(2)


「――、――っ! ――き! れき!」

「っ!!」

 その瞬間、眼の前一杯に、涙を溜めて自分の名前を呼ぶ与依の顔が見えて、歴はハッと目を見張って飛び起きた。

「いっ!? ……たぁ~」

 直後、後頭部に痛みを感じて、思わず体を丸めて呻くと、

「大丈夫? 歴?」

 今にも泣き出しそうな声がして、ふわりと後頭部に柔らかい物が当てられた。

 一体何事かと驚いて左を見れば、至近距離に涙目の与依の顔があった。

「よ、与依?!」

 予想以上に近かったことに驚いて、反射的に身を逸らすと、再び鈍痛が歴を襲う。

 思わず顔を顰めると、離れた分与依が近付き、

「大丈夫?」

 と言いながら、歴の頭に触れて来ると、後頭部に当てられた柔らかい物が、与依の手だったのだと歴は察した。

「与依……ここは一体? そうだ! おいらはあのとき誰かに殴られて……!

 お前は? お前は無事か? どこも怪我してないか? 何もされていないか?」

 今更のように気を失う直前のことを思い出し、両手で与依の肩を掴むと矢継ぎ早に問い掛ける。

「お、おらは大丈夫。おらは何もされてねぇよ」

「そっか。それならいいんだ。何もされてなくて良かった……」

 何もされていないと聞いて、心の底からホッとする歴は、与依の言葉は真逆に捉えなければならないと言うことを完全に忘れていた。

「でも、ここは本当にどこなんだ?」

「それはおらもわからねぇだ。いきなり歴が呻き声あげたかと思うと、上から大きな布が降って来て、そしたら誰かに布ごと抱きかかえられて、ここに無理矢理入れられた」

 そこは固い土が剥き出しの牢屋のような空間だった。

 広さは大人が四人も寝転がれば足の踏み場が無くなりそうな程度。

 見渡して見えるのは、与依の傍に落ちている、与依が被されたと言っていた布ぐらいで、他には何もない。

 素手では到底掘り返すことなど出来ないほどに固められた土壁が三方と上下を囲み、唯一開けた一面には太い木枠の格子が嵌められていて、出ることは難しそうだった。

 その木枠越しに、蝋燭の明かりが届き、牢屋のような空間は仄かに照らされていた。

「一体ここはどこなんだ? 村の中なのか?」

「多分、村の中だど思う。おら担がれているとき大暴れしてたけど、そんなに歩いていないはずだから」

「だとしても、村にこんな場所あったか?

 あ、もしかして、山の中にこんな場所があるのかも知れねぇぞ」

「だどしても何のために? あの穴で見つけた物と関係あるのが?」

「それはわがらねぇけど。とにかく、こごがら出よう」

「でも、どうやって?」

 不安そうに問い掛けて来る与依に対し、歴も不安そうな顔をした。

 どれだけ見回したところで、本当に何もない。

 試しに地面に爪を立ててみるが、おそらく、ろくに掘り進めないうちに、爪の方がはげるだろうと容易に察することが出来て、歴は顔を曇らせた。そのとき――

「歴に与依。眼は覚めだか……」

『!!』

 突如聞き覚えのある声があがり、二人は弾かれたように声の主へと顔を向けた。

 そこには、蝋燭の明かりを半身に浴びた村長の姿があった。

 直後、歴は思い出した。自分が気を失う直前に聞いた声を。

「あれはあんただったのか村長! 説明しろ!」

 思い返すと、頭に来た。

 与依を自分の後ろに隠すようにして噛み付けば、

「なして、あんなどこに行った?!」

 村長は苦渋に満ちた顔で、逆に叱責を飛ばして来た。

「村のもんが、お前だちが山ん中に入って行ぐのを見たって言うがら、嫌な予感がして追い駆けてみれば、あの広い山ん中で、なしてあの場所に……」

「それはこっちの台詞だ! あの穴なんだ! あの穴ん中に入ってたもんは?

