カモミールのせい


 ~ 六月十六日(金) 一時間目 十五センチ ~


   カモミールの花言葉 あなたを癒す



 今日、隣の席に穂咲はいない。

 そんなからっぽの机に、そっとカモミールの花を置いた。


「まさか……! 秋山君! 穂咲ちゃん、死んじゃったの!?」

「ちがっ! 縁起でもねえこと言うな!」

「縁起でもないことしてるのはお前だ。立っとけ」


 いや、悪い意味じゃないんです。

 そんな俺の気持ちも知らずに、先生が花へ手を伸ばしたその時、


「違うんです。……そのままにしてあげてください」


 神尾さんが止めてくれた。


 さすが、すぐ後ろの席で穂咲の花をいつも愛でていた人だ。

 分かってくれたんだね。


 ありがとう。



 ――昨日の晩、穂咲のお母さんが倒れた。

 うちの親も病院に行っているが、未だになんの連絡もない。


 穂咲のところのおばさんは、明るくて元気で綺麗。

 強くて、かっこよくて、逆らえない人なんだ。


 そんなおばさんは、穂咲がいない時を見計らって、いつも俺に言う。


「ほっちゃんをいつも笑顔にしてくれてありがとう」


 ずっと、ずるいなって思ってた。

 こんなこと言われたら頑張らなきゃって思うさ。


 小さい頃からいつも一緒。クラスも一緒。

 出席番号も必ず一番と二番。席も必ず隣。


 穂咲を笑顔にしてやるために、俺はずっと頑張って来た。

 そのお礼にと、穂咲は毎日俺に目玉焼きを焼いてくれた。


 でも俺は目玉焼き欲しさではなく、おばさんの為に頑張って来たのかもしれない。


 そんなおばさんが、もしもいなくなったら。




 ……大丈夫だよ、穂咲。


 変わらないよ。おばさんは、すぐに良くなる。

 変わらないよ。これからも、俺が必ずお前を笑顔にする。


 母ちゃんから電話で頼まれて、朝、お隣の戸締りをした時に、遅咲きのカモミールを見つけたので髪に二つ挿してきた。


 一つは、おばさんの体を癒してくれますように。

 一つは、穂咲の心を癒してくれますように。


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