことのよーにいってるんだよ!

 いきてこのムラをでられないなら、なおさらはやくでていかなきゃならないだろーが!》

 言葉通り飛び上がり、おろおろと暫く右往左往する様を見て、深は冷静に突っ込んだ。

「だが、村長やお前が言う『天邪鬼』の言葉だぞ? 鵜呑みにしていいのか?」

《え?》

「だってそうだろ? 天邪鬼はあべこべのことを言う妖だ。だとすれば、『生きて出られない』の反対は、『生きて出られる』だし、『村人の言うことを信じるな』は『信じていい』ってことだし、『村を出ろ』というのは『出なくてもいい』ということになるだろ?」

《う……うん》

「だったら、何も心配する必要はないじゃないか」

《でも……》

 と、再び深の膝に降り立って、縁は不安そうに反論した。

《もしもまんがいち、そーおもわせることがもくてきだったら、どーするんだよ》

「と言うと?」

《だから、あいてのうらをかいて、ゆだんさせることがもくてきだったら、そのちゅーこくはすなおにうけなきゃならないし、もしかしたら、きのうのこともなにもかも、しくまれていたことで、むらぐるみでなにかをたくらんでいるかもしれないじゃないか!》

「それは面白い考えだな」

《おもしろくもないし、わらえないよ!》

「でも、俺は与依殿の忠告を信じたい」

《だったらなおさら》

「気になるんだよ」

《だから、なんでだよ!》

「助けを求めていたからさ」

《!!》

 ふと、口元に笑みを浮かべて告げれば、縁はグッと言葉を飲み込んだ。

「昨夜、与依殿と会ったとき、俺は『遮幕朧』をしていなかった。

 だから、与依殿が本当に俺達のことを心配して忠告に来てくれたことは疑う余地もない。

 その意味は分かるだろ?」

《う……ん》

「だからな、本当に彼女が『天邪鬼』なら、そんなことはしないはずだ」

《……》

「彼女はな、苦しんでいるんだよ。だから俺は助けたい」

《でも……》

「それに、恩師も言っていた。『徳を積むことで業は消える』と。

 俺はな、縁。これも一つの縁だと思ってるんだ」

《えん?》

「ああ。お前と出会って一緒に旅をしているのも縁なら、『天邪鬼』と呼ばれている与依殿と出会ったのも縁だと思っている。そんな縁を大切にし、救いを求めている者を助けることで、俺自身も救われる。そう思っているんだ」

《だからって、おまえがなんでもかいけつできるとおもっているなら、それはごーまんだ》

「分かっているよ」

 どこか不貞腐れたように言葉を紡ぐ縁の頭を優しく撫でて、深は続ける。

「俺はしがない薬師だ。病や怪我なら治せるが、神力が使えるわけでも法力があるわけでもない。護身用に持たされたものは多いが、あくまでそれは護身用だからな。だから、首を突っ込んだところで必ず解決できるわけではないということは充分に理解している。

 だがな、初めからそう思って何もしなければ、本当に何も出来ないんだ。何も変えられない。あのときあーしていれば、こーしていればと後悔するだけなんだ。

 だからな、何も出来ないかもしれないが、せめて助けを求めて来た人間だけは知らぬ振りをして切り捨てたくないんだ」

《でも! それでほんとーに、あのコムスメのいったとーり、ムラのれんちゅーにころされでもしたらどーするんだよ!》

「これでもそれなりに心得はあるからな。大丈夫だとは思うが、万が一のときはお前だけでも飛んで逃げればいい。空高く飛ばれてしまえば、ただの人間には捕まえられないさ」

 と、気軽に縁の頭を撫でながら答えれば、

《じょーだんじゃない!》

 パシリと翼で払い除けられ、反論された。

《ヒトリでにげるなんてじょーだんじゃない!》

「何だ。俺のことを心配してくれるのか?」

 払い除けられた手を擦りながら驚いたように訊ねれば、

《そんなわけあるか!》

 縁は力一杯否定した。

《お、おまえがいなくなったら、だれがオレサマのせわをするんだ! しょくじは? まさかいまさらオレサマに、そんじょそこらのトリのように、ジリキでえさをとれとゆーつもりか? いきたネズミをつかまえて、むさぼりくえとゆーのか? やどは? オレサマにのじゅくしろと? カゼでもひいたらどーするんだ? ねむっているあいだに、ろくでもないにんげんにつかまってもいーのか? うりとばされてもいーのか? だれがオレサマのあんぜんをほしょーするんだ? おまえがかってにきけんなめにあうぶんには、ざまーみろ! だけどな! そのぶん、オレサマにも、とーまわしにひがいがおよぶんだ!

 いいか? おまえのいのちはおまえのモノじゃないんだぞ! べ、べつに、おまえのことをしんぱいしていってるんじゃない! オレサマは、オレサマのかいてきなせいかつのために、おまえをりよーしているんだから、おまえはかってにしぬことはゆるされないんだ! そのこと、ちゃんとキモにめーじとけ!」

 それこそ、一体いつ息継ぎをしているのだと思いたくなるほどの勢いで、自分勝手なことを言い切った縁が翼を突きつけて来たなら、深は珍しく小さく吹き出して、幸せそうな笑みを浮かべた。

《な、なんだよ、そのかおは。にやにやしてきもちわるい》

 と、露骨に動揺して身を退ける縁に、深は言う。

「心配してくれてありがとう」と。

 刹那、縁は飛び跳ねて力一杯反論した。

《なっ! ばっ! なんでしんぱいなんて!

 ひ、ヒトのはなしをちゃんときーてたのか? オレサマは――》

 と、まくし立て始める縁に対して、深は笑みを浮かべたまま、無言で自分の頭を指差した。

 そこには、『遮幕朧』の巻かれていない、少し寝癖が着いた黒髪の頭があった。

《○×△※$#☆И!!!》

 その瞬間、声にならない悲鳴を上げる縁。

 縁にはそれだけで充分に、深の言いたい事が伝わったのだ。

 そんな縁に止めを刺すように、深は言った。

「心配してくれて、ありがとう」

 その一拍後、人で言えば顔を真っ赤に染めていたところだろうが、いかんせん、鳥の縁の顔色は変わらない。ただし、体を存分に震わせた後、

《シンなんてしるか! かってにだまされてころされてしまえ!》

 暴言を吐くや、障子を突き破って飛び去ってしまった。

 そんな、穴の開いた障子を見て、

(少しやり過ぎたか……)

 と、反省した深は、ゆっくりと立ち上がると『遮幕朧』を頭に巻き、身支度を完全に整えて客間を後にした。

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