アイリスのせい


 ~ 六月六日(火) お昼休み 二十二センチ ~


   アイリスの花言葉 私は燃えている



 今日は一日、非常にうるさい。

 そんな騒音の発生源。隣の席に座るのは、いつもは静かな藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は低い位置でまとめ、そこから青いアイリスの花をにょきにょきと生やしている。


 改めて、バカに見える。


 しかし今はお昼休み。穂咲をバカと呼んではいけない時間なのだ。



「ほれ教授。いつものエプロンでございます」

「早く渡したまえロード君! 今日は気合が入っているのだからな!」

「それで朝からやかましかったのですね? 何でまたそんなに……、ってバカじゃねえの!?」


 教授が鞄から取り出した瓶には、コルクで栓がしてあった。


「わい~ん!」

「飲むんじゃないぞ! そんなことしたら、例え穂咲でも警察へ連れて行くから!」

「当たり前なの。お料理に使うの」


 ちょっとムッとした教授は、手早く机に調理器具を並べながら俺をにらむ。

 いや、怒らないでください。

 誰だって驚きますから。


 しかしどうだろう、その調味料。

 バルサミコに高級そうな醤油。砂糖まで出てきた。


 いつもとは異なる雰囲気に、ギャラリーのみんなも前のめり。

 暑苦しいです。


「準備完了! いざ! あれ、くいたーい!」

「アレ、キュイジーヌです、教授」


 俺の突っ込みなど全く耳に届かないほど興奮した教授が、フライパンに玉子を投入する。

 そして流れるような手さばきで、バルサミコ、砂糖に醤油と、容器から直接フライパンへ流し込む。


 目分量なのに絶妙な塩梅あんばい

 立ち上る、食欲をそそる香り。


「すごいです教授! いつものゲテモノとは比べ物にならないです!」

「ロード君、感心するのはまだ早い! ここで赤ワインを入れて、フランベっ!」


 フライパンから立ち昇る紫の炎に、ギャラリーから拍手が巻き起こる。

 そして興奮が最大まで高まったところで、



 ジリリリリリリリリリリリ!

 シャワーーーーーーーーッ!



『えー、名前を呼ばれた生徒は至急職員室まで来るように。わかったな、秋山』

「おれかーい」


 びしょびしょに濡れたまま、申し訳なさそうな顔で俺を見送る教授。

 そんな頭には、青い花びらからぽつぽつと寂しい滴が落ちていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る