 あれは今まで村に来た人たちの持ち物じゃねぇのか? なしてそんなもん、あの穴ん中に入ってた?!」

「そったことは、お前さんたちの知る必要のねぇことだ」

「だったら、この檻は何なんだ! なしておいらたちを閉じ込める!?

 何も疚しいことがないんなら、あれを見つけたおいらたちを、こんなところへ閉じ込める必要もねぇはずだ! 何を隠してる?!」

「何も隠しておらん!」

「だったら今すぐここから出せ!」

「それは出来ん」

「なしてだ!」

「それは――」

「――この村を守るためだったんだ」

『?!』

 村長と歴のやり取りに、突然第三者の声が乱入して来たなら、歴と与依は、その声の人物を見て言葉を失った。何故なら、そこに現われた人物が、

「お、お父……」

 掠れた声で、歴が現われた人物のことを呼んだ。

 そこには、紛れもなく歴の父親が立っていた。だが、その厳しい表情を見る限り、囚われの身となった息子を助けに来たとは到底思えない。

「……なしてここで歴のお父が出て来るんだ?」

 後ろに庇った与依が、震える声で小さく囁き、ギュッと歴の着物を掴んだ。

 それが、父親に対する歴の不信感を爆発させた。

「……説明しろ、お父。この村で何が起きているのか」

 歴は、ともすれば叫び出しそうになる衝動を抑えながら、冷静に問い掛けた。

 対して歴の父親も、覚悟を決めたような顔で答えた。

「本来ならば、お前たちが成人するまでには全てが終わっているはずだった。

 いや、終わらせるために始めたことだったんだ」

「で?」

「この村は、特別何があると言うわけでもない、普通の村だ」

「知ってる」

「まだお前たちが小さい頃だから覚えていないかもしれないが、酷い飢饉があった」

「で?」

「当然、その年には充分な年貢が納められなかった」

「……」

「だが、当然のことながら役人たちは俺達の生きるために必要な分まで根こそぎ持って行こうとした。そんなことをされてしまっては、働き盛りの若い男たちはともかく、年寄りや小さな子供たちは生きて行けない。

 何とかそれだけは許して欲しいと、俺たちは頼んだが、聞き入れてはもらえなかった。

 村の一部の男たちの間では、このまま役人を殺してしまえと思う者もいたが、そんなことをしたら、村が潰される。村がなくなれば、俺たちは住む場所を失う。俺たちは泣く泣く、年貢を納めようとしたんだが、その時、ふらりと一人の若者がやって来たんだ」

「で?」

「その若者は、ニコニコしながら険悪な状況の村に来て、突然言った」

『何かお困りのようだね。何ならお助けしましょうか?』

「俺たちも役人も、突然のことに咄嗟に何も言えなかったが、山と積まれた米やら芋やらを見て察したんだろう。男は言った」

『ふむふむ。ようは年貢が足りなくて、無理矢理全部持って行こうとしている……って所だねぇ。お役人さんは持って行かないと叱られるし、村人さんたちは持って行かれると死活問題。それは困った困った。大いに困った』

「俺たちは冷やかされていると思った。だが、次の瞬間、その若者がとんでもないことを言ったんだ」

『一体いくら足りないんだい? 何だったらワタシが足りない分を払ってやっても構わないよ』

「まさか、信じたんじゃないだろうな」

 あからさまに胡散臭い申し出だ。だが、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされて、藁にも縋る思いで受け入れたのではないかと歴は思ったのだが、

「信じたりせん。そんなあからさまに怪しい申し出など」

 答えは即座に返って来た。

「ただな、その若者は不審がる俺たちに言ったんだ」

『まぁ、あからさまに怪しい奴だとお思いでしょうがね、こう見えて金だけは腐るほどある。それこそ一生のうちに使い切れないほどの金がね。

 なんたってワタシは、とある名のある神の眷族に当たるものだからね。信心深い人間たちがいくらでも賽銭を入れてくれる。

 それに、この村の人たちは、いつもワタシの祠にお供え物をしてくれたり、掃除をしてくれたりするからね。たまには恩返しをしなくちゃ、神様の眷属として信用を失ってしまう。だからね、これはちょっとしたご褒美なの。いつも良くしてくれる――ね』

「はぁ? 何だそれ」

 父親の告白に、歴は思いっきり不審な声をあげたが、

「……もしかしてそれって、村の外にあるあの祠……」

 与依は軽く目を見張って呟いた。

「だからお父は、いつも大切にしなさいって言ってたんだ……」

「与依?」

 半ば呆然と呟く与依を振り返って、歴が心配そうに声を掛けたが、与依は歴の父親の語る若者が、祠の中に収められた神様だと信じ切っているようだった。

「おい、与依、しっかりしろ。そんなこと、あるわけないだろ!」

 歴は与依の肩を掴んで揺さぶると、途方にくれたように否定した。だが、

「そうとは限らんのだ」

 否定は村長からだった。

「その若者は、何もない空間から本当に小判を取り出して、役人に渡したんじゃからな」

「は?」

「勿論、それは偽物などではない証拠に、一度として役人たちが若者を捜しに来たこともなければ、改めて年貢を取り立てに来ることもなかったんじゃ」

「そして若者は、小判に驚いている役人たちが浮き足立って帰って行くのを見送ると、俺たちに向き直って言った」

『まぁ、今回はこんな感じで済んだけどね。いつもいつもワタシが助けられるというわけではないからね。いざと言うときのために蓄えを溜めておくことを勧めるよ。

 方法はなんであれ、人間というものは食えもしないお金に執着するものだからね』

「そう言うと、わしらの目の前で若者は消えたんじゃ」

「消えた?」

「そうだ。煙の如く消えたんだ」

「まさか」

 真面目腐った顔で村長の答えを後押しする父親に対して、歴は鼻先で笑い飛ばしたが、

「お前がどう考えようとそれは自由だが、俺たちはそれからも毎日祠まで足を伸ばしてお供え物をした」

「したからってどうなるって言うんだ。そもそもなんで、その時だけ神様が現われて助けてくれたんだよ。今までは年貢が納め切れなくなったことなかったのか?」

「無かったわけではないが……理由は知らん。だが、嘘ではないし、事実なんだ」

「じゃから、わしらは考えた。祠の神が与えてくれた助言のことを」

「そして俺たちは一つの結論に達した」

『……』

 歴と与依は、固唾を呑んで答えを待った。

 何故なら、村長と父親の顔には後悔が滲み出ていたから。

 やがて、歴の父親は重い口を開いた。

「俺たちは、村ぐるみで博打に手を出した――」

「――は?」

 その、耳慣れない単語を聞いた瞬間。一瞬歴は意味を理解出来なかった。

 もしかしたら、理解することを拒んだのかもしれない。

 そんな、『何を言ってるんだ、あんた?』と言わんばかりの息子の顔から視線を逸らしつつ、父親は言い訳を募った。

「町へ織物などを売りに行ったとき、俺たちはこっそり博打をやっていた。

 そして――のめりこんだ」

「のめりこんだ……って」

「初めて博打をした連中は、そこそこに勝ったんだ。

 そして、次に行った連中は、そのそこそこ勝った金で博打を打って、かなり勝った。

 そして、次に行った連中は、かなり勝った金の半分だけを持って町に行き、その金で博打を打って、ボロ勝ちした」

「これは祠の神様が勝たせてくれているのじゃと、事情を知っている村の連中は思ったんじゃ」

「事情を知ってる……ってことは、全員が知ってるわけじゃなかったのか?」

「勿論、全員が知っていることではなかった。

 知っていて反対していた者もかなりいる。与依の――与依の父親もその一人だった」

「お父も?」

「ああ。与依の父親は俺たちを止めていた。

 いつもいつも博打に勝つわけではない。いつかしっぺ返しを食らうから、もう止めた方がいいと、いつも博打に行こうとする仲間を止めていたらしい」

「じゃがな。わしらは勝ったんじゃ。面白いほどに勝っていた。

 村にもな、蓄えが出来たんじゃ」

「それとこれと、どう関係するんだよ」

「じゃからな。与依の父親が正しかったと証明されることになったんじゃ」

「ある日を境に、今度は徐々に負けが込んで来たんだ。それまで調子よく稼いでいたものが稼げなくなった。負けた連中は元を取り返そうと躍起になって、金を借りた」

「は?」

「それが悪かったんじゃ」

「当たり前だろ! 子供のおいらでも判るぞ!」

 気まずそうに顔を逸らす大人二人に、歴は怒鳴りつけた。

「じゃがな、そのときのわしらには冷静に判断する力が欠けていたんじゃ。

 負けた分は勝てば良い。借りた分は勝って返す。そしてわしらは惨敗したんじゃ」

「そこから取立てが始まった」

「博打で負けた連中は、今更のように責任と後悔を覚えて、挙動が不審になった。一家で村を出て行った者もおる」

「え? まさか元(げん)の家族がいなくなったのは……」

 ある日突然、村から居なくなった友。その理由が博打絡みだと知って、歴は言葉が続かなかった。

「何も事情を知らなかった女達も、ようやく事情を知らされ、夫婦共々不安に駆られ、やがてその不安は村一杯に広がった」

「責任を感じた男たちは、自らが労働力となって働くことを決め、村を出た。じゃがな、稼ぐならば女の方がいい。その内、人買いが現われて、女を連れて行ってしまうと危惧した頃、旅人を装った人買いが現われ始めたんじゃ」

「そ、それじゃあ、今まで村長の家に泊めた連中は……」

「そうじゃ。皆人買いじゃ」

 歴はその瞬間、ゾッとした。

 何も知らずに話をねだっていた自分にゾッとした。

 一歩間違えば、人買いに買われて行ったのは自分かもしれないし、与依だったかも知れなかったのだから。

「だから俺たちは――村長を含め、極一部の男たちは――人買いを山に連れて行って……。

 解ってくれ。これも全ては村のためだったんだ」

 歴には意味が解らなかった。

 我知らず、無意識に頭を左右に小さく振っていた。

 目の前の男たちが何を言っているのか解らない。

 村のために何をしたと言っているのか解らない。

 頼りになる父親だと思っていたが、その手で何をしたと言っているのか、理解が出来ない。

 深は言っていた。与依が『天邪鬼』という妖に魅入られてしまったのだと。

 だが、今の歴には与依など普通の人間にしか見えなかった。

 少なくとも、今目の前にいる人の皮を被った、得体の知れない奴らよりは。

 ただ、その一方で、ふと思い付いたことがあった。

 だがそれは、余りにも残酷なことだった。

 咄嗟に問いかけようとした口が慌てて塞がる。

 歴は思ってしまったのだ。

「――じゃあ、おらのお母がいなくなったのも、そのせいなのか?」

 背後から呆然と呟かれた言葉に、歴は息が止まった。

「なぁ……。そうなのか? そのせいで、おらのお母は連れて行かれたのか?」

 問い掛けは、村長と歴の父親にも向いた。

 だが二人は、気まずいものから目を逸らすように、与依から顔を背けた。

「なぁ、そうなのか? 本当に、そんな下らないことで、おらのお母は連れて行かれたのか? 博打なんか止めろと言ったお父の言葉を無視して博打をしておきながら、引き際もろくに弁えずに負けておいて、おらのお母を連れて行かせたのか?

 なぁ……、なぁってばさ。連れて行かせたのかって、聞いてるんだから答えろ!!」

 徐々に怒りを含んだ声が、最後には弾けて牢の中に響き渡った。

 直後、歴は自分の横を風が駆け抜けるのを感じた。

「答えろ! お前たちがお母を連れ去らせたのか!」

 風の正体は与依だった。与依が駆け出して、格子越しに叩きつけるように問い掛ける。

 だが、村長と歴の父親は、そんな与依を直視できなかった。

「歴は知っていたのか? 知ってて罪滅ぼしのつもりでおらに付き纏ってたのか?」

 その怒りの矛先は、歴にも向いた。

「ち、違う! そんなことはない! おいらは何も知らなかった! おいらはただ単純に与依のことを守らなきゃならないと思って来ただけだ!」

 歴は慌てて反論した。だが、駆け寄ることは出来なかった。

 何故なら、その時の、憎しみに彩られた与依の眼は、歴が向けられて来たどんな憎悪よりも深い物が籠もっていたから。

 それこそ金縛りのように膝立ちになって固まっていると、

「――すまないとは、思っているんだ」

 蚊が鳴くような小さな声が聞こえて来た。

 それは、歴の父親から吐き出されているものだった。

「本当に、与依にはすまないと思ってはいるんだ。

 本当はあの日、連れて行かれるのは静(しず)のはずだったんだ」

「は?」

 歴は突然のことに我が耳を疑った。今父親の口から出た名前は、正真正銘、歴の母親の名前だった。

「その日、俺は静に話していた。静は覚悟を決めて、与依の母親にお前を託そうと、その夜説明したらしいんだ。そしたら、篠(しの)は――与依のお母は、自分が身代わりになると言ってくれたそうなんだ」

『え?』

「静は、それだけは駄目だと説得したそうなんだが、その最中に人買いがやって来て、篠が自ら付いて行ってしまったのだと――」

 歴は後半から話を聞いていなかった。

 頭の中には入って来るのだが、理解をすることを拒んでいたのだろう。

 まるで意味が解らなかった。

 ただ一つ、歴が強烈に気にしたのは、与依。与依がどうするのかだけが気になった。

「その後、与依の父親は事情を聞いてわしのところへやって来た。

 そこで借金の交渉をしていた人買いと運悪く鉢合わせしてしまってな。

 与依の父親は人買いに襲い掛かり、深手を負ったんじゃ……」

 村長が三年もの間封じ込めていた事実を吐露した瞬間だった。

「――ない」

『!!』

 どこからともなく聞こえて来た囁きに、男たち三人はビクリと体を振るわせた。

「絶対に――許さない――」

「よ、与依?」

 声の主は与依だった。

 手が白くなるほど強く格子を握り、呪詛を吐き出すかのように与依は言った。

「こんな村、滅んでしまえば良い。欲に目が眩んだクズどもなんか、神様が守ってくれるわけがない。おらが滅ぼしてやる」

「よ、与依。落ち着け。少し、落ち着け」

 歴の父親が、腫れ物を触るように与依に手を伸ばすが、

「触れるな! その穢れた手で、おらに触れるな!

 お父とお母が何をした? 止めろと言ったお父の忠告に何をした?

 身代わりになったお母のために何をした?

 お母のために怒ったお父のために何をした?

 おらが『天邪鬼』に魅入られて苦しい思いをしたことも全部、元を正せばお前たちのせいじゃないか! それなのに、おらのことを散々煙たがって、腫れ物扱いして!」

「じゃがそれは……」

「ああ! 全部おらのせいさ。おらが選んだ道だ。後悔なんかしていない。

 おらは自分で蒔いたものは自分で刈り取る。最後まで『天邪鬼』と付き合っていく。

 だがな、あんた達だけは許さない!」

「で、でもな、篠が死んだとは限らない。会えるかもしれないんだ」

「は?」

 何を白々しいことを――と、歴は内心で悲鳴をあげた。

 そんなことを言ったって、火に油を注ぐだけのことにしか見えなかったのだが、村長は言ったのだ。

「人買いは、誰をどこに連れて行ったか知っている。そいつが今この村にいる。だから、今お前の母がどこにいるのか知ることは出来るんじゃ。

 それに、借金も今日で全て返し終えることが出来るんじゃ」

「そんなこと、信じるとでも思っているのか?」

「信じる信じないはどうでもいいんじゃ。ようは、今日で全てが終わるということじゃ。

 あの、『山彦鳥』さえいれば、全ての片が付く」

「え?」

 それは、与依が我に返るには充分過ぎる程の言葉だった。


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